会員短信

    

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(11月 8日)

[東 京]

(米寿会員からの返信)

二瓶 匡夫さん (放送 昭和63年退職) 

 すばらしい湯呑みを頂き誠にありがとうございました。すでに88歳と老令に達しましたが大事に使わせていただきます。まだ気力だけは一人前ですが、体力のおとろえははげしく、今、つえをついて歩くあり様です。何とかがんばろうと一日4~5千歩歩くトレーニングをつづけています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(10月 8日)

[東 京]

(米寿会員からの返信)

梶原 四郎さん (放送 平成2年退職) 

昭和8年生まれ。学童集団疎開世代。これ程、長生きするとは、我ながら驚き。今後も1日1日を大事に過していきます。

國安 泰致さん (放送 平成2年退職)

 ご配意ありがとうございます。「秋季皇霊祭」が誕生日と言われた戦前。この1両年を見ていると、80余年生きてきたことだと思います。88歳なりに元気に過ごしています。

鈴木 泰雄さん (放送 平成2年退職)

 米寿のお祝い、有難うございました。毎月24日、お地蔵さまのご縁日で紙芝居を読ませてもらっています。始まりとおしまいに「析」を打ちます。好評です。ご褒美に般若湯と小母さんたちの手料理をご馳走になります。昔の味です。 秋彼岸お地蔵さまの般若湯

(喜寿会員からの返信)

福田 征男さん (放送 平成13年退職)

 記念品、ありがとうございました。でも、まだ50才くらいの気分です。仲間とは「喜寿が危寿にならないよう気をつけよう」と話し合っています。コロナ感染拡大で自由な行動が制限され、家こもりのストレスと運動不足を解消しようと車中泊のできる車を購入し、密を避けて秩父や奥多摩、山梨方面に出かけ、道の駅や温泉巡り、キャンプやハイキングを楽しんでいます。「急がず、無理せず、腹立てず」を肝に銘じて安全運転を徹底し、気ままな車旅をできるだけ長く楽しみたいと願っています。

濱田 嘉明さん (管理 平成14年退職)

 喜寿祝いただきありがとうございました。お陰様で77年の齢まで元気に辿り着きました。今年はオリンピックボランティア目指して、ガイド資格もとり準備してきましたが、コロナで無観客となり、一応、海の森会場で一日だけ勤め見学してきました。その他は、継続している熟年男声合唱の発表会をミューザ川崎会場の半分の観客を指定席制で入れて実施しました。旅は自粛で意欲減退気味ですが、健康で足腰が動く内は国内旅行をしながら楽しく過ごせればと願っています。皆様のご健勝を祈りつつ。

[近畿]

(白寿会員からの返信)

立花 保夫さん (営業 昭和54年退職)

 御丁重なる御便り、有難う御座います。振り返れば色々ありますが、今自分史を書いております。文才なく大変苦戦をしておりますが、御陰様で身体は元気で暮らしておりますので、何とか頑張ってやると心に命じています。完成すれば見てもらいます。なるべく百歳までに書き終わるようにします。健康に気を付け、成し遂げることに身心ともに気をつけます。敬具

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(9月 6日)

[東 京]

(米寿会員からの返信)

飯田 睦美さん (放送 平成2年退職) 

お祝いの品、お送り下され有り難うございました。早速、この器でお茶を頂きながら、随分、長生きしたもんだと感じ入っています。幸い大した病気もせず、老妻と平穏な日々を大切に過ごしたいと念じています。

山田 匡一さん (放送 平成2年退職)

米寿の祝の品落手しました。有難うございます。心臓にペースメーカーを入れ、左肺の半分を切除、腎臓に出来た2つのガンと共生しながらも、日常生活は不自由なく過しています。今の処介護も受けていません。生命力の強さに我ながら驚いています。衛星103チャンネルの番組を見ながらこれからの世界がどう変わって行くのか思索にふけるのが楽しみです。特に、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「サピエンス全史」に興味を持ちました。日々楽しく過ごすのが長寿の秘訣ではないでしょうか。

齋藤 昇さん (営業 平成元年退職)

お祝いの記念品有難く拝受いたしました。おととし、亡妻の三回忌を済ませ、現在、房総・富津を眺める、横浜・本牧のフラットで「今日無事」を念じ独居しています。NHKのテレビ番組を毎日楽しく視聴しています。

(喜寿会員からの返信)

多菊 和郎さん (放送 平成13年退職)

 喜寿を祝ってくださる贈り物を拝受しました。ありがとうございました。畑通いと篳篥吹奏(単独)であまり退屈しない耐コロナ生活を送っていますが変化の少ない近況であることも否めません。旧友会の運営にご尽力いただいている皆様に感謝いたします。

島田 繁夫さん (放送 平成13年退職)

 誕生日に喜寿の御祝品が届いたのに感激しました。ありがとうございます。私は昨年胃の手術をし、現在点滴化学療法を受けています。体調の良い日はDIYで楽しんでいます。

高野 陽祐さん (技術 平成14年退職)

 喜寿の祝いの品、ありがとうございました。ここまでいろいろとありましたが、お陰様で喜寿を迎えることができました。コロナ禍の中、“猫額庭”で家庭菜園などをしながら“ほぼ元気”に過ごしております。(ブログ「さくじー」:https://sakupapa.net/)

[近畿]

(喜寿会員からの返信)

冨松 正彦さん (技術 平成13年退職)

記念品ありがとうございます。コロナ禍の今は、旅行や麻雀などの遊びは自粛中です。数年前にバイクをやめて、免許返納しました。電動アシスト自転車と公共交通機関が私の足です。裏に畑をつくり、虫や鳥や猫と戦いながら果樹と野菜栽培を楽しんでいます。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(8月 6日)

[東 京]

(喜寿会員からの返信)

佐藤 征夫さん (管理 平成16年退職)

 旧友会の皆さんお元気ですか。素晴らしいボールペンを有難うございます。大切に使わせて頂きます。しかし家内に取り上げられそうです。最近、とみに体力が弱りテニスもゴルフもままならない状況です。池上彰氏著作の「これが日本の民主主義」や法政大学教授の「政治と報道~政治不信の根源」を読んで、やはり日本の政治家は3流・4流でしかないと思い知りました。前の安倍政権そして現在の菅政権と続く自由民主党、それに野党も含めて国民不在の政治になっているように思います。日本の民主主義はどうなるのだろうか、そんな政治家を選ぶしかない我々国民は不幸だと思います。制度が悪いのか、我々国民の意識が貧しいのか、また、マスコミが悪いのかテレビも新聞も視聴する気が無くなっている毎日です。NHK報道のご活躍を願うばかりです。

高澤 裕之さん (放送 平成12年退職)

 予断を許さない状況と云われた大手術から五年が経過、今は元気です。週2日、外国人の子供たちに日本語を教えるボランティア、朝2~3時間の農作業、そして体力は衰えても心だけは、と好きな小説を読み返す午後の自由時間、どこか「蜩の記」に似たような至って静かな日常です。記念品、ありがとうございました。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(7月 7日)

[東 京]

(米寿会員からの返信)

遠藤 敦子さん (放送 昭和36年退職)

 米寿祝六つの瓢箪のお湯呑み、もう愛用しています。ありがとうございました。近況いまだに朗読を続けています。昨年2月には、図書館の依頼で朗読会を開き、今年7月にはオンラインで会を開き、源氏物語の「空蝉」を読みます。古典と云われて平家物語を読んだこともあるのですが、源氏はさらに古いだけに難しく、苦労しています。友人とコロナ禍の間は、ズームでサロン的な集まりもしています。皆様も朗読などなさると良いですよ。誰でもできるし、楽しいし・・・。おすすめいたします。

(喜寿会員からの返信)

川上  淳さん (放送 平成16年退職)

 綺麗な輪島塗のボールペンを有難うございました。図らずも喜寿に至って健康に過しています。コロナワクチン接種の予約とりでご近所の高齢者の方の手伝いなどしています。

[近畿]

(喜寿会員からの返信)

池辺 隆夫さん(技術 平成12年退職)

 コロナ禍の4月末に喜寿の記念品を頂きました。有り難うございます。なるべくこの記念品を使わない方が良いなと思っていましたが、5月6日夕方私の住んでいる一帯が突然の停電に見舞われ、早速活躍の場が出来ました。備えあれば憂いなしと感じました。父は38歳で戦死をしましたので私は父の二倍以上生きたことになりました。これからも元気に趣味の連鶴折・読書と体力維持の散歩に努めていきたいと思っています。

近藤 俊夫さん(技術 平成13年退職)

 喜寿のお祝いありがとうございました。防災時等に必要な機能が充実していて、気に入りました。ワクチン接種も副作用がほとんどなく終わり、コロナ禍からウィズコロナに向けてかすかに灯が見えてきた気がします。健康寿命の更新を心がけながら末永く愛用させていただきます。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(6月 9日)

[東 京]

(米寿会員からの返信)

川口 恵敏さん (技術 平成2年退職)

 心意気としては、「還暦、喜寿不足祝、米寿未青春」ですが、肉体的には、ボロボロ、歩行にも杖は欠かせない。胸部、腹部大動脈瘤があり、今回若干大きくなったため大手術を決意。6月末に入院、8月上旬に退院予定。幸いにも6月中に2回、ワクチンの接種予約が取れ、無事入院できそうですが、これからが勝負所です。生還を願っています。

嶋田 道子さん (放送 平成2年退職) 

米寿祝のお祝い品有難うございました。私はNHKに在職していた時から“婦人の時間”

や朝番組やその頃流行した美容体操まで担当し、全国夏休み中には各地を廻り、普及に協力してきました。その後21Cの高令化社会に向けて本格的に協力させていただきたく図々しくも当地に住んでおられた下河辺淳先生をお訪ねして会長になっていただき、その後の老人介護保険の成立や普及に協力させていただきました。

(喜寿会員からの返信)

玉谷 邦博さん (放送 平成16年退職)

 「ラジオ深夜便」の、月2回の泊まり勤務と、月一本程度のインタビュー番組の制作は続けています。八王子文化センターの朗読教室はコロナ禍のため、2020年9月で閉校になりました(朗読講師も終了)。美術展、コンサート、同窓会の集まりなどなど、出歩く回数が大幅に減りました。

桜井 範征さん (技術 平成16年退職)

 喜寿の誕生日に届いた旧友会からの輪島塗りボールペン。「いいわね。こんな素晴らしいお祝い品を頂いて」と妻。和風のデザイン、書き味も抜群です。早速ペンを執っています。新型コロナ感染予防のため、去年3月から特養ホーム等でのボランティア活動を控えていますが、一日も早い元の生活を願いつつ健康に注意している日々です。本日は本当にありがとうございました。大切に使います。

井上 勝利さん (放送 平成13年退職)

 私の77歳の誕生日当日(5/15)に旧友会より素晴らしい輪島塗のボディ、書き易いペン先のボールペンが届きました。有難うございました。早速このペンで書いており、末永く活用させて頂きます。関連団体2社を経てフリーになって8年、年令相応の不調個所はあるものの元気でやっております。出身大学のOB会役員、町内会児童の登校時の見守りボランティアも7年目に入り、『多忙な暇人』をやっております。旧友会事務局の皆様、これからも我々OBのためによろしくお願い致します。御礼のみにて。

庄村 勝雄さん (技術 平成13年退職)

喜寿のお祝品を有難うございました。放送に関わる映像(現像~VTR)の業務に52年程務める事ができました。その間、支えてくれたのが登山とテニス部活動。諸先輩の導きもあり、難しいフォアハンドショットも少しづつ体得。選手登録して久しく、シングルスの公式試合にも20年以上参加。現在はコロナウイルスに最大注意しながら、週3日程練習に通っています。感謝!

長谷川定男さん (営業 平成13年退職)

 この度は喜寿祝のお品有難うございました。今、世の中大変な時代を迎えております。お陰様で元気に過しております。今般のコロナパンデミックも含め、世界各地に起きる森林大火災や大洪水の多発は自然破壊による地球の悲鳴に聞こえてなりません。効率至上主義の人間の傲慢さの結果かとも思います。一日も早い平穏の日を願っております。皆様のご健勝をお祈り致します。

[近畿]

(喜寿会員からの返信)

山本 壮太さん (放送 平成15年退職)

 喜寿のお祝いありがとうございます。私儀、元気で、「古典の日推進委員会」で仕事を続けています。古典の日も法制化されて10年になり、今年それを記念して「古典の日文化基金賞」を創設しました。古典文化、伝統文化に関係する人たちに賜られる賞で、自薦・他薦で応募できますので、関心のある方は、ホームページをご覧ください。賞金は一件、百万円です。もうしばらく、この賞の成功を見届けて、甲州の山に籠るつもりです。では又。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(5月13日)

[東 京]

(喜寿会員からの返信)

吉住 智枝さん (管理 平成10年退職)

 誕生日当日の思いがけないプレゼントを頂きありがとうございました。自粛生活の現在、夫と猫と毎日を恙がなく過ごしております。事務局の皆様にはコロナ禍の中お手数をおかけしました。本当にありがとうございました。

近藤 達彦さん (技術 平成13年退職)

 喜寿の誕生日に、小学校6年生の孫娘からお祝いメールをもらいました。「いつか車椅子になったら、私が押して上げるからネ!!」と・・・。これは急いで、足腰が立たなくなる前にもっと旅行に行っておかなければ・・・と思いつつ、世の中、特に海の外はコロナで身動きが取れません。早く、平穏な日々が戻る様願っております。

松本 正之さん (管理 平成26年退職)

 おかげ様で七十七才となりました。また、毎年筋力は衰えつつありますが、まだゴルフは普通にやっています。これからも力のいらないフォームを作り、長つづきしたいものと思っています。又、NHK旧友会より、うるしのボールペンを送っていただきありがとうございます。大切に使わせていただきます。

西松 典宏さん (放送 平成12年退職)

 昭和の面影を残す銀座のレトロな建物・奥野ビル306号室を維持する活動を続けている。今年、奥野ビルは人間で言えば米寿にあたる築88年、もとは銀座初の高級・高層アパートで同潤会の建築部長だった川元良一が設計した。作詞家西條八十、歌手佐藤千夜子、舞台装置家の吉田謙吉など多くの芸術家が住み、映画監督五所平之助、成瀬巳喜男等が集う映画人のサロンもあった。この1年、コロナ禍で外出できなかったのが幸いした。奥野ビルの歴史をたどる「奥野ビルものがたり」を書き上げることができ、有志とともに10周年記念誌「306の箱」を刊行した。

[近 畿] 

(米寿会員からの返信)

植村 脩さん (放送 昭和63年退職) 

 米寿の安全ラジオありがとう感謝です。昭和8年3月22日、放送記念日に生まれました。放送に運命づけられたのか?局に入り番組制作、後年文化センターを担当し、それなりの日を送ることができました。高齢になって2度の大病、血液ガンの入院治療のため東京府中に転居、治療の甲斐あって体はもどり、現在この親しみのある新天地で散歩と競馬のロマンを楽しんでいる。コロナが鎮まればGGゴルフでもまたやろうかなアと思っています。

(喜寿会員からの返信)

生島(おじま) 幸弥さん (放送 平成12年退職)  

 喜寿の祝いを頂き有難うございます。我が家の防災グッズもますます充実です。コロナ禍の中、私にとっての大きな変化は「現説」の無くなった事です。といっても不動産の事ではありません。奈良県内では、文化財の発掘調査の成果を公開する「現地説明会」がしばしば開かれます。略して「現説」。時々大発見もあって、考古学ファンが押し寄せるのですが、三密を避けるため今はさっぱり。記憶では昨年11月の明日香村の「中尾山古墳は文武天皇陵!?」というのが最後です。コロナ禍の暗雲が晴れ大手を振って遺跡を歩けるようになる日が待ち遠しい事です。 

寺沢 俊二さん (技術 平成13年退職) 

喜寿のお祝いいただきありがとうございました。地震、台風などの非常時に有効に使わせていただきます。なお、私事ですがこの2月1日から2週間余り脳梗塞で入院していました。おかげさまでほとんど麻痺もなく車の運転ができるようリハビリに励んでいます。

九十九 弓彦さん (放送 平成16年退職) 

喜寿のお祝いの品、ソーラーラジオを頂きありがとうございました。早速、傍らに置いて、毎朝のラジオ体操、日課の草花の手入れで重宝しています。退職してふるさと奈良に戻って15年。この間、父の残した博物館の案内や趣味の男声合唱、それに囲碁を楽しんでいます。今後も、コーラス仲間や囲碁友達、それに博物館に見学に来られた人たちと仲良く付き合いながら元気に過ごしたいと思っています。

井田 勝さん (技術 平成13年退職) 

この度は、喜寿のお祝いをお贈りいただき誠にありがとうございました。新型コロナウイルスの感染が収まらず大阪府・兵庫県・宮城県の3府県に「まん延防止等重点措置」が4月5日から適用されました。コロナ禍で外出を控えるように心がけてはいますが、健康維持のため30分程度の散歩は今後とも忘れずに続けていきたいと思っています。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(4月7日)

(米寿会員からの返信)

西谷 博信さん (管理 平成2年退職)

 お祝いの品をありがとうございました。八王子の田舎の老人ホームで、高尾山を間近に眺めながら、コロナにも感染せず何とか元気に過ごしております。ホームの敷地内で、テニスやバラの手入れ、野菜作りをし、屋内では囲碁、陶芸、ビリヤードなどで、時を過ごしております。この調子で白寿まで生きたいものです。高齢で、社会活動はしていないので報告はありません。

