延原臣二 さん「国際都市神戸で日本語ボランティア」

(ネットワークNHK10月号から)

nobuhara 延原さんとは大阪報道の仲間で、退職後も同じ神戸在住でおつきあいしている。8月下旬、延原さんが代表をしている神戸の東灘日本語教室を訪ねた。阪神電車を深江駅で降り、国道を横断するとブラジルの国旗を掲げた食料品店やペルーレストランが見えてくる。コンビニの2階にある教室兼事務所はお世辞にも広い、きれいとは言えない。長机に向かい合って日本人と外国人のペアが何組か勉強していたが、結構楽しそうだ。ボランティアが運営する日本語教室の多くは、学校の教室などを借りて週に1~2回開いているところが多く、狭くても自前の教室を持っていて、毎日のように教室を開いている所はごくわずかだという。このため教室は近くに住む外国人のための相談所にもなっているが、それが日本語教室のあるべき姿だという。教室
 延原さんが、この教室でボランティアを始めてから10年、代表に就任してから7年になる。この教室に通う外国人は15か国55人(うち子ども7人)、ボランティアは40人に上るという。もともと日系人が多かったが、今では中国人が三分の一以上を占める。教えるのは全員がボランティアのため、延原さんは週に3~4回教室に出かけて、レッスンの様子を見る。コーディネーターでもある延原さんの一番大切な仕事が、外国人学習者と日本人ボランティアを結び付ける“マッチング”だ。そのためには、メンバー全員の能力や性格、希望などを把握しておく必要がある。
新年会 延原さんはまた、教室の活動が勉強だけに偏らないように、いろいろな行事を考え出した。書き初め、花見、春夏のハイキング、七夕、料理教室ゆかたの着付け、地域のフェスティバルなどである。中でも新年会は外国人日本人合わせて150人が参加する大イベントだ。NHK時代の知り合いに何人も参加してもらうという。
延原さんは「兵庫日本語ボランティアネットワーク」副代表の肩書も持ち、ボランティア養成講座や研修会などに忙しく活動している。外国人労働者や移民問題の論議が盛んだが、外国人労働者ともつきあってきた。「労働力を導入したつもりだったがやって来たのは人間だった。受け入れは当然だが、生活者であることを忘れてはならない。」と延原さんは言う。さりげないながらに確かな信念を持つ先輩、延原さんの健闘を祈る。
(文・近畿旧友会 進藤 和)

延原臣二 (のぶはらしんじ)さん 昭和15(1940)年生。昭和38年入局。記者として和歌山局に配属後、近畿各局のほか、東京、名古屋局などを経て、平成12年退職。神戸市在住。

 

延原臣二 さん「国際都市神戸で日本語ボランティア」 への1件のフィードバック

  1. 斎藤一美 のコメント:

    延原さんの活躍拝読、応援します。
    私は延原さんと大津、東京、大阪でいつしょだったK.SAITOUです。
    延原さんは日本語ボランティア、私は地域経済活性化ボランティアとして
    夜毎居酒屋に通っています。
    ゛のぶやん頑張れ!!”

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です