工藤章さん「短歌で発信する被災地の現実」

(ネットワークNHK7月号から)

みちのくはいつまで都のロジなるや黄金(くがね)に人馬、食に原発

1  工藤章さんの第一歌集「愛日~遥かなるシュプール」の中で目を ひく一首です。ロジとはロジスティックス、都会のための供給地となってきた現実が、東日本大震災と福島原発事故で改めて明らかに なりました。青森生まれ、仙台在住の東北人としての怒りが感じ られます。2013年9月、80歳にして初めて出版した歌集には、 320首ほどが収められています。NHK文化2センターの短歌講座で学び始めてわずか5年というのが信じられないほど、内容の濃い 短歌が並んでいます。
四季ごとにまとめられた歌を一読して分かるのは、工藤さんの 出発点が故郷・東北への深い愛にあることです。それが、震災と原発事故で深い傷を負った被災地に寄せる優しいまなざしにつな がっています

津軽野にりんごの赤きを丸かじり父母に会いたきけふ誕生日   秋天に一糸まとわぬ津軽富士ライブのテレビにふるさとの朝

海外スキーがこれまで九回という、ベテラン・スキーヤーでも あります。青森で子どもの頃からスキーをはいていたDNAが 今に生きているのです。スイスアルプスに遊ぶ楽しさが綴られています。

富士よりも高き峰にて鳥となりイタリア目指し舞い降りゆくも
デンスケを鞄の代はりに抱きかかえみちのく駆けたりわが青春よ

一方、報道番組で培った観察眼が被災地を見る目を支えて います。震災から三年、復興とは名ばかり。集団移転は一向に 進まず、資材や人手不足で復旧工事の入札不成立という事態が 相次いでいます。これから先も狭い仮設住宅暮らしを強いられる 被災者も少なくありません。
こうした中「短歌はこれからが出番」工藤さんはこう言います。 歌は人の心に分け入り、いやすのが任務。苦境の続く被災者に 寄り添うのが短歌の使命だというのです。       近く、地元紙の文芸欄に「蒲生(がもう)干潟」と題する
3工藤さんの短歌五首が掲載されます。地元紙の求めに応じて投稿したもの です。仙台市の蒲生干潟は国の 特別鳥獣保護区に指定されていますが、干潟は大津波で消失し、 渡り鳥などの動植物も一時姿を 消しました。しかし、自然の復元 力は目を見張るものがあります。 干潟は徐々に再生し、多くの動植 物が復活しました。干潟は鎮魂の 思いとともに、再生を予感させる 場所なのです。

よみがえる干潟に水鳥もどれども二千の人魂いまだ海堺(うなさか)
光ゐるいのちとも見ゆるゆりかもめ六羽七羽が波間に浮かぶ

   被災地の現実を31 文字にこめて発信する、工藤さんの歩みは 続きます。
                           (文・東北旧友会 松舘 忠樹)

昭和8(1933)年生まれ。 昭和34年入局。青森に配属の 後、東京、仙台、八戸などで、 報道部門を中心に活躍。平成 元年退職。

 

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