佐々木信一さん (管理 平成5年退職)

 立派な湯呑み椀、有りがとうございます。紅梅が満開です。南天、万年青(おもと)の実を小鳥達がつついています。石川啄木の“山の子の山を思うごとくにも、かなしき時は君を思えり”口ずさみ乍ら庭しごと。早く風呂に入り、小缶1個の晩酌がたのしみです。体も元気、一寸神経痛。

成田 正路さん (放送 平成3年退職)

 すてきな萩焼の湯呑をありがとうございました。いつの間にか米寿。トシ相応に元気です。ことわざ通り「憎まれっ子 世にはばかる」ということでしょうか。もう暫くご迷惑をおかけしますが、よろしく。

深田 芳郎さん (技術 昭和62年退職)

 旧友会から米寿祝の茶碗を頂きました。有難うございました。大学での学生生活10年、NHKの研究所で26年、再び大学で教える側に立って16年、50年余にわたって視ることに関係した研究に携わってきましたが、今度は自分の眼で見てやろうと、世界各地を遍歴して17年経った所でコロナのため足止めとなりました。引きこもり中に、ここ20年程の脳科学・IT関係の研究を調べてみると、昔の50年余の研究技術と成果が古典化する程の急激な進展に驚かされます。ところが、本来、ヒトが自分自身で考え判断すべき事柄までもキカイに丸投げしてしまい、その分ヒトの進歩は止まってしまっている気がします。ヒトは生物の頂点にいると自認しますが、環境の変化に適応して生活習慣を変えることが非常に苦手です。一方、ウイルスは環境に応じて自分を変えることが出来ますので真っ向勝負は明らかにヒトに不利です。何とか共生の途を探るのが肝要かと思います。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(3月5日)

(米寿会員からの返信)

隅田 洋治さん (技術 平成元年退職)

 人生終盤の節目「米寿」を迎えるに当り、深甚なる祝辞を頂き、元気で何とか心祝いが出来ました。この望外の幸甚は、私の心肝に珠玉として深く刻まれることでしょう。近況紹介として、老境の痩身持久のための試みを述べさせて戴きます。〇毎日、5~6千歩のウォーキング〇週3回、水泳・水中歩行・大浴場での温泉浴〇月2回NHKオンライン吟詠会での大声発散〇地域サークルでの漢詩朗詠〇史跡散策〇モーツアルト愛好会参加で生演奏堪能〇具現視されてきたUFO、知的生命体の調査・発表会参加など。コロナ禍対策としては免疫力の高い食物を摂取(納豆、味噌汁、海苔、長芋、オクラ、キムチ、ヨーグルト、青身魚など)しています。神はいつ迄この命を与えて下さるか。残された人生、一日、一日、噛み締めながら、感謝の念を肯綮として、全う致したいと思っています。あり難うご在いました。

山川 静夫さん (放送 平成6年退職)

 私が88になるとは信じられません。長く生きるのは大変です。でも、生きていれば、新しい発見があります。目標のない人生は、味気ないです。私は、数々のNHK職員のおかげで、素晴らしい刺激をいつも頂いておりました。そして、「歌舞伎」という友人の存在が、日本の伝統文化への関心を高めてくれました。今後も、「学び」を忘れず、楽しく生きます。

皆様も、どうぞお元気で!

鈴木 正紀さま (放送 平成元年退職)

 最近、昭和30年代のBK(大阪)制作の「日本の素顔」を取り上げた論考を目にする機会がありました。今は亡き諸先輩、同僚の青春の一駒一駒が目に浮かぶようでした。ラジオからテレビへの移行期の、活力に満ちた新人時代を経験させて頂いた諸先輩に更めて感謝しました。

白鳥 元雄さん (放送 平成2年退職)

 2月19日誕生日に米寿祝の品到着。きめ細かなご手配に改めて感じ入りました。同期の中では最後尾の「米寿」入りでしょうか。もうSNSは無理だから、まだ積み上がったままの活字と放送波に頼って卒寿への道のりを歩みましょう。

 

(喜寿会員からの返信)

津尾 満良さん (放送 平成12年退職)

 思いがけない喜寿のお祝いに接し有難うございました。私は現在「新宿区スポーツ推進員」として地域のスポーツ活動に携わっています。又、今年は「2020東京オリンピック」の大会ボランティアにも参加することになっています。今コロナ禍の大変な時です。早くより良い「新しい日常」になるよう願っています。

竹内 昭雄さん (営業 平成16年退職)

 定年になって17年です。64才から始めたソフトボールは13年になりました。「ねんりんピック」には3回出場しました。大きな病気もなく今年喜寿を迎えました。試合も毎年40試合やってます。コロナが早く終息して明るい日本になって欲しいものです。皆様も気をつけて下さい。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(2月5日)

(米寿会員からの返信)

黒井榮治郎さん (技術 昭和63年退職)

 寒中お見舞申し上げます。過日は米寿祝をお送りいただきありがとう存じました。立派な萩焼湯呑みで、早速お茶をいただきましたが、口当りもよく、良いお品だと思います。老化と若干の医者通いでまずまずの米寿の生活をしております。旧友会の皆様のご健勝をお祈りいたします。

平岡 幸雄さん (技術 昭和63年退職)

 この度はお祝いの記念品をお送りいただきありがとうございました。私は2年前から前立腺ガンを患いましたが、お薬で抑えて、毎月医者通いをしていながら、普通の市民生活を送っています。在職中に沖縄に行ったのをご縁に琉球音楽三線の演奏をはじめ、2011年78歳の時に那覇で行われた新人コンクールに出場して入賞しました。今、コロナでステイホーム生活ですが、時々三線を取り出して一人弾いています。

松田 清司 さん (営業 昭和63年退職)

 お祝いのお品を有難うございました。動きも大変にぶくなりましたが、辛うじて永らえております。皆様のご健康を心よりお祈り申し上げてやみません。ご厚情を重ね重ねお礼申し上げます。

 

(喜寿会員からの返信)

三田村 博治さん (放送 平成11年退職)

 早いものでもう77才となりました。59歳で退職し、八ヶ岳の別荘に移転しました。冬は毎日、スキーを楽しみます。多い時は、100日間も滑ります。おかげで、足腰はとても丈夫です。

長野 紘一さん (管理 平成12年退職)

 祝いの品、有難うございました。雑司ヶ谷霊園に小栗上野介の墓を訪れた。近年、歴史上の偉人の墓巡りが静かなブームを呼んでいる。安政7年、渡米した小栗は日本の知性と称えられたが、戊辰戦争で薩長軍に処刑された。霊園の管理事務所によると、若い女性の参拝者も多いとのこと。コロナ禍が終息したら、次は川路聖謨の墓を訪ねてみたい。

和田 洋子さん (管理 昭和63年退職)

 お祝いの品ありがとうございました。77才まで元気に過ごせたことを幸せに思って居ります。これからも体には気をつけて健康でありたいと思っています。お祝いの品大切に使わせていただきます。誠に有難うございました。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(1月13日)

(米寿会員からの返信)

富樫 直人さん (放送 平成元年退職)

 現役の頃スタジオを駆け廻っていたせいか、元気にしています。週に2回スポーツジムで筋トレ、それ以外の日は3~4㎞のウォーキング、夕食時には1合の晩酌を楽しんでいます。湯呑み有難うございました。末永く愛用させて頂きます。

 

深瀬 拡さん (放送 昭和62年退職)

 このたびは粋なご配慮を頂き、誠にありがとうございました。萩焼は小生の好む品で感銘をうけました。(近況)毎日スポーツジムに通い、元気で生活しています。車の運転もやっています。デジタル時代NHKも難しい立場のようですが、NHKは永遠です!と云いたいものです。皆様の御多幸をお祈り申し上げます。

塚本 至さん (技術 昭和63年退職)

 令和3年正月、全く思いがけずお祝品を頂戴しました。萩焼の湯呑、大事に使わせて頂きます。退職して30年余、日増しに老化を感じますが、割合、元気に過ごしています。図書館活動に没頭し、子供達へのお話、本読み、小学生への戦争の時のお話(10年余)続けて居ります。昨年はコロナで活動なく寂しい一年でした。毎日、5000歩の散歩を続けて居ります。三密を守りつつ。

寺田 格郎さん (放送 昭和63年退職)

 思わぬ贈物に接し、忝けなく存じます。旧友が一人一人と逝く中を、未だに命あるのは、医学、薬学の進歩と家内の食事配慮かと。年一回の会報で、諸兄姉の近況を知る楽しみと、回顧に・・・であります。御配慮に多謝。

露木 裕彦さん (放送 平成2年退職)

米寿祝ありがとうございました。早速に手触りを楽しみながら使っています。定期的な通院とデイサービス以外に外出は殆どありませんが、一年程前から突如老妻の介護が加わりました。多くの方の手助けを受けています。最近未来の選択を考える上で面白いと思った本を読みました。“人新世の「資本論」”と“武器としての資本論”ともに久々のマルクスでした。未来をどう選択するかは若い人に託します。皆様のご多幸をお祈りします。

(喜寿会員からの返信)

鍋島 進さん (技術 平成12年退職)

 GoToで、30年前に勤めた新潟へ行きました。当時「日本由来の朱鷺が卵を産むか」がニュースになり何度か取材。今は剥製となった「キン」が生きているかのようで、旧友と再会したような感慨がありました。萬代橋の上からは晴れているのに虹が見え、「変わり易い天気」に変わりは無いようでした。自宅に戻ると喜寿の祝いが届いていました。定期検査を受ける身体ですが、時には旅行にも行けます。皆さまのご健康、ご健勝を祈っております。追伸 戴いたペンで書きました。

服部 正弘さん (放送 平成14年退職)

 喜寿祝いの漆塗りの素敵なボールペンをありがとうございました。大切に使わせていただきます。世界中が新型コロナで大変です。学生時代の友人やNHKの先輩、同期、後輩の訃報に接すると心が痛みます。健康第一です。NHKに対する総務省、新聞、雑誌、民放からの風当たりが厳しく憂慮しています。ウォッチしながら、自分なりのやり方で理解促進に向けて発信していきます。

横山 民夫 さん(技術 平成15年退職)

 喜寿のお祝いありがとうございます。数字的にはおめでたいようですが、まだ、若いと思っていた数年前とはかなり違って、耳も悪くなり、夜、何度も目覚めたりして、老いを感じています。幸い体力的にはまだ大丈夫そうなので、自然の流れに抗してアンチ・エイジングに励んでいます。今のうちに断捨離を実行と決断しているのですが、終活は思うようには捗っていません。頂いた輪島塗水性ボールペン、拡張高いデザイン!替え芯で長持ちさせれば、形見の一つになるかも知れません。

菅野 弘義さん (放送 平成15年退職)

 2021の初春が雪でした。コロナ禍で羅患者1億人、死者200万人の世界。曙光が令和三年、きざすことを願っています。世界は変わってゆくでしょう。これを契機として。NHKが、世界に冠たる公共放送として、先導的な信頼される「装置」として、私たちに勇気を、希望を与え、未来を指向した北極星、太陽のような存在であるように。輪島塗りボールペン多謝。

幅 行雄さん (技術 平成12年退職)

 誕生日の午前中にピンポーンが鳴り、玄関を出て見れば旧友会からの宅配便、中を開けると輪島塗りの素晴らしいボールペンでした。誕生日の当日に配達される心配りに感激です。大変ありがとうございました。古希の時に比べて、今期の喜寿はさすがに身体の衰えを感じる日々ですが、相変わらず下手なゴルフを月2回程度と散歩、それに趣味のフルートのレッスンに週1回通っています。年相応の元気に感謝してNHKはもとより、旧友会のご発展をお祈りします。

宮島 弘人さん (放送 平成12年退職)

 思いがけない喜寿お祝いの品を頂きありがとうございます。味わい深い漆塗りのボールペンを眺めながらここまで元気でこれてよかったと改めて思います。コロナ汚染でゴルフはできず、料理教室や図書館通いも中止、同期の集まりも無期延期となるなど冴えない巣ごもり生活です。そこで挑戦しているのが「きょうの料理」です。「NHK+」で繰り返し見て料理すると、それなりの出来栄えです。また、ユーチューブ利用の水墨画の手習いを始めました。ユーチューブは国会中継や昔のドラマ、パソコン講座など、なんでもありですが、お気に入りは「孤独のグルメ」。外食した気分で結構楽しめます。コロナ汚染の早期終息を願いながら巣ごもりの日々を静かに過ごしています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(12月4日)

(米寿会員からの返信)

石井 義長さん (放送 平成元年退職)

 米寿の誕生日午前中、近くの氏神様にお詣りして帰ると、宅配便で「NHKからです」と。開けてびっくり、萩焼のずっしりとした湯呑み。NHKに長年お世話になった有難さを、改めてしみじみ味わいました。不見識な政権の横槍で運営の厳しいNHK、是非原点を堅持しての奮闘を祈ります。有難うございました。

 

加藤 慶男さん (放送 昭和62年退職)

 家内の重度障碍で介護施設に入りました。40平米ほどの2人部屋に、お世話になっています。コロナ禍で外出が制限されていますので、室内暮しが続いています。定年後始めましたサクソフォンをボケ防止のため吹いています。テレビはよく観ています。とりわけNHKのBSを観ることが多いです。今後とも良い番組を観せて頂けること期待しています。米寿のお祝いをありがとうございました。

 

蓬田 和郎さん (放送 平成4年退職)

 本日は思わぬお祝いを頂き本当に有難うございました。ただ長持ちをしているというだけで何のお役にも立たなかったのにご記憶いただいたこと嬉しく思います。このところ、社会との疎遠感をひしと感ずること多かったのですが、これで又思い直すことできました。

特に今年は、コロナ禍周辺に渦巻いて、失なわれること多い中、一本の強い絆感じました。これからこの萩焼大切にさせていただきます。NHK頑張れ、そして旧友会の皆さまのご健康をお祈りいたします。

 

明石 一彌さん (技術 昭和62年退職)

 お祝い有難うございました。私は、13年前に脳梗塞で倒れ、右半身が麻痺となりました。右手の不自由さを補うため、自分の障害にあった補助具を作る事にしました。幸い昔から物作りが好きで、各種の工具を揃えていたので、これら工具を、主に左半身で操作し、作る事が出来ました。翌年「福祉機器コンテスト」がある事を知り、作品を幾度か応募したところ、これまでに3回入賞する事が出来ました。今年1月に心筋梗塞で再度倒れましたが、退院後は、補助具を付けてバイオリンを弾いたり、好きな音楽を聴いたりして過ごしています。

 

 

(喜寿会員からの返信)

受田  勲さん (放送 平成13年退職) 

 喜寿の誕生日に記念の贈り物を有難うございました。コロナ禍の中で、基礎疾患を抱えた夫婦二人、お互い協力しつつ頑張っています。光の見えない感染症、一日も早い収束を願い、普通の生活に戻れることを祈ります。皆様もお大事にお過ごし下さい。

 

小川 通正さん (管理 平成12年退職)

 3月以来の13日金曜日に宅配便到着。送り主はと見ると東京旧友会。包みを開けると何と、「喜寿祝」のプレゼント!そうか今日は自分の誕生日だったか。サプライズは更に続く。祝いの品は自身が30年以上も愛用しているボールペンと同じもの。その上何とボディーには見事な扇面模様の漆塗り。ウーン、Japanで来たか~と粋な計らいに感謝感激!!我が家から見える富士山の向うの旧友会に思わず一礼でした。

 

 

下澤 理恵 さん (管理 平成15年退職)

 嬉しい贈り物を頂戴しましてありがとうございます。在職時からの友人(私より7歳若い方)と毎年11月にお互いの誕生祝の会を続けて今年で30年ほどになります。喜寿の歳まで続いて感慨深い思いです。今年はコロナ禍でまだ先が見えませんが、ウィズコロナ時代の健康維持に留意して日々を過ごしたいと思っています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(10月30日)

(米寿会員からの返信)

倉石 恒夫さん (営業 昭和63年退職)

80才過ぎてから歩行困難となり朝6時過ぎには450歩の歩行訓練をして頑張っております。帰ってから自宅の庭にある畠(8坪)で15分位野菜を作っております。運動としては「介護予防教室」の送迎付体操に週1回参加し、参加者の受信料支払いを感謝しながら対応しております。又去る9月20日箱根開雲ホテルで米寿記念激励会を家内と

2人で黄色い帽子とチャンチャンコを着せられ家族10人全員で行なわれました。

古屋 成正さん (放送 平成元年退職)

 米寿の結構な誕生日プレゼントありがとうございました。現在は体調をくずし自宅療養中、足腰の衰えを少しでも進ませない為に週3回のリハビリ訓練と週一回のデイサービスに通っています。誕生日当日はコロナ対策をして家族10名で楽しく祝ってもらいました。

吉田  繁さん (放送 平成4年退職)

 お祝い有難うございました。結婚後62年、定年退職の後、今のマンションで夫婦二人の生活をはじめてから28年の令和2年に夫婦そろって米寿を迎えました。しかし、二人だけの生活は厳しさが増えて来ました。長い距離が歩けない、重い物が持てない等々、2人合わせて一人前と笑っています。しかし、介護保険の世話にならないように努力しています。

中島 義一さん (放送 平成元年退職)

