木邨猪一郎さん「華麗なる転身・オーナーシェフ」

(ネットワークNHK8,9月号から)

kimu    「キートンさん」とえば、昭和50年代以降名古屋に勤務した人ならだれでも知っている有名なプロデューサー。「NHK文化シリーズ」や「サラリーマンライフ」などの番組に関わってきました。
筆者が労務担当時代、木邨さんは日本放送労働組合中部支部の委員長をしており、いわば我が好敵手。荒々しい労使間の中で、それまでとは違うソフトな対応で、どれだけ助けられたかしれません。
その名プロデューサーに、久しぶり会ってその変容ぶりに驚きました。なんとシェフをやっているというではないですか。名古屋市の郊外、古戦場・桶狭間の地に、その建物はありました。外観を見ただけではとてもレストランとは思えない四角いコンクリートに囲まれた建物。しかし一歩中には行ってみると、中庭を中心にした瀟洒なつくりでした。
番組のPDがなぜオーナシェフに転身したのか。もともとお酒は好き
kimu2だったが料理には関心はなかったものの、東京での単身時代、仲間から軽い気持ちで、料理を習ってみないかと誘われたのが発端。最初は3か月もやればよいかと思って始めたが、その奥の深さに魅入られ、結局10年近く、代官山のビストロに通い詰め、フランス料理の基本を習得。
ところが定年後、自宅を改装してつくったのはレストランではなく、「飲食文化研究室」という。お客とシェフが食卓を囲むという珍しいスタイルの飲食の場。
一日一組しかお客をとらないし、見知らぬ人はダメ。友人・知人の予約しか受け付けない。しかもお客はシェフが勝手につくった料理を食べさせられる。そのかわり、お客の好みを考慮した食材を自ら名古屋駅前の柳橋市場などに出向いて選んで調理する。
  この間、イタリアの元シェフの女性に知己を得、年に一回イタリKimu3アに渡り郷土料理を習得。ワインとの相性を考慮したフランス料理をベースにして、イタリア料理を加味した独特の味をつくりあげ、知る人ぞ知る飲食の隠れ家として存在感を増しています。
お客は一度に6人まで。お互いに気心の知れた仲ということで、シェフとお客は会話を楽しみ、情報を交換する。シェフがコピーしたレシピを持ち帰るお客もいるそうです。
一度来た人が別の仲間を連れて再来するなどリピーターも広がり、宣伝はしないけれど、口コミで近隣の人も来るようになったそうです。
食材費などはいただくがもうけ主義には走らず、安全でおいしい料理とお酒を味わいながら交歓の場を提供し、来た人に陶酔境にひたってもらえるような、小さいけれど、中身の濃い時間と空間をこれからも充実させていきたいと、木邨さんは嬉しそうに話していました。
協会人生とは違った道で、いきいきと活躍する姿は、それなりに気持ちの良いものです。                                                                  (文・中部旧友会 井ノ口 繁一)

昭和21 (1946) 年うまれ 昭和45年入局 金沢局配属後、東京、名古屋で通信教育や産業科学の番組制作に従事。平成15年NHK退職。NHK中部ブレーンズ社長、NHKプラネット中部支社長を歴任し、平成23年退職。

木邨猪一郎さん「華麗なる転身・オーナーシェフ」 への1件のフィードバック

  1. 城田登良男 のコメント:

    キートンさんには名古屋に勤務していた頃、お世話になりました。うわさには聞いていましたが、すごいことをやっていらっしゃいますね。料理は創造とかよく言われますが、齢を重ねても、創造力が衰えないなんてすごいですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です