阿部イワエさん「鳴門・坂東俘虜収容所の歴史を守り伝え続ける」

(「ネットワークNHK」3月号)

1    徳島県鳴門市・板東俘虜(ふりょ)収容所を舞台とした映画「バルトの楽園(がくえん)」が、この地で撮影され2006年に公開されました。
 第一次世界大戦で敗れたドイツ兵約5000人が中国・青島(チンタオ)から日本各地の収容所に送られ、板東収容所にもおよそ1000人の捕虜が移送されてきました。
 板東俘虜収容所では、所長・松江豊寿の人道的な計らいで、自主的な運営が認められ、緩やかな規制の中でドイツ人捕虜が地域住民とも交流を深めるなど、類いない“ムスターラーゲル”(模範収容所)が存在しました。
 大戦終結後、祖国へ帰ることとなった彼らは、ベートーベン作曲の「交響曲第九番 歓喜の歌」を日本で初めて演奏して別れを惜しんだ、という実話も映画に折り込まれています。
 ロケセットは、実際にあった板東収容所の近くに建設されました。俳優陣は松平健、ドイツの名優ブルーノ・ガンツなど。撮影終了後、ロケセットを鳴門市が映画会社から譲り受けて一般公開されました。
そのボランティアガイド募集の際には、私も映画にエキストラで出た縁もあり、阿部さんともども引き受けました。私は途中でやめましたが阿部さんはずっと頑張り通しました。
2 公開期間は2年間の限定となっていましたが、存続を希望する多くの声を背景に、阿部さんたちはNPO法人を立ち上げ、鳴門市内の別な場所に敷地を確保して、ロケセットの移築・公開にこぎ着けることができました。
 再開後も全国から歴史好きの人や「第九を歌う会」の方々が大勢訪ねてこられます。徳島県下からは中・高校生たちが課外授業として訪れ、熱心に勉強して帰ると聞きました。時にはドイツから当時の捕虜の子孫も訪れます。3
 阿部さんたちは勉強を怠りません。過日には松江所長の生まれ育った会津(NHK大河ドラマ「八重の桜」の舞台)へも行き、戊申戦争について学び、そして松江所長の弱者へのいたわり、彼の好む「武士の情け」の意味を改めて知ったと言います。
 この地には、ドイツ兵捕虜と地域住民との交流4を記念するために建設された「ドイツ館」があります。また彼らの作った石積みのドイツ橋や、この地で亡くなった捕虜の慰霊碑などもあり、今も住民の手で大切に守られ続けています。
 阿部さんはこれからも歴史あるこの地で、できるだけ多くの人々にこのすばらしい史実を知ってもらいたい、伝えてゆきたいと張り切っています。

(文・四国旧友会 中尾 巧)

昭和22(1947)年生まれ、昭和41年入局。徳島局で主に営業業務に従事。平成17年退職。徳島県板野郡上板町在住。

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