 お祝いの品戴き有り難うございました。私も米寿の年令になったのかと思いました。人生長い様で短い感じがします。私も最近老人特有の足腰が若干弱くなってる様で頑張って残り人生を楽しく生きて行きたいと思います。

宇佐 恒臣さん (技術 昭和62年退職)

 米寿・誕生日の朝、小包便で“萩焼の湯飲茶碗”を戴きました。独特の素焼底で三角の切り子?が入った白磁の重厚な湯飲茶碗でした。早速お茶を入れ“両手に抱えて”戴きました。家族にも祝福されました。大切に使わせて戴きます。有り難うございました。幹事さんの心配りに感謝申し上げます。小生、団地の老人会催事などにも出ながら、庭いじりやクラシック音楽鑑賞、パソコン弄りなどの趣味を楽しむ毎日です。腰痛や足の衰えなど自覚していますが・・・今まで大病も無く、何時の間にか?この歳になりました。皆さんに感謝!です。

(喜寿会員からの返信)

水落  明さん (管理 平成15年退職)

 喜寿の御祝有がとうございました。平均寿命を超え長寿社会を代表する人間になれるよう日々、運動に地域ボランティア活動に励んでいます。延期されました2020東京オリンピック聖火ランナーに推せんされており、来年7月高令者を代表して元気に走り、東京オリンピックの成功を盛り上げたいと思っています。

道田 秀雄さん (放送 平成12年退職)

 喜寿を迎えました。曾て何歳なのか調べた事を思い出しました。以来50年 今日用事があるに心掛けてます。教養ではなく「今日用事」が「今日用」と読んで過ごしてます。昨日とは少しでも違う事に気持ちを切り換え過ごす工夫です。ただ大袈裟なことではなく

本を読む、買い物する、美術館にいく、散歩する、等平凡な行いに此からもです。今日も明日も明後日もいつものようにそれが私の思いです。

稲田比島志さん (管理 平成12年退職)

 拝啓 今度は、思いがけず結構な御祝品をご恵贈いただき感激しています。本当に有難うございました。御陰様で、なんとか元気で過ごしております。NHK東京旧友会様の益の御発展を心からお祈り申し上げます。 敬具

中山 雅夫さん (放送 平成15年退職) 

 「運転免許証」を返納しました。これからは「弱く」なった足で、観光都市“川越”を、ゆっくり歩いて楽しみます。そして残りの人生は、名優“スペンサー・トレイシー”の名画「老人と海(川越)」のように、必死で生きたいと思います。

蛯原 敏夫さん (管理 平成12年退職)

 すばらしいお祝いの贈物を、喜寿を迎えた当日に頂き、そのお心遣いに感謝・感激しています。ありがとうございました。現在、家庭菜園を楽しむ傍ら、地域社会貢献のため引受けた民生委員を、協会での経験を生かして、今なお後継者難で続けております(原則として、定年75才)ので、頂いた筆記用具を大いに活用させて頂きます。これから、健康管理に一層留意しながら、時々は、協会で一緒だった仲間との飲み会で活力を得たいので、コロナ禍の早い終息を願っている今日この頃です。取り急ぎ、お礼のご挨拶と近況報告まで。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(9月30日)

 

(米寿会員からの返信)

野口篤太郎さん (技術 昭和62年退職)

旧友会より米寿のお祝いの品が届いた。改めて八十八歳を実感しております。協会の仕事を終えてから長い時間が経過していますが、今年の八月もBSプレミアムで「シルクロード」が再放されている。私が撮影を担当した40数年の作品が今も放送されていることに感慨無量です。若い時、ぜひ行って見たいと夢見た地域、カラコルムヒマラヤS.38年取材、エベレストS44、45年、中国西域、S54、55年、いずれも厳しい苛酷な取材ではあったが、心は躍動していた。自分の目で、ルーペをのぞいて記録した映像が今も放送されている驚きと、夢見た場所に立つことのできた幸運をかみしめています。元気です。

清水  満さん (放送 平成元年退職)

 思いがけない米寿のお祝、ありがとうございました。趣味を仕事にしていた私にとって、80歳から始めた俳句が初めての趣味になっています。通常なら月4回の句会で、ぼけてる暇はありません。もっとも今はコロナで句会は休み、もっぱらWEB句会で楽しんでます。身体の方は週1回の気功と太極拳で足腰はいまのところ大丈夫です。健康長寿でありたいですね。

 

(喜寿会員からの返信)

高山冨士夫さん  (放送 平成15年退職)

 喜寿おめでとう!私の誕生日の日子供達や孫が集まりお祝いの会を開いてくれた。親父は64歳、御袋は72歳で亡くなり私は2人より18年も長く生きている。老後は楽しく生きると言っていた両親は本当に楽しい人生を過ごすことができたのだろうか?私は頑張るぞ!あと10年 八十八 米寿まで!!

藤木  健さん  (放送 平成15年退職)

 思いがけぬお祝いの品、驚きつつも有り難く頂戴致します。近くの児童養護施設でこども達と遊ぶボランティア活動をしてきましたが、新型コロナと自分の怪我のためこの夏、残念ながらピリオドを打ちました。まだ77才、リモートで社会とつながることが可能な新たな活動を探そうと思っています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(8月28日)

(米寿会員からの返信)

深美 郁夫さん (営業 昭和63年退職)

 拝復 この度は結構な名碗の贈呈を頂き、有難くそして恐縮しております。ところで、

近況をとのご指示がございますがお書きするような立派な事柄はございません。昨年までは四季折々に近所に住む息子の車で、近間の温泉を巡っていました。しかし今年はコロナの外出自粛のため近隣の内科や整形医院の診療を受けるにとどまっています。その他は朝から晩までNHKの番組に取りつかり好みの番組を拝聴して余生を過ごしているのが実態です。ご指示の趣旨に沿えなくてお役に立てず申し訳ございません。皆様方のコロナ対策や向暑・炎暑に一層のご留意下さいますよう祈念します。           敬具

 

横山 粛さん (管理 平成元年退職)

 米寿のお祝有難うございました。早速に玉露を一服し、萩焼の趣を楽しみ、久しぶりに浩然の気を養わせて頂きました。小生の場合、持病に糖尿病(2型)があり、また、85才を過ぎてからは歩速が3割ほど落ちるなど加齢現象が顕著かつ急速に進行していますので、目下、必要最小限のウォーキングのほかは専ら身辺の整理に没頭しているのが日常です。末筆になりましたが皆様の御健勝を祈ります。

 

杉森 洋一さん (放送 昭和62年退職)

 小生の米寿をお祝いいただきまことにありがとうございました。幸いにして健康上、丈夫ですが、脚が不自由で遠出がきかないのが残念です。旧友会諸兄姉のご長寿を心よりお祈り致します。 早々

伴  清さん (営業 平成元年退職)

此度は貴重な萩焼の湯呑をいただき有難うございます。70才前後に15年ほど庭の作業小舎に窯を備え作陶に焼成に熱中したことをなつかしく思い起こしています。昨夏に肺がん(ステージ1)が見つかり高令ですが抗がん剤治療中です。副作用が心配ですが体力維持のためできるだけ散歩を兼ねて昼食は外食することにして、何とか元気に過ごしています。皆様もこの大変な夏をのりきり、良い秋を迎えられますように。

松井 平三さん (放送 平成元年退職)

 今年2月、文部科学省に招かれて大臣表彰を受けました。地域における対象者は全国で87人、青少年、女性・家庭教育、社会教育計画、公民館活動などに分かれる功績分野で「ボランティア活動」は私1人でした。居住地熱海市の市民大学講座に関わった20年余の実績が評価されたようです。この講座は時勢に則し大学の名に相応しい知識教養の習得を目指し、企画立案、講師の選定、授業の運営すべてを市民で行い市は学習環境の確保と予算措置で支援する全国でもユニークな講座です。現在はコロナ感染防止のため休止中ですが平常なら五つの講座を実施しています。NHK在職中、ディレクターとして得たノーハウを作った人脈の活かされたことに感謝しています。米寿祝有り難うございました。

 

(喜寿会員からの返信)

綱嶋 晴男さん  (技術 平成12年退職)

この度は喜寿祝をいただき、心より御礼申し上げます。お陰様で健康の身で、喜寿を迎えることが出来ました。輪島伝統の漆塗りの技が光り輝く、素敵なボールペンですね。末永く大切にさせていただきます。ありがとうございました。今年は喜寿と重ねて金婚式を迎えることとなり、妻との出会いから50年の間に過した転勤地や思い出の地を巡る、題して「喜寿&金婚ロングツアー」を計画していました。しかし社会情勢までもが大きく変えてしまったコロナ禍により、スタート直前に断念せざるを得なくなりました。一日も早いコロナ終息を願いつつ、再チャレンジを考えています。旧友会さまの益々のご発展を心より祈念しております。

高須 和徳さん  (放送 平成12年退職)

 人生一度の喜寿の日を100年に一度の喧騒の中で迎えました。10日程前に大腸癌手術後5年の観察を経て寛解の診断を受けました。この心身を恵んでくれた両親に只管感謝のみ、この幸運を子・孫にもバトンタッチしていくのが私共夫婦の役目です。拝受のペンで折にふれ綴って参ります。有難うございました。

青木 勉さん   (放送 平成12年退職)

 元気にすごしております。

野下 清さん   (技術 平成12年退職)  

 お祝いに書き味素晴らしい高級万年筆をお贈りいただきましてありがとうございます。早速ご返事に使用させていただきます。素晴らしい書き心地です。また丁度よいタイミングで私は今、家族、友人との間で絵手紙の交換を行っています。老若男女と色々ですので楽しく過ごさせていただいています。

椎名 紀代さん  (管理 平成15年退職)

本日はすばらしいボールペンをお送りいただきまして心より御礼申し上げます。旧友会の皆様におかれましてはまず健康でおすごし下さいますよう祈ってます。コロナ禍の心配ばかりの毎日ですが一気に明るくなりました。私は毎日字を書き、野菜、花を育てています。みんなにさし上げるのを楽しみにしています。

若山 慎二さん  (管理 平成11年退職)

 沖縄に移って丸5年、実は現在、家内のいる鎌倉周辺に転居準備中です。ご承知のように沖縄は、このところ単位あたりの新型コロナ陽性者数が全国でも突出、懸命な対応状況となっています。ここで首里城再建観察も琉球史の学習も中断し、沖縄を離れることは大変申し訳ないこと、しかし鎌倉で画廊を営んでいる妻からの偕老同穴要請、ウーン、応えざるを得ません。2人の孫娘との交流もある程度果たせたのでまあ良いか、また戻って来る、ま、世界は一つなどと言い聞かせながら、単身生活名残も惜しく、転居準備、鞭打っています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(6月5日)

(米寿会員からの返信)

田中 幹人さん  (管理 平成元年退職)

 思いがけず萩の名品をいただき有難う。大切に愛用させていただきます。さて、今も頼りの年金。その発足交渉に係わり60年安保を知る当時の日放労役員の一人として、今日の政治経済社会の状況、特に愛する公共放送のあり様を、すでに逝った先輩同僚にキチンと伝え報告すべく残されたこれからの日々を改めて大切に過ごしたいと深く思う次第です。

田子島 一郎さん (技術 昭和63年退職)

 この度は大変結構な品をいただき有難うございます。先日93歳で元気な方とお話ししたとき、私が88歳になると言ったら、「おぉまだ若いのですね。これからまた一杯楽しんでください」と言われました。人生とは何か、豊かに生きるとはと、改めて考えさせられました。NHKの存在理由を再度熟考し、お世話になった皆さま、これからの改革に携わる皆々様のご健闘を心からお祈りして、お礼の言葉といたします。

田中 信義さん (放送 平成元年退職)

 やっと米寿を迎えることができました。お祝い品ありがたくいただきました。NHK時代は戦争取材に明け暮れ、大学に移っても国際問題に取り組むなど幸せな人生でした。しかしコロナで自粛要請が始まって以来外出はままならず一度も電車にも乗れません。昔買いとめた本を読みなおしています。夏来る コロナ何者 われ米寿 信

大塚 勲さん  (放送 昭和62年退職)

 此の度は米寿到達記念として祝品を賜り有難うございます。大胆に白釉を施された大ぶりな萩焼茶碗を手にし、旧来のイメージが覆った驚きと、温故知新の感動を味わい、それがやがて後期高齢者への檄となり、嬉しく拝受した次第です。これを機に振り返れば、戦時中から病識もないまま、間歇的に昂進した心身の失調が、入局後に顕在化し、機能障害に悩み、突発性気胸で入退院を繰り返しましたが、職縁を得た先輩方から、忍耐強いご指導、時期を得たご鞭撻、懇篤なるご友誼を賜り、体調を整えた後長く放送人・社会人へと育成していただいたご恩義は、よみがえる多彩な場面と共に、忘れる事が出来ません。この茶碗、小生にとり、今や幽明相隔てる方も多くなった恩人たちへの追善供養、友情交歓の盃でもあります。心して使わせていただきます。コロナ禍の渦中、諸兄姉のご健祥を祈ります。

(喜寿会員からの返信)

小宮山 忠雄さん (放送 平成12年退職)

大変すばらしい喜寿祝のボールペンをありがとうございます。そのボールペンで書いています。コロナに感染したくないので、極力家に居るようにしており、外出せざるを得ない時は必ずマイカーにしています。一刻も早く安心してゴルフに出かけることが出来る日が来ることを、心から願っています。

青木 政治さん  (技術 平成12年退職)

 喜寿の品を有難く拝受しました。思い起こせば、65歳の時に肺ガンを発症しましたが、名医の方々のお陰で完治し、今は元気に過ごしています。ヒマな毎日、古いノートパソコンのメディアプレーヤーに音楽データを入力して、この出力を古い真空管アンプに接続してBGMを楽しんでいます。半世紀も前の真空管から実に良い音が出ていますヨ!

緒方 洋子さん  (管理 平成15年退職)  

 うるし塗りの喜寿祝のボールペン、旧友会からの思いがけないプレゼントに心から感謝申し上げます。世の中は、コロナとの戦いに明け暮れています。すべての予定が消され、手帳は真白。毎日、好きなように過ごせて、こんな自由は生まれて初めて! Stay Homeもいいもんだと、コロナ収束を祈りつつ。

中田 光正さん  (管理 平成12年退職)  

 皆様のお陰で無事に喜寿を迎えることが出来ました。ありがとうございます。懐かしく思っていただける方がおいででしたら、どうぞご連絡をお待ちしております。現在はNHK文化センターでほんの少々の講座企画のお手伝い。俳誌に所属しての句作り。男声合唱団に所属。横浜男声合唱団「きこり」のHPをリサーチして下されば勇姿が。米寿に向けて頑張っております。

折方 秀行さん  (放送 平成13年退職)

 コロナ騒ぎで旅行にも行けずスポーツジムも閉鎖で鬱鬱とした日々です。幸いお金がなくて都心から外れた所に住んでいますので、毎日近所の川や森を徘徊しています。中学生になったのに入学式もしてもらえない可哀そうな孫娘を無理矢理引っ張り出しお伴にしています。今年の目標は茨城県を旅し、日本全国47都道府県全部を制覇することです。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(4月10日)

(米寿会員からの返信)

土田 俊二さん  (営業 昭和61年退職)

 このたびはすばらしい贈物をいただき誠に有り難うございました。萩焼のやさしい風合は私の好きなものの一つで、大事に使わせていただきます。NHKを退職してだいぶの年月がたちましたが、おかげさまで、健康に日々をすごしております。NHK東京旧友会のみなさま、全国旧友会のみなさまのご健勝を心からお祈り申し上げます。

向井 政昭さん  (技術 昭和62年退職)

 ここの所新型コロナウイルスで不安な日々が続いていますがいかがお過ごしですか。この度は私の米寿のために結構な記念品をお送り頂きまして有り難うございました。厚く御礼申しあげます。お陰様で小生元気で毎日趣味のビデオ制作を楽しんでいます。最後になりましたが貴会のご発展をお祈り申し上げます。

(喜寿会員からの返信)

瓜生田和孝さん  (管理 平成15年退職)

東京旧友会から喜寿祝の品を贈られた日に日本初の緊急事態宣言が発出された。私は既に5年前から会社顧問としてテレワークを行っており、頚椎・腰椎の変形治療で整形外科に週1通院しているが、これも「要」なので影響はない。しかし、法科大学院2校の準ボランティアと老人ホーム数か所の演奏ボランティアは2月から休止になっており、家にいる時間が多くなり、テレビのニュースやニュースショーを視聴する時間が増えた。そのために、キャスター、コメンテーター、政治家、官僚の日本語の乱れが気になって仕方がないこの頃である。 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(3月14日)

(米寿会員からの返信)

山中 重男さん  (営業 昭和63年退職)

 NHKに入って最初に勤務した防府放送局と同じ山口県の萩焼き茶碗たいへん感慨深い祝い品を本当に有難うございました。最近は聴力の低下が著しく音楽を楽しむことも難しくなり補聴器と悪戦苦闘しています。

三池田 一郎さん (技術 昭和62年退職)

 放送技術研究所から受信技術へ転勤したことなど。

矢口 堅三さん  (放送 昭和61年退職)

 米寿のお祝いを頂きました。有難うございます。生来頑健とは縁遠い体で、ましてや終戦前後のあの食料難の時代を中学生として過ごした身としては、この歳までよく持ったものと我ながら感じ入ります。去年は二度がん摘出の手術を受けましたが、三途の川の渡し賃が足りず娑婆に戻されました。現在体調は良く、お陰様なことと感謝の気持ちで穏やかな日々を過ごしています。

百瀬 宗直さん  (技術 昭和63年退職)

 誕生日当日(2/28)記念品受領。当日には、老人会の定例合唱会とスケジュールが重なったので、参加者26名の皆さんにショートケーキを内祝としてお配りし、共に御祝を楽しんでいただいた。皆さん、ご協力有難う。お陰様にて老化現象以外は元気、余生を頑張ります。色々お世話になりますが、よろしく。目下、自分史編集中。

(喜寿会員からの返信)

山田 正詔さん  (技術 平成12年退職)

喜寿のお祝品ありがとうございました。早速そのボールペンで書かせてもらっております。(近況)普段は、孫の幼稚園の行事や正月、こどもの日、誕生日等のビデオやスチール撮影の編集をしてブルーレイに焼いて試写会をして楽しんでいます。又、車の免許更新が喜寿の年と重なり喜寿を目安に更新か返納か考えたのですが、まだ返納するとこまる事の方が多い事がわかり更新することにしました。ご存知とは思いますが、75才からは認知機能検査と高齢者講習があり予約しても大変混んでいて9月に予約して新しい免許を受け取ったのが2月中旬、6ヶ月半もかかりました。経費は交通費も入れて1万円程、さて次回はどうする? 

