金子 鮎子さん「精神障害者と共に…生涯現役」

 (「ネットワークNHK」4月号から)

 これからは、主に精神障害者の働ける場を創るため、株式会社を作ろうと思いまkanekoす…」金子さんの退職送別会での挨拶です。株式会社にもかかわらず〝収益にこだわらない〞という話に、集まった一同はビックリ、果たして会社を続けられるのか?同席した者の多くが心配したことでした。30年程前、福祉事業の運営には大きな資金が必要で、財政面でも余裕がある財団法人が行うのが半ば常識となっていました。働く場を得るためには、仕事先との契約が必要です。そこで退職金を元手に、〝もうからない会社〞を立ち上げ、福祉事業の常識に対する金子さんの挑戦が始まりました。
 障害がある人たち自身の働く意欲、自立心の向上、その家族、支援する人、関係機関などへの働きかけに走り回り、障害があっても働ける場の確保に努め、退職以降27 年間無給で、多くの試練や病を抱えながら、ぶれることなく、障害者に寄り添い走り続けています。
 金子さんは、会社設立に備えて、精神障害者の就労に実績を上げている、アメリカの実態調査を実施。清掃作業は短時間から始められ、その間、体を動かすことであまり病気のことを考えずにすみ、乱れがちの生活も改善される点、また、自分の仕事が人から感謝され、地域社会に溶け込んでいる姿に共鳴。清掃作業が生活リズムの改善、病の回復に有効と確信し、1989年清掃作業を主体とした株式会社ストロークを設立しました。体調を崩しやすい方が急に休む時は、自らモップやバケツを持ってカバーに入り、仕事を通して日常生活における責任感を教えています。現在、国家資格・ビルクリーニング技能士を持つ
人も生まれています。東京オリンピックの女子選手村の取材で交流を深めた堂本暁子さん(当時TBS/前千葉県知事)が〝もうからない会社〞を応援しようと、1989年ストローク会(任意団体)の理事長に就任。2001年 特定非営利活動法人(NPO)に改組し、後に金子さんが副理事長となりました。精神障害者の自立啓発、障害者に対する偏見の是正、就労支援の協力などの活動を行っています。kaneko2(株)ストロークは2011年に業務を休止し、清掃作業を主体にした就労継続支援A型事業所(※注)「ストローク・サービス」を2012年開設しました。
 現在ストローク会は、精神障害者に対する理解促進と、就労支援の2本柱で運営されています。金子さんは、障害者就労支援活動の功績で、2000年「第1回ヤマト福祉財団小倉昌男賞」を受賞。また厚生労働省の研究会に、障害者支援制度の改革を、会社運営の実績を踏まえて提言し、精神障害者雇用制度の実現に貢献しています。また、障害者雇用主などで構成されている〝職親会〞の運営や、精神障害者の雇用や働く状況をリポートする月刊誌「働く広場」の編集委員としても全国を飛び回り、休日には障害者と、心の扉を 開いた「日曜サロン」を開催しています。
 365日・今日も精神障害者と一緒に懸命に走り回っています。
(文・東京旧友会 小張 和俊)

金子 鮎子さん 1933年生。1955年入局。日本初・NHK初の女性カメラマンとして報道局で活躍。その後広報室、中央研修所などを経て、1988年退職。翌年、株式会社ストローク(主として、ビル清掃)を設立、同代表取締役。

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