旧友狂言友の会

本稿は、令和2年5月25日発行の「NHK旧友会報第105号」の『ぐるうぷ』に掲載される予定でしたが、手違いにより未掲載になったものです。筆者の遠藤利男さんをはじめ「狂言友の会」のみなさんには大変なご迷惑をおかけしました。お詫び申し上げます。    旧友会会報グループ 川上広文

 危機にこそ「狂言」の笑いを!
笑門来福!

        狂言友の会
遠藤利男

 私は今、昨年12月15日に行なわれた我がクラブ最大のイベント、発表会「吉祥会」について報告しようとパソコンに向かっています。しかし一方、今3月、新型コロナウイルス感染症のパンデミックで世界は大混乱の状態です。特に私達高齢者、しかも八十歳以上は致死率が高い。世界各国は非常事態宣言を次々と出し、フランス大統領は「我々は戦争のさなかにある」と宣言しました。まさに危機です。いつこの悲惨な状況を抜け出せるのか。この記事を皆さんがお読みになる六月には、世界はどうなっているのか。私は生きているのか……

 こういう危機にこそ、「笑い」が人々を不安から立ち直らせ、泥沼から抜け出す力を与えてくれます。特に、狂言の笑いの普遍性は六百年の時間に磨かれ、多様な寓意を生み出せる力を持っています。昨年「吉祥会」で我々が演じた狂言で見てみましょう。

先ず高橋美紀子(山伏)・小山滋子(太郎)コンビが演じた『梟』です。これは短く単純ですが、狂言の原型といえる作品の一つです。

 太郎の弟が山に獲物をとりに行き、帰って来ると様子がおかしい。梟の悪霊に取りつかれたらしく「ホーホー」と言うばかりで、ぐったりとしている。太郎は悪霊祓いの呪力を持つ山伏に祈祷を頼みます。しかし、山伏の祈祷は一向に効きません。それどころか、太郎にまで悪霊は乗り移り「ホーホー」と言い出す始末。山伏は、これではならじと更に念力を込めて祈ると、彼さえも突然悪霊に取りつかれて倒れてしまう大逆転。笑いが能楽堂に溢れました。長年、山伏役を演じたいと願っていた高橋が、威厳のある呪力とその逆転を、見事に演じました。高橋は、山伏の衣装を着けながら、自分が稽古とは違った次元に入ってゆくように感じたと語っていました。山伏になり切ったのでしょう。これからの狂言にそれがどう表われるか楽しみです。

 今、新型コロナという悪霊に取りつかれている人類を救う呪力・或は超越的パワーを持った人物はいるのでしょうか。ともすればそのようなものに頼る我々の弱さを、このコントは笑っているのかもしれません。

 さて次は、市川伸一が十五年ぶりに再演した『月見座頭』です。プロの狂言方が大曲を再演するのは当たり前のことですが、アマチュア市川が「再演」することは改めてこの曲の世界を深く捉えなおし表現したいという思いがあるからです。

中秋の名月の晩、盲目の座頭は虫の音を楽しもうと月見の賑わいから離れ、虫の音すだく野辺にやって来ます。そこへ一人の男が通りかかり、持っていた酒をふるまってくれます。二人は意気投合し、酒を飲みかわし、謡い舞います。座頭は、盲目の芸人の悲哀を表わした能『弱法師』の舞を立派に舞い、褒めたたえあい、楽しく別れます。が、男は何を思ったか突然立ち戻り、座頭を突き倒して去ります。座頭は世には先ほどのような良い人もいればこのように非道な人もいると嘆き、世界の奥底に潜む冷酷さに思わず「クッサメ」をし、立ち去ります。その後ろ姿に市川独特のペーソスとともに、世の不条理の闇に抗い立つ厳しい決意が現われ、感銘を受けました。
この十五年の間に得た世界と人間への洞察力が、見事な「老い木の花」を咲かせたといえましょう。

次は私、遠藤利男の『素袍落』
(すおうおとし)です。

 太郎冠者は、まるで現代経営者のように合理主義的でケチで無駄なことはしない、利益第一主義者に仕えています。冠者はその主に命じられて、情に厚く、人使いが良く、いつ行っても酒をふるまってくれる叔父御の所に使いに行きます。(何のために行ったかは省略します)主は、後のお返しが大変だから酒の振る舞いも土産も受けてはならないと命じますが、案の定叔父御は、到来物の、下人の太郎冠者には滅多に飲むことのできない美味しい酒をふるまってくれます。彼は酒と叔父御の人柄を誉めそやしながら今一つ今一つと酒をねだるうちに、ケチな自分の主の世上での評判の悪さを愚痴り始めます。まるで現代サラリーマンの夜の光景です。挙句、上下のわきまえも分からなくなるほど酔い、そのうえ主に禁じられた土産物まで貰ってしまいます。この狂言は、演者の酔いっぷりが見ものの曲といわれていますが、多くのプロの上演を見ても、それを上手く見せるだけの舞台が多く、それ以上の面白さを感じられません。私は稽古を重ねながら考えました。酔えば酔うほど自由になり、今風にトリクルダウンのお情けを待っているのではなく、自分の器量で富裕層の楽しみを我が物にする、その楽しさが舞台に溢れれば、私なりの花が咲くだろうと。観客席の皆さんの笑い声に包まれながら、いつの間にか舞台の上に集まって来た皆さんと酒を酌み交わし自由に解放されている気分になっていました。

 更に一つ佐藤扶美子の舞台です。
(長年の友・市川伸一がコメントします)
「彼女はプロでもめったに演じない難曲に挑戦し続けてきました。今回の『鱸包丁』(すずきぼうちょう)もそうです。室町時代流行していた刺身料理。その調理自慢の伯父御がセリフと仕草だけで鱸を捌く真似をしながら、鯛を持ってくる約束を破った噓つきの甥を諭します。小道具の鱸・包丁・まな板は出ませんが、あたかも目に見えるように巧みに鱸の刺身を作り上げます。観客はその演技に惹きこまれながら美味を感じました。佐藤さんの新境地でした。」

小舞では、願成寺京子が『鐘の音』を舞いました。鎌倉の東西南北にある名刹の鐘の音を特色のある形とリズムで表現する曲です。それぞれの鐘の音の差異を、優雅な風情に包んで舞い一段の進境を示しました。

現役音響デザイナーの井上直美は『七つになる子』に挑戦。仕事の忙しさの中でも稽古を続け、形の多い舞を序破急に乗せて立派に舞い終えました

高橋伸子は『土車』を舞いました。稽古を始めて一年。確実に進歩しています。

さて、新型コロナ騒動を幸い乗り越えていれば、
今年の発表会は
12月13日(日曜日)午後、
渋谷
セルリアンホテル地下能楽堂です

狂言の稽古は老化防止に最適です。それが証拠に筆者は八十九歳です。稽古場をのぞいてみましょう。楽しいです。

幹事 市川伸一 ℡ 048-686-4525 
   遠藤利男 ℡ 03-3468-4084

稽古場クラブ和室・内線7119 木曜日

(文責・遠藤)