島津 和夫さん  (放送 平成12年退職)

 美麗な祝い品ありがとうございました。「千里の馬はあれども伯楽は常にあらず」幸運にも恩師・先輩に恵まれ「人を残す」大切さを。人材育成・永遠のテーマを胸に気が付けば喜寿となりけり。卒業時期かなと思いながらも頼むよと請われれば「義理と人情」のこの世界!!最後のご奉公と―今年も4月からお呼びがあり学内封鎖は?「コロナウィルス」に一喜一憂しながら余生を過ごす毎日です。OBの皆さんのご健勝を祈念します。

山田 勝美さん  (放送 平成11年退職)

 元気です。

加藤 昌男さん  (放送 平成11年退職)

 結構なお品を有難うございます。どうにか大きな病気もせず、元気に過ごしております。研修センター日本語センターの専門委員として、ことばの研修を担当しているとともに、教育関係の執筆活動をしています。またボランティアとして小・中学校の出前授業で「ことばの学習教室」を時々担当しております。

青柳 公男さん  (技術 平成11年退職)

 振り返りますと、昭和18年の早生まれで小学校入学時には身も小さく1年遅らせようかと考えたと親からよく言われました。そんな私が無事喜寿を迎えることが出来ました。これも皆様のご支援があったからと心から感謝しております。これからも、ゴルフや囲碁の仲間と楽しく元気に過ごしていきます。皆様、よろしくお願い致します。

田中 賢二さん  (放送 平成15年退職)

 行きつけの釣宿で聞いた。「ここに来る人の最年長は?」〇〇さんはたしか88かな。オーシ、オレもまだまだ。てなことで、近頃は甘鯛にハマっている。久里浜から船を出し、城ケ島の見える東京湾口、水深100~120m。一投めでゴンゴン、電動をゆっくり巻き、海面にピンクの美しい魚体がポカリ。50cmオーバー!刺身、酒蒸、シャブシャブ、アラ煮、お酒がやめられまっせーん!

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(2月14日)

(米寿会員からの返信)

富田 治郎さん  (技術 昭和63年退職)

 米寿の記念品を有難く頂戴致します。お祝い品を使わせて戴くたびに、来し方四十数年のNHKでの生活を懐かしく思い出すことでしょう。文末ながら、旧友会のますますの御発展を祈念してやみません。

 

木下 成美さん  (技術 昭和62年退職)

 米寿のお祝い萩焼湯呑ありがとうございます。お陰様で大病することなく過してますが、年と共に足腰が弱まり、階段の上り下り苦手となり遠出は控えておりますが、技研OBを主なメンバーとする碁会で月2回一向に上達しない囲碁を楽しんでます。

 

間宮  章さん  (放送 昭和62年退職)

 見事な白釉の萩焼き、誠に有難うございます。朝のひと時のお茶が格段に味い深くなりました。小生、現在ライフワークの集大成として、地元八王子の学園都市大学で「放送と昭和の時代」全15回シリーズの講師活動にチャレンジしています。昭和という時代を、放送メディアの視点からとらえようという試みです。一年半にわたる長期シリーズですが、米寿を迎えてこの達成がわが人生の最終目標です。

岩田 道之輔さん (営業 昭和63年退職)

 元気で杖ついて歩いてます。仕事は順調です。「我が人生賛歌」 原田直之(コロンビア)

「風に立つ」 鈴木正夫(ビクター)、「美しき日本」 新沼謙治(コロンビア)、「おんな大兵衛」おもだか秋子(ビクター)、「おどりの輪」三人娘(ビクター)、「湯あみおどり」新内枝幸太夫(コロンビア)、「賜杯の笑顔」天達美代子(キング)、カラオケにはまってます。

 

 

(喜寿会員からの返信)

大澤 愼一さん  (放送 平成11年退職)

 貴会からの喜寿祝い確かに受け取りました。御心使いに感謝します。気が付いたら喜寿という感じで格別の感慨はありませんが、20才以前は病弱でしたのでよくぞ今日まで!!という感はあります。医療法人の役員をする以外は孫達(同居と近所に住んでいます)の顔を見ながら暮らせています。

 

木野 友博さん  (放送 平成12年退職)

 結構なお品ありがとうございました。私のライフワークは、先の大戦で玉砕した日本軍将兵を慰霊する事で、1月はパラオ共和国のペリリュー島を訪れました。マキン、タラワは米軍のミサイル基地があり入島出来ません。残すはガダルカナル島となりましたが大変そうで体力と費用が相当なものになりそうです。マタニカウ河での万歳突撃で折り重なって戦死した将兵の写真が目に焼きついて離れません。生ある内に慰霊に行かねばと思っています。

 

 

垂木 昌三さん  (放送 平成12年退職)

 寄る年波に勝てず、老化が進む一方。特に脚部不安で左足が思うように動かない。医師の診断ではパーキンソン病とか…。外出は杖に頼って近くのコンビニにネコのエサを買いに行く程度。もっぱら家でゴロゴロしている。喜寿にしてピッタリの生活形態かな?暖かくなったらもう少し前向きに行動しようかとは思っている。

島崎 和雄さん  (技術 平成15年退職)

 お祝いを頂いて気がつきました。喜寿 ずいぶん遠くまで来たもんだ!卒業以来『古木』を鑑賞するドライブ旅行を計画し全国を少しずつ巡っています。温泉めぐりには及びませんが、見知らぬ土地とたくましく生きている巨樹・古木にいつも感激しています。免許返納に怯えながら「まだ夢の途中」ナンチャッテ 旅は続きます。『思い出話』をカミさんと。深夜に。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(1月7日)

(米寿会員からの返信)

斉藤  滋さん  (管理 昭和63年退職)

 幸に健康にめぐまれ、元気に毎日を過しています。元気の素は楽器を弾くこと。ウィオラを弾いてカルテットを楽しんでいます。米寿祝ありがとうございました。

 

赤堀 正宜さん  (放送 昭和61年退職)

 お祝い品をお送り下さり感謝致します。太平洋戦争中、戦後の食うや食わずの青春時代を思うと、こんなに長生きするとは想像もできませんでした。生かされた人生を聖書の配布に使おうかと思っています。日本国際ギデオン協会の町田支部会員として、町田市内の中・高・大学生に聖書の贈呈の奉仕とみ言葉を伝える奉仕を続けていくつもりです。また車椅子生活の家内の介護も。

 

岡村  稔さん  (管理 昭和61年退職)

 元気です。祝品大変ありがとうございました。「90歳の命の春。奇跡。大予言の2020年まで生きたい。3回目のコラム集を年内に出します。」

 

前田  宏さん  (放送 昭和63年退職)

 二日、思いがけなく小包が届きました。開けてみると、萩焼の湯呑みです。これまで極く当たり前の湯呑みを使って、極く当たり前の暮しをして来ましたが、これから新らしくお茶を味わえるとなると、まるで嘘のよう。本当にありがとうございました。小生、皆さんのお陰で、今も朗読の講師を務めており、社会とのつながりを何とか得ています。これからもよろしくお願い致します。

 

(喜寿会員からの返信)

小松  栄さん  (放送 平成14年退職)

 喜寿のお祝い「輪島塗りのボールペン」ありがとうございます。両親の寿命を超えても、長寿家系でないため、喜寿を迎えられるなんて想定外。あらゆる分野で、ソフト・ハード面が急速に進化する令和の時代。パソコン不使用、のどかな里山で原始的なくらしを楽しんでいる私には生き辛くなるようです。せめて、この書きやすいボールペンを使って、せっせとお便りいたします。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(12月17日)

(喜寿会員からの返信)

阿部 詳二さん  (営業 平成14年退職)
 77才の誕生日記念に家内と大好きな秩父鉄道に乗って花園の道の駅、長瀞と電車を利用しながら、ゆっくり歩き回りました。さわやかな気候に恵まれて、気持ちのよい汗をかきました。旧友会から何が送られてきたのかと見れば、立派なお品物で喜寿を祝っていただき、ありがとうございました。だと!

横堀 邦之さん  (技術 平成11年退職)
 銀座、霞ヶ関、日比谷スタジオから始まった協会生活、2年前に終業。皆様お世話になりました。今、午前中は下手なテニス、午後は「ここ掘れ!」「キャイーン」と菜園の手伝いで「晴耕・雨読(休)」の日々を過しています。いただいた筆で、人生の現役生活を綴ることになるでしょう。ありがとうございました。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(11月12日)。

(米寿会員からの返信)

樋口 英樹さん  (放送 昭和63年退職)

 平成元年10月15日88才の米寿を迎えるも、その前年の11月から週3回の月・水・金の3日間、腎臓透析を受ける身となり、心ならずも第一級身体障害者入りとなり、それ迄の自由気ままな生活が激変、すべて病院主導の打って変わった生活に変わり、宿泊を伴う旅もままならぬ限られた生活を強いられている。従ってTVの内外の旅番組が唯一の楽しみに。

(喜寿会員からの返信)

中林 利数さん  (放送 平成11年退職)

 ともかく歩るく、NHKラジオ聴き乍ら。飛騨山脈の山々を歩るいている。後でうまい酒を飲むために。「山歩るき」と思っているが、ほぼ「徘徊」に近いのかも? 妹は、「兄さん、すぐ遺体を下ろせる山にしなさい」だと!

岩佐 和久さん  (管理 平成11年退職)

 お祝いありがとうございました。NHKを退職した後、関連団体(株式会社計4社)で仕事をさせて頂き、去年8月末に無事終えました。私事でありますが、40才台前半にスポーツクラブに通い、ジム・水泳等を行って、通算35年が経ちました。お陰様で夫婦とも体調は良好で日々楽しく過ごしています。

河合 輝男さん  (技術 平成11年退職)

 喜寿のお祝いありがとうございます。東京オリンピック(1964年)の翌年に入局し、全国カラー化の普及、衛星放送とハイビジョンの進展と共に映像機器の小型軽量化・IC化の研究開発等に携わることができ、大変思い出深いNHK生活を過させていただきました。退職後はシニア仲間と囲碁、および現役時代には未経験の水彩・デッサン、陶芸・シャンソン、バイオリンなどにも挑戦し、頭と心を鍛えて、ボケ防止に努めています。来年の東京オリンピック(8K)放送を楽しみにしています。

佐野 嘉弘さん  (技術 平成11年退職)

 喜寿のお祝いの品有難うございます。末永く使わせて頂きます。4年前、小田原に住んでいた頃、最愛の妻に先立たれました。小田原は熱海温泉にも近く二人で住むには良い所です。でも一人で住むには寂しく、2年前に東京・江東区で単身生活をはじめました。団地のカラオケや周辺の講座に参加して人生の再出発を目指しています。まだまだ人生奥深いと感じます。 

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(10月7日

(米寿会員からの返信)

上野 友夫さん  (放送 平成3年退職)
 米寿プレゼントありがたく拝受しました。けっこう忙しく過しています。川野京輔の筆名で「川野京輔探偵小説選」が2巻出ており、その3巻がこの秋に出版されて完結。同じく川野京輔名儀で「推理SFドラマの60年」も出版されていますが、新たに作詞をする時の筆名杉野まもる名儀で「杉野まもる作詞60年“花と怒涛”」が近く出版されます。その資料集めや評論家との対談、編集者との打合せなど年をとっている暇もないと云うのが現状でありがたいことです。

小張 和俊さん  (放送 昭和63年退職)
 専業主夫として7年、無農薬栽培の玄米を主食に添加物をさけた食材での手料理が中心。野菜は、庭先の小さな菜園で採れたナス、胡瓜、トマト、ピーマン等で賄っています。主夫力維持のため、早朝約6kmのウォーキングで、足・腰の劣化防止に努めています。今年4月、サウナで失神、背中上半身の大火傷、命拾いしました。現在は全治。高齢者のサウナは危険!と医師から警告。

小泉 佐江子さん (管理 昭和33年退職)
 米寿のお祝い品大変美しく思わず両手で包み込んで抱かせていただきました。お陰様で眼鏡なしの生活、転んだりつまずいた事もなく腰痛もなく姿勢もピンとした日を過しておりましたらこの日を迎えました。ただ力だけは落ちたと感じます。日々の体調は私自身にしか感じられない事なのでこれだけは充分に気配りをしております。このままあと何年過せるのでしょうか?

早川 哲夫さん  (放送 平成3年退職)
 お祝いの萩焼湯吞拝受、ありがとうございました。いい記念になります。ワイフが14年前に他界、今は長女夫妻が同居しています。おかげ様で大きな病気もせず趣味と修業を兼ねた習字三昧のおだやかな日々を過ごしています。同窓会や趣味の会など同年輩の集まりが年々減って寂しくなりますので誘いのかかった町内のお祭りや同窓会生き残りの飲み会にはできるだけ参加するよう心がけています。昨年ヒコジイになりました。

(喜寿会員からの返信)

外山 昇さん   (技術 平成10年退職)
 〔前書〕昼に宅急便のチャイムが鳴り、22階建てのビルの一室に住む私には、警戒心が走りました。送り主を見ると、旧友会とあり、今日が私の誕生日と気付きました。中を開けると喜寿祝とありました。旧友会の皆様の心遣いに感謝します。今朝は台風の直撃を受け、便利さが自慢の我が家もJR・京急も全部止まり、誕生日のことなどすっかり忘れていました。〔近況〕元気です。月2回技研先輩主宰の碁会に行くのと、クルーズ船で各地を見ることくらいが仕事で、「ボーっとしています。」

宮本 克彦さん  (放送 平成14年退職)
 記念品ありがとうございました。飲み喰いとテレビ鑑賞を楽しみにゆっくり過しております。

山内 正樹さん  (放送 平成12年退職)
 週一ゴルフ。朝は駒沢公園でラジオ体操、時雨亭文庫などの古書写本、水彩スケッチ、目刺しにシャブリの晩メシ・・・等々、おう!青春横溢だで ヤマ

堀田 邦洋さん  (放送 平成14年退職)
 体調の変化もなく喜寿を迎え安堵しています。令和に入り三代を生きる人生となり、報道に携って来たものとして感慨深いものがあります。まだNCで映像集配信業務の手伝いを週3日程しており現役のつもりで国内外の動きを注視しています。2020年2度目の東京オリンピック楽しみです。

斎藤 勝弘さん  (技術 平成11年退職)
 誕生日に喜寿の記念品が贈られ、驚きと同時に感激しました。有難うございました。いつの間にか喜寿という年を迎えてしまったのが実感。狭心症の手術、そして胃がんの手術をして7年余り、我ながらよく生きたと思う。技術や医学の進歩のお陰でもある。今住んでいる団地に来て10年程になる。自治会の役員を引き受けて5年、高度経済成長期に建設された我が団地も50年の節目を迎え、今「50年の歩み」の編さんに取り組んでいる。2年掛かりで来年9月に発行する予定である。地域活動を通じ、私の終活(終り仕度ではなく生きる活力)として頑張っていこうと思っている。

大上 剛司さん  (放送 平成11年退職)
 喜寿祝の豪華なボールペンをありがとうございました。認知症予防にと始めたマジックは、今年で7年目に入り、月2回の仲間との交流で技を磨いております。おかげ様で今のところ認知症にはならず(注:あくまで自己申告)、元気に過しております。誕生日当日にプレゼントが届くようにご配慮いただき感謝致しております。

中山 秋光さん  (放送 平成11年退職)
 一昨年、昨年、今年とこの3年に6回入退院をくり返しました。手術も3回しました。病院生活はいやという程体験しました。担当医師の中に父親が局のOBという方もおられました。私の人生計画では、この年代温泉旅行でもして楽しむ予定でしたが、予定は大きく狂ってしまいました。所詮、世の中うまくいかないものの戦いです。(お祝品有難うございました。)

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(9月3日

(米寿会員からの返信)

梶川 美嗣さん  (放送 昭和62年退職)
    米寿のお祝をいただきありがとうございました。初任地の尾道放送局をはじめ勤務した下関、岡山、水戸、神戸の各放送局、東京の報道局社会部、外国放送受信部、整理部など、そして放送総局のニューメディア担当などの勤務をなつかしく思い出しています。

 

(喜寿会員からの返信)

安達 弘之さん  (技術 平成11年退職)
    私の誕生日にNHK旧友会会長名で漆塗りのボールペンが届きました。ステキなボールペンでうれしく、感謝申し上げます。77才になりましたが、未だ未熟、もうしばらく頑張ります。現在、熱海で医療連携の保養所のしごとで多忙。週1回東京通勤中。要介護状態ですが元気に暮らしております。

 

関根 昭義さん  (放送 平成11年退職)
    喜寿の祝いが各方面、特に現役当時親しく付き合ったNHKの知り合いや企業などの役員から寄せられ家内共々驚いている。喜寿の年齢まで生き長らえるのはそれ程価値のあることなのだろうか。個人的には単なる通過点としか考えていないが…。喜寿になったことを契機に仕事やボランティア活動を全て整理し、気の向くままの生活に切り替えようと思っている。旅、読書、ウォーキング…。望むは『倒れて後已む』だ。

 

大川 孝さん   (技術 平成10年退職)
    喜寿祝いありがとうございました。長く旧友会事務局をつとめ、賀寿のお祝いを送る側の立場におりました。それなりの苦労はありましたが、いただく立場での思いは初めてでした。メールなどでの誕生日祝いが多い昨今、誕生日の朝に届くお祝いには心がこもり嬉しいものです。会員であって良かったと思うひとときでもあります。次の米寿祝いまで余暇を楽しみつつ元気に過ごしたいと思います。皆様も息災にお過ごしください。(喜寿の直前に旧友会事務局を引退いたしました。ありがとうございました。)

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(6月21日)

(喜寿会員からの返信)

松本 正之さん  (技術 平成14年退職)

 5月喜寿を迎えました。特に持病もなく投薬なし、入歯なし、白内障もなしという状況です。地区の卓球部に入って毎日球を打って楽しんでいます。NHK時代尺八部と吟詠会に所属していましたが今も続けています。尺八は弟子を育成したり、演奏会に出演しています。6月の第4日曜日には、毎年茅場町の証券ホールで演奏会があります。入場無料です。ご来場ください。

 

海老原 正寿さん (放送 平成11年退職)

 ゴルフ一辺倒の人生に変化が起きた。2年前に始めた陶芸にハマッている。土の感触が心地良いのは老人の子供返りか?陶芸の魅力は、多少いびつになったり、ゆがんだりしても火焔や釉薬が想像もつかない作品を生み出してくれた時の感激かな…。陶器の展示会などにもよく出かけるようになり、粗大ゴミの外出が家族の喜びになっているようだ。記念品ありがとうございました。

 

倉重 光宏さん  (技術 平成11年退職)

 ゴルフ天国(安、近、短)と言われる故郷の山口県に移住して10年目。家内と田舎暮らしを謳歌しています。ゴルフはエイジシュートを目指しています。

 

永由 義人さん  (放送 平成5年退職)

 5月中旬、小さな包みが届いた。NHK東京旧友会からの「喜寿御祝」の輪島塗のボールペンだった。子供がいないのでこうした祝とは縁がなかったが貰ってみると嬉しかった。生れて間もなく膿胸を患い医者に見放された私の体だったが、母の機転で売薬で一命を取り留めた。77才の今も元気にゴルフを楽しみ僅かだが仕事もしている。長生きに感謝!

 

外山 弘行さん  (技術 平成11年退職)

 手書きで文字を書く機会がすっかり減ってしまった昨今ですが、毎日の習慣としては、朝一番の血圧・体重測定のデータ記入くらいでしょうか。早速、お祝の品、愛用させていただきます。仕事から解放され3年余りが経過し、自由な時間が増えたのに身体各パーツの機能低下が著しく、ゴルフ、ドライブ旅行など野外活動から遠ざかっており、小さな行動範囲のなかでの気の向くままの生活です。

 

大江 謙次郎さん (管理 平成11年退職)

 令和になって最初の断捨離は運転免許の返納。「踏み間違え」で人生を台無しにすることもない。AIの世話になってまで車を走らせたいとも思いません。いま一つ迷っているのは船舶免許の更新。2021年の誕生日まで有効の国際ライセンス。いつの日かフランスにいる孫たちを乗せて運河の旅をする。この長年の夢だけはまだ捨て切れない。そこそこ健康で喜寿を迎えて日々感謝の気持で平和に過ごしています。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました(5月14日)

(米寿会員からの返信)
塩田 敏男さん  (放送 昭和62年退職)
 小学校の授業で習い覚えたハーモニカを定年後復活して30年、世界大会にも出場して、今では目黒区の一芸ボランティアに登録して区内の特養老人ホームや幼稚園を演奏して廻っています。とにかく歩くこと、人前に出て演奏することをモットーに萩の湯吞でおいしいお茶をのみながら第2の人生を元気に楽しんでいます。

戸祭 善三郎さん (管理 昭和61年退職)
 最近は、よく廻りの人に「長寿の秘訣は?」などと聞かれるようになりました。そんな時きまって云う返事は、「薬を飲まないこと」と云っています。此の度は、米寿のお祝いに結構なお品をいただき、有難うございました。これからの毎日を「萩の七化け」を楽しみながら余生を共にし大切に使っていきたいと思っています。末筆ながらNHKの更なる発展を心より祈念いたします。

池澤 和夫さん  (放送 昭和63年退職)
 定年後に覚えた「手話」で聞こえない人たちと交流しています。聞こえない人たちに音声情報を伝えるのは、聞こえる人間の義務です。もう少し頑張らねばと思っています。

金子  弘さん  (放送 昭和61年退職)
 米寿当日の思いがけないプレゼント、お心づかい深く感謝いたします。年とともに故障増加、杖をついて3つの病院です。乱視もひどいです。昭和のオリンピック30代の記者としてアベベ、ヘイシンクなどと接しました。令和のオリンピック、いただいた茶わんを手にしてテレビで観戦できればと思っています。お礼がおそくなりました。お許しを。

清水 久雄さん  (技術 昭和62年退職)
 この度は素晴らしい「萩焼」を米寿の記念にお贈りくださいましてありがとうございました。誕生日当日の配達指定の配慮にも感謝し、末長く愛用させて頂きたいと思っております。私こと永年おもに番組制作技術に携わってまいりました。お陰様で概ね無事に過しております。NHK制作のドキュメンタリーを始めWdocを楽しんでいるこの頃です。旧友会の発展をお祈りいたします。ありがとうございました。

(喜寿会員からの返信)
本山 幸平さん  (技術 平成14年退職)
 7年程前に前立腺(癌)の全摘手術を受けました。幸い今のところ転移もなく、妻と二人で余生を楽しんでいます。週数回のウォーキングと月1回の料理教室、そしてNHKラジオ英会話講座+週1回の英会話スクール、これはアメリカ人女性と結婚した長男の子供(即ち孫)と英語で話すためですが、年のせいか覚える単語より忘れる単語の方が多く苦戦中。でも夢を追い求めて諦めず挑戦中。呆け防止にもなっていると信じて!

西澤 台次さん  (技術 平成11年退職)
 お祝いのボールペンありがとうございます。大切に使わせていただきます。 <近況>1.元気で過しております。 2.家庭菜園で野菜作り 3.月1~2回のゴルフ 4.同好の人達と毎月史跡をめぐる歩く会 5.ラズベリーパイ(超小型PC)を用いたオーディオ

池上 誠喜さん  (技術 平成10年退職)
 10年前、不覚にも罹った脳梗塞は、リハビリもあって後遺症も残らず、他に大病もなく過しています。12年前から始めたパソコンでの点訳ボランティアも継続中です。喜寿を機に老人福祉センターの寿大学に通い、体操教室で体を整え、キーボード(ピアノ)で若い頃触れてみたかった楽器に今更どこまでやれるか挑戦もしつつ、サークルで交流の和も広げていきたいと思っています。思いがけず結構な記念品を頂戴し驚いています。生涯大切に使わせていただきます。ありがとうございました。

岡﨑 兵順さん  (営業 平成11年退職)
 思いがけず立派なお祝品を頂戴しありがとうございました。腰痛を抱えてはいますが元気です。趣味の邦楽(都山流尺八)は40余年、地元三曲協会の雑用係として、定期演奏会の準備・開催、子ども邦楽教室の開講など忙しい毎日を送っています。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(4月5日)

(米寿会員からの返信)
田中 良幸さん  (放送 昭和63年退職)
 この度は素晴らしい米寿祝いの萩焼きの湯飲みをお送りいただき、まことにありがとうございました。大切に使用させていただきます。主として国際局と海外業務部で仕事をさせていただきました。卒業後は、二三の学校で英語の教員として働いていましたが、十四年が経過した頃、体調を崩し、ドクター・ストップがかかり、引退を決断しました。在任中、多くの良き出会いがあり、沢山の方々にお世話になりました。NHK、旧友会のご発展を心よりお祈り申し上げます。

秋村 寛之さん  (管理 昭和62年退職)
 立派な萩焼きの湯呑み、有難く拝受いたしました。(小生、萩が本籍にて嬉しい極みです)当地に移住して27年。「空気が良く」「ゴルフが手軽く出来る」「東京へは新幹線で1時間余で行ける」この3点が生活の基本になって居ります。ゴルフは月に1・2回、地元コンペに参加。ブービー争いを演じて居ります。東京へは年に10回位、NHK時代の方々と懇談の集いを楽しんで居ります。車の運転は近隣のみに限定。夜間と高速道路は自ら禁じて居ります。以上乱筆乱文失礼いたしました。

菊池 和子さん  (放送 昭和35年退職)
 頂戴し有難う存じました。NHK退職後(夫転勤の為)広島、鳥取、名古屋の民放の番組や、外タレのステージの司会などをつとめました。それもNHKで、イタリアオペラ、宝塚、新派などの中継、幕間対談など生番組で鍛えて頂いたお陰と感謝致して居ります。88才の現在、大手進学塾講師。小・中・高生に英・数・国・算を指導。昔の話をすると、皆目を輝かして聞き入ります。当時、普通の女性ではとても体験できない知識や経験を与えてくださったのはNHK。その面白い体験を生徒達や孫達に伝えたいと、思い出すままに書き連ねつつあります。…が、書き終るまで生命がありますか、どうか?!

遠山 英也さん  (放送 平成3年退職)
 福岡局転勤中に、有田・小鹿田・唐津など九州の窯元をめぐり、陶磁器の魅力にはまりました。今回米寿祝に萩焼の高級な湯呑みを頂き、大変喜んでおります。音楽・写真・オーディオ・ビデオと趣味三昧に過しており、ラジオは「深夜便」、テレビは「紀行もの」を楽しんでおります。来年の「東京五輪」は大丈夫でしょうが、5年暮らした大阪の「万博」は行けるかどうか?足腰を鍛えて行きたいものです。

(喜寿会員からの返信)
関口 勝紀さん  (技術 平成10年退職)
 今年も誕生日2月21日に恒例のドック入り。年々増える要精密検査も今のところすべて経過観察止まりなのでもう少し好きなゴルフや花作りなどを続けられそうです。始めた動機が定かでない洋ランはいつの間にか百数十鉢。専用の温室がないので、ゴールデンウィーク前に屋外へ11~12月初めまでに室内への繰り返し。夏の直射日光対策や冬越しなどにも結構手間も体力も必要ですので歳相応の数に減らそうと思っています。が、誕生月前後に一年間の丹精の結果として咲く花々の魅力に負けなかなか捨て切れずにいます。

山本 博治さん  (技術 平成11年退職)
 思いがけない祝い品誠に有難うご座居ました。退職後20年、特に趣味もなく、毎日の散歩、庭木・植木鉢の手入れ、体験ファームでの野菜作りと、とにかく身体を動かすよう心掛けています。又2回目の高齢者運転講習を受けました。更新した免許は、行動範囲を少しでも広げるよう、安全運転に徹し、役立てていきたいと考えています。旧友会の皆々様のご健勝をお祈りいたします。

古谷  繁さん  (放送 平成11年退職)
 OBになってからも生活習慣で続いているものは、5分前に準備というもの。現役の頃は、TVニュースで放送を出していたので5分前にはスタジオでスタンバイというくせが私事でも残っている。しかし、家族は必ずしもそうではないので、よく旅行に行く時など、早く早く、まだまだともめることが多いですね。

松雪 寿一さん  (管理 平成11年退職)
 お蔭様で喜寿を迎えることが出来ました。後期高齢者の仲間入りをしてから、あちらこちらが壊れてきましたが、修理しながら体育館で年寄りの冷水を流し、もう少しがんばります。記念品を頂戴し、ありがとうございました。お礼が遅くなり、申し訳ありません。

藤村 義方さん  (放送 平成11年退職)
 拝啓、東京旧友会の皆様から喜寿を祝って頂き、心から感謝致します。‟今日も元気で食事が美味い、酒も美味い、人生これに勝る幸せなし!”と健康第一をモットーに、女房共々次は米寿を目指しています。東京旧友会の皆様のご健勝を心から祈念しています。敬具。

村田 廉平さん  (管理 平成11年退職)
 喜寿の祝いありがとうございました。先程親戚の子供から、私の好きな「チコちゃんにしかられる」にちなみ、ラインスタンプをプレゼントされたばかりに立派なボールペンを賜わり、ボケ防止にせいぜい野球を始め、さまざまな事象をメモしたいと考えています。腰痛の回復と防止に日々整体院通いですが、ケガにからんだスポーツの話を若い人とするのも楽しいです。

坂本 秀男さん  (放送 平成11年退職)
 重厚なボールペンありがとうございました。ここ数年、寝た切りになってしまった義母の介護・見舞いに週2回足を運ぶのが日課になっていましたが、この1月に101才の生涯を閉じました。肩の荷が降りたと思う一方、喪失感もあり、明日は我が身などと思ってしまうこの頃です。とは云え、頂戴したペンで“もの書き”に努めたいと思っています。

光常 正武さん  (放送 平成11年退職)
 2年前完全リタイアしました。太く短く過ごそうと、この間充電期間に当て、さて腰をあげようとした矢先胸の痛みに耐えかねて、病院に駆け込んだところ、食道・心臓の精密検査を申し渡されました。会報が出るころには結果が出ていると思いますが、どちらにしても今後は細く長く身体をいたわり、病気と付き合っていきます。

久保田 芳彦さん (放送 平成12年退職)
 退職後は長い間Gメディアにお世話になりました。最初の仕事は、今はなき「週間こどもニュース」、その後は「NEWS WEB EASY」の制作でした。それも2019年3月に卒業して、今はさてどうするかと思案中です。首から下の健康状態は「良」であります。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 3月5日 )

(米寿会員からの返信)
飯島 保雄さん  (営業 昭和63年退職)
 拝啓 先日は米寿のお祝いを頂き誠に有難うございました。退職して三十年余りになりますが、なんとか元気で暮しております。今は絵手紙教室に行ってハガキ絵を描いています。又、趣味の将棋を生かして、区内の小学生の夏休み将棋教室や地区センターで子供達の将棋会をボランティアで月に数回教えています。子供達は上達が早いので楽しみです。皆様方も健康に留意されお元気で。お礼まで。敬具

日野 三郎さん  (放送 昭和61年退職)
 スキューバ・ダイビングを時々沖縄の海で楽しんでいます。

(喜寿会員からの返信)
緒方 安孝さん  (技術 平成10年退職)
 この度は喜寿のお祝いをいただき、ありがとうございます。素敵な品、大切に使わせていただきます。私は年に4回程、墓参を兼ねた九州への里帰りをしています。古家の雑用もあり、3週間以上滞在するのが常です。東京ではNHK時代の同僚の皆さんとの交流があり、田舎では幼き頃の友人達との会合やグループ旅行などを楽しんでいます。昔にタイムスリップしたような幼友達との付き合いは、若返りホルモン?が出て、寿命が延びる感じです。少し贅沢な都会と田舎のW生活です。

名和 富彦さん  (放送 平成10年退職)
 結構な祝い品ありがとうございました。局を卒業してから20年、お蔭様で「平成」のラストステージに喜寿を迎えることができました。「ボーっと生きてんじゃねぇよ!」と言われないように、健康第一に身体を動かしています。協会OB仲間との月2~3回のゴルフ、週末はソフトボール、平日はジムでストレッチ・ヨガ・青竹踏みで鍛えています。それ以外には、毎年ぐらいに、オートバイ(原チャリ110CC)で単身ツーリングを楽しんでいます。江戸5街道(東海道・中仙道・甲州街道・日光街道・奥州街道)を皮切りに、北海道(2/3周)・四国一周・能登半島・佐渡ヶ島・伊豆半島・房総半島など踏破?しました。旧街道をのーんびり走って、各地で現役時代の先輩や友人と再会したりして。楽しい想い出のアーカイブスが構築できました。ラストランで大阪万博を・・・夢見ています。

上條  洋さん  (営業 平成10年退職)
 乱筆も書く気にさせてくれるペンの喜寿祝。ありがとうございました。今年の年賀状は、‟ジム中心生活・PPK(ピンピンコロリ)をめざす”と宣言しました。新年早々、①市の定期検診結果での心臓再検 ②指先のしびれ感を訴求した脳のMRIを無事にクリアです。昨晩、76才最後の日、ジムでの<体組織測定>は脂肪分0.3kg減以外全て標準とのこと。テニスとエアロ・筋トレ・ヨガetc.ジム生活続けられそうです。

曽我部 宣明さん (技術 平成10年退職)
 喜寿のお祝いに新調して貰った布団で気持ち良く朝寝坊していた時に旧友会からプレゼントが届きました。胸が熱くなりました。リタイアして15年、今は在職中出来なかった趣味の陶芸、油絵教室に通い、健康維持にヨガ、フランス語教室にも行って脳トレに努めています。趣味を通して知りあった友人達は皆NHKを信頼してくれています。NHKで仕事が出来たことに感謝しています。

富樫 隆輔さん  (放送 平成10年退職)
 曰く「働き方改革」、曰く「官製春闘」、小生の記憶に無い“夢のような話”ばかりです。半世紀の長きに亘る局生活では、本当に素晴らしい人達とめぐり逢い仕合わせでした。お世話になった皆様にはいま、改めて心から感謝申し上げます。

吉原 恒夫さん  (営業 平成10年退職)
 誕生日当日に喜寿祝が届きました!旧友会役員の皆様方のご苦労に感謝申し上げます。卒業して約21年になりました。一昨年3月末には一切の勤めも終了しました。今は市内の大学が毎年主催するカレッジリンクコース(果樹・庭木の剪定や野菜づくり)で学生さんと一緒に学んでいます。学習技術を生かして近隣ご家庭の庭木剪定や自宅農園での野菜づくりで日々を過しております。街中花いっぱいを目ざしてます。

謝名元 慶福さん (放送 平成8年退職)
 すてきな記念品ありがとうございます。いま、沖縄の現状を映像で全国の人々へ伝える仕事をしています。

藤原 満正さん  (技術 平成10年退職)
 今まで2回の大病した私は、家族に助けられながらこのたび「喜寿」を迎えることができました。さいわい日常生活に支障をきたすことなく生活できることに感謝しています。只、物忘れがひどく家内に注意されることが多く、自分ではいろいろ努力はしているのですが…。その1つ、毎日日記を書くこと。これも外出回数の少なくなった現在、書くネタ少なし。又、カープファンの私は、これから始まる野球にワクワク!この時期の日記は「今日は勝った」+他に1~2行だけ。これ日記とは言えませんネ。これからはきれいなボールペンで3~5行になるようがんばりたい!

保坂 正喜さん  (技術 平成14年退職)
 喜寿のお祝い品ありがたく頂きました。字が下手な私にとってはもったいない様な立派なペンでした。現在は体調はそれほど悪くありませんが年令相応に劣化して来ました。

春になるとまたわずかの稲作が始まります。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(2月5日)

(米寿会員からの返信)
深田 恒夫さん  (放送 昭和62年退職)
 米寿の誕生日、ちょうどその日に萩焼の湯吞をお送り頂きました。新春の花びら餅でお茶を楽しみました。有難うございます。今、地域のたすけ合いの組織をたちあげて居ます。住民のアンケートを集計中です。援助を求めている人に対して、手を貸したいという人が5倍以上居ます。心強いことです。

原谷 一美さん  (管理 昭和62年退職)
 馬耳東風、馬齢を重ねる、馬の耳に念仏…とにかく馬についての“ことわざ”であまりいいものがないようで、実は小生馬どしです。競馬はやらないのですが英国の王室と馬の関係はよく絵画で拝見します。実に姿がいいのです。そして絵を描いている人は中川一政98才、大山大観90才…実は私それにあやかったのです。

杉  理一さん  (放送 昭和62年退職)
 米寿祝の品ありがとうございます。愛用させて貰います。昨年8月は和歌山市民オペラ協会の要請で、オペラ「末摘花」の制作・演出を担当、公演は大盛況、大成功。今年の8月は金沢オーケストラ・アンサンブルからの要請で、石川県立音楽堂で、オペラ「耳なし芳一」の制作協力、演出。同じ8月、静岡グランシップ「音楽の広場」大音楽会のオペラアリア字幕監修(2013年以来毎年)。それ以外に、東京文化会館会議室でのオペラ・ヴィデオ鑑賞会講座、横浜青葉区オペラを楽しむ会・ヴィデオ講座の講師を務めます。いずれもNHK時代に学んだことが役に立っています。NHKに在籍出来、幸せでした。

倉田 喜弘さん  (放送 昭和63年退職)
 米寿のお祝いを有難うございました。末長く重宝に使わせていただきます。あつくお礼を申し上げます。さて、新年早々のこと。1980年に出版した岩波新書『明治大正の民衆娯楽』を、来る2月に再刊すると書店から連絡あり、40年を経ての出版だけに驚いています。同書では明治維新直前のパリ万博から書き始めましので、改めてそれ以前のロンドン万博など、世界に雄飛した日本人の足跡を調べてみようと考えております。

関口  進さん  (放送 平成2年退職)
 ニュース・情報は毎日新聞もテレビも複数読んだり見たりしています。これはボケ防止のつもり。又、雑文のネタを考え出すのに役立っています。最近は国内旅行を心掛け、スケジュールはゆったりなもの。高齢になってから関心の強くなった伝統工芸や古代史に結びつく所を主に訪ねて楽しんでいます。

鈴木 和夫さん  (技術 昭和61年退職)
 「米寿に届きし祝いの湯呑み 萩焼の匂いで茶を味わう」有難うございました。末長く愛用します。慢性閉塞性肺疾患と診断されて15年、過激な運動は出来ませんが、囲碁、麻雀、短歌の会などで元気に過ごしております。皆さんのご健勝をお祈り致します。

(喜寿会員からの返信)
葉山 正克さん  (放送 平成10年退職)
 ご厚志を賜わり、感謝致します。さっそく贈呈していただいた品で記しております。新元号の年での喜寿、老翼を奮い、再飛翔したいものです。愛犬ゴールデンレトリバーとのウォーキングに研きをかけ、せめてもの健康寿命の保持に勤しむ日々です。激動を予感させる時代、旧友会の皆様のご健勝と安寧を心からお祈りします。

佐藤 勝昭さん  (技術 昭和59年退職)
 喜寿祝のすばらしいボールペン感激です。私は昨年から旧友会所属団体である美術愛好家の団体「放画会」の代表を仰せつかっており、春と秋の2回の展覧会の企画運営にあたっています。絵を描いておられる会員・ご家族の出品をお待ちしております。

小熊 宣子さん  (放送 平成14年退職)
 記念品ありがとうございました。退職して十数年が過ぎて現在マンション自治会で植栽担当2年、数回の花の植え替、水やりなど担当しマンションの子供達にお花のおばあちゃんと言われてます。チコちゃんに「ボーっとしてんじゃねえよ」と言われないように…。

長谷川 洋さん  (営業 平成14年退職)
 素敵なお祝いの品を有難うございました。「ボーっと生きてるうちに喜寿となり」最近はあまり外出することもなく、テレビでのスポーツ観戦(競馬中継含む)や週末のスポーツ紙、月2冊(約700頁)の月刊誌を楽しみに過していますが、今流行の○○○ルーペをかけても目が疲れて仕方がありません。視界までもがボーっとしているのが少々辛いところです。

長尾 征人さん  (技術 平成14年退職)
 喜寿の祝いお礼申し上げます。2002年(H14)1月31日に定年となり17年。一年の過ぎ去りの早きことを感じております。去年の夏の暖さ、大雨、洪水、地震と異常気象の年、今年はどうなる事かと案ずるのみです。自然に抗する分けにもいかず、せめて日々の健康には気をつけつつ、散歩と考えているものの、今は真冬、屋根からの落雪を視、また降り募るのと、風の音を聞き、雪掻をしながらの春の足音を、首長くしつつ思う今日この頃です。

重松  仁さん  (放送 平成10年退職)
 喜寿の祝いの品、ありがとうございました。私は地元で3つのクラブ活動で余生を楽しく過しております。ひとつは、今年で13年になる「社会福祉の勉強会」、2つは「NPO法人鶴ヶ島動画クラブ」、そして「OAKスポーツクラブ」です。おかげで地元貢献活動で多くの友人と一緒に楽しく元気で過しております。3月にはイスラエルにイエス巡礼の道を訪ねて来ます。ありがとうございました。

平塚  清さん  (技術 平成14年退職)
 お蔭様で元気です。人生まだまだこれからだ。

渋谷 彰彦さん  (放送 平成11年退職)
 これまで然したる大病もせずに生きてきました。毎朝のウォーキングとサラリーマンの真似事が健康を保ってきた秘訣だと思っています。今の処‟傘寿”までは何とか持ち堪えられそうです。明日、何が起るか不透明な世の中ですが…。

馬崎  孝さん  (放送 平成10年退職)
 お祝いありがとうございます。元気です。混声合唱、フルオーケストラとの共演年2回は変らず楽しみです。一昨年暮、孫娘2人をつれて、バチカンのクリスマスミサを聞きにいきました。システィーナ礼拝堂もゆっくり2時間あまり、クリスマス礼拝も…。子供には出来るだけ若いうちに世界を見せてあげたいと思っていますが、どう感じるものやら。ところが、この紅白で徳島からの中継で、あのシスティーナ礼拝堂のレプリカを。本物を見たんだよね…との孫に、うんうんと…。平成も今年で終わりと、津軽弘前城の復旧は2年後、サグラダファミリアの完成は8年後、がんばらなくては。この春、津軽の桜を見に1500kmのドライブを計画中です。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(1月10日)

(米寿会員からの返信)
杉山 邦博さん  (放送 昭和62年退職)
    思いがけず素晴らしい米寿祝いの萩焼きの湯飲みを頂き恐縮しています。大切にします。健康に感謝し、ライフワークの大相撲報道、取材を続けています。栃錦、若乃花時代。大鵬、柏戸時代。輪島、北の湖時代。千代の富士。若・貴。白鵬、稀勢の里まで、67年の出会い。感謝感謝です。

(喜寿会員からの返信)
妹尾  武さん  (技術 平成9年退職)
    思いがけず喜寿祝いの品を頂き喜んでおります。現在は平均年令71歳の男性合唱団で「月光とピエロ」「沙羅」などを歌っています。定年後に移住した新潟ではデジサポなどに勤務でき、再び放送職場を体験出来ました。治らないと言われた足の関節が奇跡的に専門医に出会って手術出来ました。これらは新潟に来て、マーラーの交響曲2番「復活」の演奏会に合唱で参加した直後に起きたのでした。

寺岡 明昭さん  (技術 平成10年退職)
    喜寿の記念品をお送りいただき有難うございます。お蔭様で今のところ健康にて過ごせておりますこと感謝しております。朝夕は寒くなりましたが、朝食前に散歩しています。読売ランドが近く界隈は木々の緑が深く、拓殖大学マラソン部の早朝練習と行き会ったりします。ボケ防止に3年前から最寄りの老人クラブで囲碁を始めました。やっと初段クラスでしょうか。健康のためストレスを貯めないように心掛けています。今後ともよろしくお願いします。

犬塚  博さん  (技術 平成10年退職)
    双方の目・耳のバランスが悪くなって来ているが、元気・元気をもっとうに!!歩け歩けで朝・夕二万歩を目標に歩いています。好きなゴルフも打ったボールの着地点がわからず面白味が半減。年に2回のみと10数回から激減しています。朝・夕の散歩では、常に小型カメラで風景・花等の撮影を!デジカメ一眼レフ2台、デジカメ小型カメラ3台を壊し今は小型カメラ1台のみが生きています。

谷  哲夫さん  (技術 平成10年退職)
    お祝いありがとうございました。年相応に生活しております。今後ともよろしくお願いします。

渋井 栄蔵さん  (技術 平成10年退職)
    仲間と山登り、ハイキングやゴルフなどを楽しんでいます。外に出る機会を増やし、人との交わりが大切と感じています。お祝いの品ありがとうございます。

後藤 伸行さん  (技術 平成13年退職)
    毎朝、読売新聞を読み、世相と風刺と皮肉を込めた欄「USO放送」に投稿しています。77歳の誕生日に『やっと喜寿、妻の小言に尻押され』恐妻家(越谷・ごっちゃん)。現在日本語教師をしています。退職後すぐに新宿の養成所に通いました。老若男女の色々な仕事をしてきた人達と大変楽しく勉強しました。今年は「外国人材」の年。満足に日本語のできない妻、子供も日本に来ます。日本語教師どうなりますか…。

佐藤 武久さん  (技術 平成10年退職)
    東京旧友会様、12月20日喜寿祝いのお品が届きました。有難とうございます。輪島塗り漆器の鮮やかな色彩ボールペンは素晴らしい贈り物を頂き感謝しています。もう一つ嬉しかった事は我家の三姉妹が主催してくれた喜寿祝いです。9月、早めの祝いと言って「料亭」で長女らが製作したポスター「喜寿おめでとう」を背に私達、娘夫婦、孫達の総勢13名が集い賑やかな談笑とお祝膳で最高の幸せをかみしめた一日でした。人生長寿の節目、還暦と古希を過ぎ喜寿祝は特別な思い出となりました。

髙橋 政義さん  (管理 平成10年退職)
    ありがとうございました。実は今年の年賀状に「喜寿到達 次は米寿を目指します」と書きました。その時に届いた貴会からのお祝いをいただき、大変有難く思っています。いまもそのペンで書いています。書き心地の善さに感心しています。年賀状どおり88才を目指して頑張ります。

八田 勝則さん  (管理 平成10年退職)
    お祝をいただきありがとうございます。子供のころ幾度となく見た満天の星をもう一度見たくて、昨年の双子座流星群の時期に清里高原へ。満天の星と流れ星を暫く眺めて大満足。星に願いをかけることなくのんびりと過しております。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(12月8日)

(米寿会員からの返信)
湊 徳夫さん   (管理 昭和62年退職)
   米寿のお祝いをお贈り頂きありがとうございました。もうそんな歳だったのかと過ぐる年月の早さを実感いたしました。体のあちこちに傷みが出ていますが、精一杯頑張ろうと思っています。旧友会の一層の発展を祈念いたします。

石  経昭さん  (放送 昭和61年退職)
 本日はお祝い品を頂きありがとうございました。よろこんで使用させて頂きます。まずはお礼まで。

三枝 孝榮さん  (放送 昭和38年退職)
 米寿のお祝いお送りいただき有難うございます。(このところ病院に入院しておりますので今のままで何も出来ないのでよろしくお願いいたします。)

(喜寿会員からの返信)
小林 希一さん  (技術 平成10年退職)
 喜寿を迎え。結構な記念品を会より頂戴しました。NHKを退職して20年。人並みに入院生活も経験しつつ楽しく過ごして来ました。最近は、一手先に悩む囲碁、苦吟する俳句などそれまでとは別の苦しみを楽しみつつ、大学の地域同窓会の雑用、各種イベントへの参加など歳の割には忙しくしています。酒量は変りません。下り階段に特に注意しつつ米寿を迎えたいと願っています。

藤巻  隆さん  (技術 平成13年退職)
 喜寿のお祝い品ありがとうございました。大病もなく77歳を迎えることができました。体力・気力を維持するため、10年以上毎月つづけている鎌倉散歩、若い人達にまじってのヨガ・ストレッチ・ボディバランスやジョギングなどをしています。これからも元気に暮していきたいと思っています。

角田 敏雄さん  (技術 平成10年退職)
 喜寿を迎えた現在も、市体育館で週2~3日種々の運動マシーンの使用と体操も含め約2時間位汗をかいて健康維持に務めています。又、趣味でクラシック・ギターを弾いて過してます。

浅田 章靖さん  (放送 平成11年退職)
 四国八十番の讃岐の國分寺の人生訓に「長いつもりで短いのが人生 短いつもりで長いのも人生」というのがあります。また、この世では「楽をしようと思って楽な人生を送った人は居ない」とも言われています。喜寿となりましたが、学ぶことは終わりがありません。お祝い品ありがとうございました。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況が寄せられました。(11月12日)

(米寿会員からの返信)
新幡  勇さん  (管理 昭和60年退職)
 この度は、萩焼の湯呑を戴き有難うございました。三年半前に妻と死別し、今は、タワーマンションで一人暮らしをしています。毎月の地域老人会にも積極的に出席し、時々のバス小旅行にも参加しています。また、毎月1回、渋谷の牛舎で、俳句結社「青山会」を主宰する山崎ひさを先生のご指導による俳句の会にも参加し、残り少ない人生を前向きに楽しんでいます。そこで一句 ‟秋彼岸萩焼届く米寿の日”

工藤 良市さん  (技術 昭和60年退職)
 このたびは、米寿の祝品を恵贈いただき有難うございました。大切に使わせていただきます。私自身は、なんとか元気に過しております。旧友会の発展をお祈りしております。

神田 好雄さん  (技術 昭和62年退職)
 御祝を頂きました。何時までも気にかけて頂き感謝。今後とも旧友会の発展をお祈りします。感謝をこめて。

(喜寿会員からの返信)
中野 成興さん  (技術 平成10年退職)
 喜寿。喜ばしい年齢になりました。嬉しい事です。大病も持っておりますがおかげさまで何とか定期検診だけで4年たち、医者からは頑張っているねと褒められており元気にしております。昨年の7月に2年間をかけた東海道53次を無事完歩いたし、その後一年間様子を見ておりましたが、今年9月から中山道69次に挑戦することにしました。東海道より過酷のようでいつまでどこまでいけるかは毎回様子を見ながらの参加ですが、何とか完歩したいと願っております。完歩は2年半後で丁度80歳の時ですが、その時には車の免許の返納も考えております。しかしそのあと米寿まではと願っております。そのおりにはこのように元気なご報告が出来たら幸いです。皆様是非頑張りましょう。

水島  喬さん  (技術 平成10年退職)
 複数の持病を抱えながら何とか喜寿を迎える事が出来、周囲の多くの皆様方に感謝しております。今後の余生は、昼間は出来る限り屋外で過ごそうと、運動(卓球、マレットゴルフ、ウォーキング)とコミュニケーション(カラオケ、健康麻雀)を生活リズムとし、そして、腹八分目を目標に健康長寿での楽しい年金暮らしを願っております。喜寿祝い品ありがとうございます。

有吉 一幸さん  (技術 平成10年退職)
 本日は喜寿祝として素敵なペンを頂戴いたしました。ありがとうございます。あちらこちら体はガタが来ていますが、釣り、ハイキング、料理と元気に過ごしております。

杉村 晃一さん  (放送 平成13年退職)
 思いもかけず喜寿の祝の品を頂戴し、感激しております。私は、現在、週1回著作権情報センターに出勤、あとは自宅で月刊誌「コピライト」の国内ニュース欄の原稿を書く仕事をしています。おかげさまで社会とのつながりを保つことができています。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況が寄せられました。(10月5日)

(米寿会員からの返信)
仁尾 浩一さん  (技術 昭和62年退職)
 美しい記念の焼き物、有難うございました。末永く愛用させていただきます。数年前に発症した頚椎靭帯異常のため歩行障害が残り、外出時には杖が不可欠な状態です。運動不足を補うためスポーツジムに週2回通う生活を送っております。御会の御発展を祈ります。

若尾 幸男さん  (技術 昭和61年退職)
 祝品の送付ありがとうございます。老化を自覚しますが、幸い健康は保っております。日常の情報源としてはテレビ囲碁講座、料理番組など参加できる番組を楽しんでおります。

(喜寿会員からの返信)
松本 義進さん  (技術 平成10年退職)
 この度は喜寿の御祝い品をありがとうございました。関連団体を卒業後、江の島・鎌倉を中心にボランティアの観光案内活動をしています。すでに5年となりますが「鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におわす夏木立かな」など内容が間違えていても親しまれる与謝野晶子の名歌など、ボケ防止の歴史・文化の吸収のみならず、歩行が足腰の健康維持に大変よいのと、今後共体調の許す限り続けたいと考えております。皆さんもお元気でお過し下さい。

加藤 良久さん  (管理 平成9年退職)
 定年後、趣味で油絵を描いていましたが、10年くらい前に、ある美術団体の会員になり、毎年上野の東京都美術館に出展しています。ヨーロッパの古城が好きで、今年の6月に「ライン川の古城」という題の油絵を東京都美術館に出展しました。80号と大きい作品でしたので仕上げるのに半年以上かかりました。75才を過ぎてから持病も多くなり、来年上野に出す予定の作品は、もう少し小さい作品にしようと思っている昨今です。

山本 修平さん  (放送 平成11年退職)
 拝啓 このたび、喜寿祝いの御品を拝受いたし、誠に恐縮に存じあげます。昭和16年(1941)9月15日、外地(台北市)で生を受け、77年が経ったわけです!77歳と云えば父が亡くなった年齢でした。しかし、その実人生の充実については遠く及ばない様な気がしております。現在、これまでの番組制作の経験を多少生かした生活をしながら、来たるべき日を遠望しております。敬具

福田 輝文さん  (技術 平成10年退職)
 喜寿のお祝いの品受けとりました。孫の世話で、いつお呼びがかかるかも知れないので、健康維持に努めているせいか、大病もせず、小病のみとなっています。

塚越 三雄さん  (管理 平成元年退職)
 祝い品有難うございます。現在地域ボランティア活動に動員され医者通いなく元気です。2度目のオリンピックも見られそうです。

関口 卓司さん  (技術 平成10年退職)
 喜寿のお祝い有難うございます。健康で77歳を迎えることができ深く感謝しています。今は近くの駅までの散歩とそのあとの喫茶店のコーヒーを楽しみ、月2回のOBとの碁会や年数回の将棋大会に参加しています。いつも先輩から元気をもらい米寿、白寿まで頑張るつもりです。今日は有難うございます。

片山 安夫さん  (管理 平成10年退職)
 喜寿祝、とまどいを覚えつつ受領いたしました。退職後の活動
①社会的課題である中小企業の事業承継問題でお役に立てたらとFPを取得するも実践は億劫になりやらずじまい。
②知人のドイツ赴任、現地での活躍に触発され独語検定をクリア。東京2020でドイツチームのボランティアとして活動することが目標。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況が寄せられました。(9月5日)

(米寿会員からの返信)
髙尾  隆さん  (技術 昭和61年退職)
 萩焼の茶碗頂戴しました。ありがとうございました。もう、この年になったかと、感無量です。茶碗をみても、いまだに被写体として見てしまいますが、今からは、この茶碗でゆっくりお茶を飲んでいきたいと思います。

下山 健治さん  (放送 昭和62年退職)
 ご丁重なるメッセージとプレゼントありがとうございました。このところ、体はコアラのごとく、時間はロケットの如く加速して行く感じです。予期せぬ変調に“未知との遭遇” の日々です。認知力の低下を緩和すべく英字新聞の講読、市内各大学で行う格安の市主催の市民大学講座に時折応募。今焦点のJAXAや女子大学の教室にも臆することなく入り受講しています。毎日曜の教会での異業種交流も、又、専業主夫も引き受け、毎日スーパーでの買い物に出かけ、此の頃では、野菜の値上がりもニュースより早く察知できるようになりました。お陰で、井戸端会議にも色気抜きで加わり、隣近所のドアの中の様子や噂話も耳に入るようになり、女将さん連中の情報量の豊かさに驚いている日々です。

仲重  哲さん  (営業 昭和63年退職)
 米寿祝い茶碗有難く受領致しました。過去88年の人生を顧みると、誠に夢の如くです。変転極まりない世の中、日本をとりまく世界情勢、動向が深く憂慮されます。正に此の時に茶器の一服が平安を願う一服となると思います。祝い品心から感謝申し上げます。

川野 楠己さん  (放送 平成2年退職)
 ありがとうございました、お贈り頂いた萩焼の湯呑。自己主張することなく、食卓のほかの器と調和しています。食後のひとときを豊かな香りの緑茶を味わいつつ米寿という年を考えています。医学的には、血液像からは異常なし、五臓六腑はみな健康とのこと。しかし変形性膝関節症のため階段が登れず、杖を頼りにかろうじて歩いています。60年前、右肺の半分と囲む肋骨を切除。いわば片肺飛行の人生でした。しかしラジオデレクターとして作品を残し、その体験から幾つかの障害者のヒューマンドキュメンタリーを本にしました。それを原作とした劇場映画の制作がパラリンピックに上映する予定で進行中です。社会にまだ役立つものがあるようです。88歳。よくぞ生きてきたものだと感無量です。

君野 禮司さん  (管理 昭和61年退職)
 ありがとうございました。現在、有料老人ホームにて生活しております。3年前に妻に先立たれ寂しさはありますが、まだまだ頑張ります。(現在自立でカイゴは無し)“米寿来て白寿の声も聞こえくる“

(喜寿会員からの返信)
川端 武明さん  (放送 平成13年退職)
 昨年は心臓付近の血管のバイパス手術をしてもらいましたが、順調に回復しました。最近は毎朝近くの公園で近所の人たちと一緒にNHKの朝のラジオ体操をしている他、午前中は同じ公園でテニスやグラウンドゴルフをして体力の維持に努めています。また午後はボケ防止にと囲碁、マージャン、カラオケなどの頭の体操をしております。

西尾 憲司さん  (管理 平成13年退職)
 素敵なプレゼントをありがとうございました。喜寿を祝ってくれるのは家族ぐらいと思っていただけに、嬉しさもひとしおです。パソコンで文章を作成することに慣れ、ペンを持つ機会がめっきり減っていただけに、また机に向うのが楽しみになりました。どうもありがとうございました。

敦賀 喜悦郎さん (技術 平成10年退職)
 この度は有りがとうございました。この春に原因不明の首の上がらない病にかかり要介護の資格ですが、日夜リハビリに専念しています。今は市の山百合の会の外野席で活動中です。

清  嘉忠さん  (技術 平成10年退職)
 この度は私の誕生日に合わせて喜寿のお祝いとして素敵なボールペンをお送り頂き有り難うございます。余生、大事に使わせて頂きます。7月に大腸ガンで上行結腸を切除する手術を受けました。現在は転移の兆候も無い様で術後も順調に回復し日常生活に戻りました。趣味の写真も、もう少し楽しめそうです。

山田 顕喜さん  (技術 平成10年退職)
 喜寿祝いの記念品を有難うございました。現在、町の卓球部会長をやっています。年配の方々が多く親睦を兼ねて毎日曜日に20数名が元気に集います。若い人たちによる卓球日本の復活で卓球の人気が出てきたようですが、我々年寄りのピンポンも反射神経の保持にはよさそうです。

向井 輝彦さん  (放送 平成10年退職)
 「喜寿」という言葉が示すような感激はない。いずれ100歳といわれるほど、平均寿命が伸びているなかで、寿命を延ばすというよりも平穏な日々を送りたいと思っている。そのために1日1万歩は、無理なので、5000歩をこころがけている。近くに片道1000歩、750歩、500歩のところにコンビニがあり、1日、2~3か所往復して、5000歩を達成している。

後藤  實さん  (営業 平成13年退職)
 お祝いをありがとうございました。配達日指定というのもうれしい心くばりですネ。ただデザインは別に、今どきボールペンというのはいかがなものでしょうか。何品か選ばせてはいかが。足・腰が弱りゴルフはあきらめ、ゴルフセット、シューズ等は処分しました。

平原 福雄さん  (技術 平成13年退職)
(記載はありませんでした。=事務局)

高野  登さん  (管理 平成13年退職)
 喜寿のお祝いをお届け下さいまして有難うございました。大切に使用させていただきます。

佐藤  毅さん  (技術 平成10年退職)
 NHK及びNHK関連会社を卒業してから10年余、卒業する前から月刊誌「致知」との出会いがあり、人間学を学ぶ月刊誌を現在も地域の仲間と受読中であり、学びの継続を生涯続ける事を実行中です。中野区では生涯学習大学を今でも継続させており、そこでの人との出会いがあり、そこでの学びが地域の方々との交流の出会いとなっています。継続をすると云う事で云えば、朝のラジオ体操への参加を今で継続させており、頭を使う事と体を動かす事を継続させている、と云う事を何才までやれるのか?現時点では判っておりません。

飯倉 基之さん  (技術 平成13年退職)
 喜寿にあたり素晴らしいボールペン誠にありがとうございます。退職後、健康のため週2回の水中歩行と毎日1時間程度の散歩を行っています。おかげで大病もせず暮らしています。

仲田 興司さん  (技術 平成10年退職)
 喜寿のお祝の品を頂き、ありがとう御座居ます。末永く大切に使わせて頂きます。毎朝5時からのウォーキング、市民農園での野菜づくり、パソコン等々のくり返しの毎日ですが、元気で楽しい生活を心かけています。

斎藤 陽一さん  (放送 平成10年退職)
 思いがけない喜寿祝、嬉しく拝受しました。扇面散らしに流水文という琳派好みの美しい金蒔絵、よく見れば三つの扇面には、梅、桜、夏の富士、秋草と、四季の移ろいが…。大事に使わせてもらいます。この礼状を、いただいた輪島塗りボールペンでの書き初めとしました。有難うございました。

片倉 嘉明さん  (技術 平成10年退職)
 豪華扇面蒔絵萬年筆を頂き感激です。家内のお陰でもあり文筆活動が多いので差上げた。昨年より「江戸城天守を再建する会(NPO法人)」の会員として活動しています。明暦の大火で天守も焼きつくされ、台座の石積みも崩壊後、仮補修された。寛永度天守復元調査が完了し、皇居東御苑での再建には各種法対応、耐震、バリアフリー、諸設備などの考策を要する。来年11月には、この御苑で「大嘗祭」が行われる。明治150年にあたり、江戸と東京を見直し、2020年東京オリンピック後には、再興整備着工を目指し都市景観の中に、日本の歴史と伝統、文化の象徴モニュメントとして、平和と国際的な共生と交流の観光立国の日本再生事業となる様な会の主旨に賛同し、皆様に著名参加などをお願いしています。NHKおよび旧友会の発展と、皆様のご健勝を祈願いたします。

富岡 賢二さん  (管理 平成10年退職)
 祝品有難うございました。誕生日に受領しましたが、ビックリいたしました。腰痛等経年劣化はありますが、朝晩の散歩やヘボゴルフで足腰の衰えを最小限に止めるべく努力しております。今年の想定外の暑さは外出を思い止まる毎日になっております。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況が寄せられました。(8月7日)

(米寿会員からの返信)
清水 直人さん  (放送 昭和61年退職)
    誕生日に合わせて結構なものをお贈り下さりありがとうございました。手頃な品で嬉しく思います。今は、地域社会への奉仕と考えて毎朝夏の間は午前5時から約2時間、近くの仲良し広場(300坪)の草刈りをしています。一度に刈る面積は少ないのですが、少しずつ刈ることで健康保持にもよいと考えています。刈ったことの感謝の声が、たまらなく嬉しくなります。 

 (喜寿会員からの返信)
為ヶ谷秀一さん  (技術 平成10年退職)
    1964年の東京オリンピックから半世紀を越え、再び東京オリンピック・パラリンピックの開催を2年後に控えた今年、喜寿のお祝を頂き、多くの方々に支えられて今があることに改めて深く感謝いたしております。この間、BS放送、ハイビジョン、デジタルメディアなど、放送技術の進化と共に多くの経験をさせて頂き、その後の大学教育の場を基盤とした人材育成や社会活動に、これまでのNHKでの蓄積を活かすことが出来ました。多謝。

 谷田 龍輔さん  (放送 平成10年退職)
    喜寿のお祝いをありがとうございました。昨年8月心不全を患いカテーテル手術を行い、ステントを2個所入れました。現在は大相撲中継などスポーツの生字幕放送のお手伝いと地域ではマンションの(470世帯)管理組合理事長として築約40年の大規模修繕工事に取り組んでおります。

小島  努さん  (技術 平成10年退職)
    皆様お元気で御活躍のことと拝察いたします。小生は地元で自治会役員をしながら諸行事に参加しています。7/28〈土〉はお祭りで7時から動員されています。夜は盆踊りの拡声を担当する予定です〈現役のときは音声でした〉。

 田村 安正さん  (営業 平成10年退職)
     素敵なボールペンの喜寿祝いに感激、大切に使わせていただきます。ありがとうございました。妻を亡くして独居老人7年半になりますが、旧友とのゴルフ・旅行・散策会という名の飲み会、地域の囲碁の会、コンサート、映画、美術館巡り等を楽しんでいます。これも健康なればこそ、栄養・休養のバランスをよくとって、できるだけ長く元気にしていたいと願っています。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況が寄せられました。(7月5日)

 (米寿会員からの返信)
高瀬 善平さん  (放送 昭和61年退職)
    気持のやさしい米寿祝を頂きありがとう御座いました。元気で頑張ってます。(生きることに頑張ってます)

 (喜寿会員からの返信)
島村 俊治さん  (放送 平成12年退職)
   スポーツ実況アナ(アナウンサー)56年目を迎えました。Jスポーツなどで野球(プロ、MLB)、バスケットボール等の実況。その他、講演、司会、指導など。国士舘大学大学院スポーツ・システム研究科客員教授、NPO法人ポラーノ理事等々を適度にやっています。NHKの民放化にがっかりしています。というより激怒しています。報道も番制もスタジオにぞろぞろ出演者や若いアナを並べ、お笑いタレントに司会をやらせる。受ければいいというものではないでしょう。タイトルと言葉-「いま、そら」「金セレ」「午後ラジ」「らじるらじる」「チョイスポ」「シブ五時」「なんとか?ビズ」、アナウンサーが「マジ夢中に旅して」「半端ない」ハンパナイは辞典にものっているくらいですから「ハンパナイ言葉のゆれ」の時代ですが…。伝統の「NHKらしさ」を捨て、「若者迎合」のNHK。総局長、報道局長、アナウンス室長等に「リーダー論」聞きたい心境です。「マジ、メッチャ、ハンパないジャン NHK」

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況が寄せられました。(2018年6月12日)

 (喜寿会員からの返信)
柏木  茂さん  (技術 平成9年退職)
 この度は素敵なボールペンをお贈り下さりありがとうございました。非常に書き易く、またデザインも気に入りました。現在、ジム通い週3日、カラオケ月3日、散歩週3日、旅行年数回など楽しく過ごしています。皆々様のご健康をお祈り申し上げます。

 内藤  功さん  (技術 平成10年退職)
 高級な記念品を頂き有難うございました。病院へ行く度に薬の種類が多くなります。健康でいることのよさを痛感します。生活習慣病にならないための運動、食事、休養を守りながら楽しい生活を心がけてまいります。

 河合 宏明さん  (営業 平成10年退職)
 お祝いをいただきありがとうございます。家内が車イス生活のため、日常は主夫業が半分、残りは私よりさらに高齢の方の成年後見活動とマンション管理組合の管理・運営サポートをしています。身体機能のおとろえはいたしかたありませんが気持ちは元気です。

 神田 文友さん  (放送 平成9年退職)
 小生の喜寿の誕生日当日、思いがけずNHK旧友会から素敵なプレゼントが送られてきました。それは表面に扇を基調にした蒔絵を彫りこんだ豪華なボールペンでした。旧友会事務局の皆さまの粋な計らいと心遣いに感謝します。毎週末のテニスで健康維持に努めていますが、次の目標は米寿です。頂いたペンで毎日日記を記すのが楽しみになりました。どうもありがとうございました。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況が寄せられました。(2018年5月10日)

 (米寿会員からの返信)
米倉  晁さん  (技術 昭和61年退職)
米寿の祝いの品御送付いただき誠に有難うございました。日頃から旧友会役員の方々には御世話になっておりますが今後とも御元気で御活躍下さい。なお御返事が大変遅れて申し訳ありませんでした。

 柏尾  稔さん  (管理 昭和61年退職)
 米寿のお祝いの品ありがとうございます。ながく愛用させていただきます。昨年は旧友会創立50周年の記念すべき年、会報の記念特集号はじめ数々の企画、スタッフのみなさま本当にご苦労さまでした。おかげでいまもゆっくりと思い出の数々を楽しませていただいてます。当方昨年からなぜか足の痛みが強くなりこの3月からはデーケアサービスに通って機能訓練をやっています。杖と歩行器を頼りに下肢筋力と立位バランスの向上に努めています。

 (喜寿会員からの返信)
渡辺 公子さん  (管理 平成13年退職)
 喜寿祝の美しい輪島塗の万年筆をどうもありがとうございました。いただいた万年筆で書いています。春になり、ニュースを見る度にいつも思うことがある。「桜の開花宣言」だ。五、六輪咲くと開花宣言となるそうだが、実に平和で幸な光景である。多くの無辜の民の尊い犠牲を払って手に入れたこの平和な日本での私の近況は、古希の時から始めた町内会の「歩こう会」(2月と8月を除き原則年10回のペース)で横浜・鎌倉近隣を訪ねる「小さな旅」を7年間続けて喜寿に至っている、ということである。そのおかげで、この歳にして支障なく普通に日々を過していることの幸を痛感している。

 斉藤  茂さん  (技術 平成9年退職)
 喜寿にあたり大変結構なお品を頂戴しありがとうございました。卒業して早21年が経ちました。若い時から無理強いして来た我が身体もここへきて悲鳴を上げ始めました。心臓、血管、耳、眼等、あちこちでガタガタギシギシで医者通いの毎日です。それでも長年に亘りやってきたDIY、探鳥、写真は懲りずに続けています。マスコミのあり方が問われている今、NHKの益々の飛躍を願って止みません。

 斉藤 謙二さん  (技術 平成13年退職)
 本日は素晴らしいボールペンをお送りいただき、誠にありがとうございます。先に古希祝いに頂いた懐中時計共々、大切に使わせて頂きます。卒業以来早十七年、庭木の手入れや、自家用の野菜作りで老体を鍛え、米寿、白寿、を目指して老体を鍛え、米寿、白寿、を目指して頑張っております。 

海老原 英彰さん (放送 平成10年退職)
ふるさとの筑波の山肌は美しい新緑に輝いています。この度は喜寿の祝いの御品を頂きまして誠に有難うございました。私の場合は、昭和16年、あの太平洋戦争に突入した年に生まれましたので、日本の苦難と高度成長を身にまとったような人生です。そんな中で番組作りに日夜励んだNHK時代。連想ゲーム、ビッグショー、紅白、クイズ面白ゼミナール、バラエティ生活笑百科などが視聴者の皆様に少しでも何かお伝えすることができたとすれば幸甚です。現在「ブラタモリ」ほか多くの名番組が絶えることなく放送されていることに心から敬意を表します。Persistence is power.

 鍛治  保さん  (技術 平成9年退職)
  喜寿祝いのとても綺麗なペンをありがとうございました。77歳の誕生日を記念して、通っているジムで身体組成を測定してもらった結果、体年齢がなんと66歳でした。ウフフ…(いただいたペンで書いています)

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況が寄せられました。(2018年4月10日)

(米寿会員からの返信)
富田 浩一さん  (放送 平成元年退職)
 高価な萩焼きのお祝い有難うございました。愛用しています。ラジオの時代からTVの時代、ニュース取材にかけ巡り、退職して15年になりますが、今でも現役時代の取材の夢を見て妻と談笑することがしばしばです。住いは近くの山に猿や鹿の群れが現れる片田舎ですが、眼前に迫る富士の光景と行き会う団地の住民とコミュニケーションを深めながら1キロ余りの散歩を楽しむ毎日です。

安田 春彦さん  (技術 昭和60年退職)
 米寿祝の萩焼茶碗が丁度誕生日に届きました。有難く日々活用させて戴きます。退職から早くも30年になりますが、体調は下降気味で病院もお得意様扱いとなっています。健康寿命の定義ですと①要介護認定を受けていない事 ②他人に依存しないで自立した生活が出来ている事等ですが、目下境界辺にあり血行障害両足で歩行難、最近泌尿系にも問題発生し緊急手術中です。残り人生を最大限有意義に過すべく趣味の囲碁・麻雀・パソコンで他に近所の方々と週一カラオケに励んでます。

田村 精二さん  〈技術 昭和61年退職〉
 「米寿の祝い」萩焼の湯飲みをお届け戴き有難う御座います。中国本部勤務時代を思い返しました。配信して戴いている「メールマガジン」の「お祝い」や「おくやみ」欄は欠かさずに目を通し、方々の現役時代の顔や人柄を思い返しております。家内と二人、健康で静かに年齢に見合った生活を送っています。引退後、郷里の奥越(福井県大野市)に転居し、江戸時代末期の奥越小藩の要職を務めた代々が残した史料を整理し、市の教育委員会に預け再び東京に戻りました。データ化して持帰った史料を読み返したり、狭い庭の土いじりに励んでいます。昨年の夏までは家内が運転する車で旅行も楽しんでいましたが、最近では行動範囲が極端に狭くなっています。

(喜寿会員からの返信)
栗原  真さん  (放送 平成10年退職)
 庭の芝生をつぶして五坪ほどの畑にしました。これが、この二年間で葉、私の最大の表現の場です。三月はナバナのつみ取りの時です。そして夏秋野菜の作付の時です。作付計画をあれこれとふくらませている今日このごろです。



賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況が寄せられました。(2018年3月13日)

(米寿会員からの返信)
森山 日出男さん (技術 昭和61年退職)
 旧友会同期10名、20年らいの山の会が亡くなった方、病に臥している方で、半分以下になってしまいました。寂しいかぎりです。でも3人が月1回、渋谷のすし屋で旧交を温めています。皆、足腰は年相応ですが、気持ちだけは元気、論壇風発、頑張っています。

(喜寿会員からの返信)
大沢 昭雄さん  (放送 平成13年退職)
 お祝いをありがとうございました。定年後は地域への奉仕をと心がけてきました。自治会役員から自治会長も勤めてきました。それから老人会の要請もあって、役員から老人会長までさせていただき昨年後輩にバトンタッチしました。ここで30年来趣味でやってきた吟詠で他流派との交流が深まり、茨城、神奈川へと遠征に出かけております。

増田  宏さん  (放送 平成10年退職)
 突然スマートホンに替えました。カナダ・バンフ市に在住の幼稚園と小学校に通う3人の孫娘とスカイプでチャットするためです。パソコンだと場所的にかぎられますが、スマホは日本のどこからでも繋ぐことができます。煩わしさが出ない程度に楽しんでいます。

亀井 英二さん  (営業 平成9年退職)
 この度は私の喜寿祝いに立派なボールペンをご恵送頂き本当にありがとうございました。近況をということですが、退職後すぐに妻が心臓病を患っていることがわかり、通院していましたが、ちょうど10年前急性心不全を発症し、正に九死に一生を得ました。以後介護Ⅱの判定を受け車椅子生活となり家事一切私の仕事となりました。特に妻はカロリー・水分・塩分制限があり、外食はかなわず、一日三度の食事はすべて私の手作りで悪戦苦闘しているところです。気がついたらもう夕刻、一日の時間の経過の早さに今さらながら驚いている毎日です。今日一日に感謝。

川辺 登紀夫さん (放送 平成3年退職)
 喜寿記念の品ありがとうございます。めでたくもあり、めでたくもなしの心境です。楽しみは、高級?焼酎と落語とラジオ深夜便です。数年前の春、国立演芸場へ、とりは林家正蔵師で「薮入り」仲々の熱演でした。帰りにはじめて半蔵門から九段下への「桜花の道」を散歩しました。桜のピンクと皇居の待つの緑、菜の花の黄色が見事でした。東京のかとれあ桜の名所と思いきや…家内はすでに知っておりました。

福西  達さん  (技術 平成10年退職)
 お祝い下さってありがとうございます。お陰様で、たまに風邪をひく程度で何とか元気に過ごしております。日頃、NHKのTV番組を観る機会が多くなりましたが、「ファミリーヒストリー」や「あなたのお名前」などに刺激を受けて目下わが家の家系図作りに励みつつ会津の郷土史研究を行っております。そんな中でわが家の歴史の発端がおよそ400年前に遡ることを知り、今更ながら驚きと感動を覚えています。

田辺 隆文さん  (技術 平成5年退職)
 この度は素敵な品物いただきまして有難う御座いました。大事に使わせていただきます。私の健康面は今のところ異状なく、たまに腰痛がでるくらいです。今は地元の仲間たちと酒を酌み交わしカラオケ旅行などで楽しんでいます。

稲見 和夫さん  (技術 平成10年退職)
 ピョンチャンオリンピックの嬉しい金メダルの放送を聞きながら喜寿を迎えることができました。今年は一月早々ホールインワンを達成し、二重の喜びです。これからも週一の健康体操、ゴルフ、地域ボランティアとマイペースでゆっくりやっていきたいと思っております。今日は記念品を頂きありがとうございました。

小山  勇さん  (技術 平成13年退職)
 健康第一をモットーに週に数回テニスで体を動かしております。喜寿の祝品をお贈り下さりありがとうございました。非常に書き易いボールペンです。

三上  博さん  (営業 平成12年退職)
 素晴しいプレゼント感謝致します。心臓疾患で療養中ですが、経過は良好です。趣味の写真が今は生きがいの様で、体調が良いとカメラを肩に季節毎の風景を撮り楽しんでいます。昨年夏の作品が全国レベルのフォトコンで優秀賞に選ばれ、4月に東京での表彰式に参加するのが楽しみです。日常生活に十分注意し出来るだけ他人の世話にならずに長生き出来る様一生懸命頑張って行きたいと思います。本当に有難うございました!!

白水 敏夫さん  (管理 平成9年退職)
 喜寿のお祝いありがとうございました。NHKを退職して20年が経ちましたが、夫婦ともどもなんとか健康に過しています。私は、2年前から近くの公園(高低差5~6m、広さ7~8百坪)に行き、柔軟体操と落葉清掃を1時間行いそれから朝食をとるという生活習慣を始めております。

原  滋 さん  (技術 平成13年退職)
  喜寿のお祝い、素晴らしいボールペン有難うございました。大切に使いたいと思います。5年前ハーモニカのサークルを結成致しました。今では、北杜市内に在る4か所のデイサービスセンターでミニ・コンサートを開き、入所者の皆様に童謡から懐メロまで演奏に合せて大きな声で元気よく歌って喜んでいただいております。演奏する私達も又、楽しい時間を過しております。これからも地域社会に少しでも役立つようボランティア活動に取り組んでいきたいと思っております。

髙野 昭雄さん  (営業 平成13年退職)
 75才まで現役でNHKで仕事をさせていただいていたのであっという間に77才を迎えました。現在妻の介護をしながら時々OB仲間との交流の場でエンジョイしています。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況が寄せられました。 (2018年2月8日) 

(米寿会員からの返信)
栗原  博さん  (営業 昭和61年退職)
 何だ坂・こんな坂八十の坂…と元気に頑張って居ります。お陰様でどこも悪い処もなく今はしないの老人センター?に通って遊ばせて頂いて居ります。NHKの外務でキタエタ体を大切に使い町会などでも大事に使っております。外務ひとすじに頑張って来ましたので身体も元気で頑張ってまだまだ役に立っております…???? 

鈴木 清興さん  (技術 昭和60年退職)
 前略、失礼致します。この度は思いがけず米寿の祝いを頂戴し、大変嬉しく厚く御礼申し上げます。さて私の近況ですが、75歳で心筋梗塞を発症し、何事もしない日々を過していましたが、昨年10月終わりから腰部脊柱管狭窄症となり、脚・腰の激痛のため何事も出来ず、旧友会総会にも出席出来ず、ひたすら痛みに耐える毎日でした。しかし現在は今年に入って小康状態で一息ついています。以上つまらない話ですが現況報告とする次第です。 

本行 司郎さん  (技術 昭和61年退職)
 記念の白萩釉の作品有難うございました。焼物の小生のとり、又とない記念となりました。60の手習いならぬ70の手習いで作陶をはじめ、又近くに出来た障害者施設で陶芸作業があるのを知り、週1日のボランティア活動に参加、土いじりに集中してきました。自作の酒器で晩酌を”の目標は極めて遠いものでした。 

(喜寿会員からの返信)
藤木 敏朗さん  (技術 平成9年退職)
 喜寿祝ありがとうございます。今年で結婚50年になり、5月にニュージーランド旅行を計画しています。入局以来、放送テクノロジーはデジタル化、さらに4K・8K時代へ進化しつつあり、情報手段もPCからスマートホーンへ急速に転換しています。身の回りは、あらゆる分野で急速に変化していますが、相撲で言えば、心・技・体を大切にしていくつもりです。幸いにも健康にめぐまれていますので、仲間・同僚・社会とのつながりを大切にし、さらに楽器をひとつ、少し上手になるのが念願で、練習に励んでいます。ウォーキング、ジム通いも続けています。 

吉川 精一さん  (放送 平成10年退職)
 喜寿祝いの豪華なボールペンご送付感謝です。時々司会、講演、歌手のシーンで歩いています。昨年は新曲<津軽半島>と<涙色のタンゴ>リリース、合計持ち歌14曲です。<津軽半島>キャンペーンでは2泊3日8ステージの<青森行>を実行しました。もうしばらく、コツコツと生きてみたいなと念じています。ありがとうございました。 

北原 浩一さん  (技術 平成9年退職)
 喜寿のお祝いの贈り物を誕生日に頂き大変うれしく、誠にありがとうございます。退職してから早や20年、それなりに元気で過して来られたことを振り返りながら、また次の賀寿に向けて心身の健康など気持ちを新たにしたところです。いただいた輪島塗りのボールペンは大切に使っていきます。ありがとうございました。 

古後 博康さん  (管理 平成10年退職)
 この度は、お心遣いをいただき誠にありがとうございました。小生、特段の病もなく年相応に元気でいます。専らテレビを友とし、世の出来事に一喜一憂の日々です。「受信料」の最高裁判決に安堵しつつ、公共放送として放送サービスの一層の充実を願っています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況が寄せられました。(2018年1月11日) 

(米寿会員からの返信)
土肥  宏さん  (技術 昭和61年退職)
 米寿お祝いの品、ありがとうございます。今は週に1回デイサービスに通い体操をし、月に1回ドイツ歌の会で歌っています。慢性的に腰痛はありますが、毎日の散歩を続けております。会員の皆様がこれからも健やかに過ごされますようお祈りしています。 

豊永 隆哉さん  (技術 昭和60年退職)
 米寿のお祝い有がとうございました。早速使わせて頂いております。体調の方は、腰痛のため杖を手放せず、また目と耳がおかしくなり、読み書きは天眼鏡を使用し、電話には出ないなど不自由な生活をしています。少しでも改善しようと通院とリハビリに努めています。 

加藤 智子さん  (放送 昭和36年退職)
 お祝いのお品をいただきありがとうございます。ストップウォッチを持ってスタジオをかけ廻っていた何十年前夢の様です。テレビジョンに変る頃引越しなどで(今のセンターに)大変でした。現在、区の施設の生涯学習でピアノサークルドルチェと会名をしてしわしわの手でショパンをレッスンしています。88の鍵盤に託すことは何よりの健康につながります。NHKのご活躍をくれぐれもおねがいして時代にそった放送をおねがいします。ありがとうございました。 

(喜寿会員からの返信)
吉田 紀美二さん (技術 平成12年退職)
 お祝の品を有りがとうございます。誕生日の前日に馴染のOBさん達と恒例の忘年ゴルフを楽しんで来ました。生憎と寒い中途中で雨が降り出し全員が高齢者ですので大事を取って早々に引揚げました。それでも現在もゴルフに興じる身体で有ることにうれしくも有り感謝の念を感じるこの頃です。 

高橋 秀幸さん  (技術 平成9年退職)
 この度は喜寿のお祝いを頂きまして誠にありがとうございます。私は金沢放送局に2年間勤務致し皆様から多大なご厚情を頂きました。懐しい思い出と共に記念の品を大切に使わせて頂きます。 

西城 秀雄さん  (技術 平成7年退職)
 生涯現役などと考えている訳ではないけど、今年1年、セミナーや研修での講演回数は、1時間ものから3日コースまで、合わせて33回でした。この調子ならまだ続けられそうです。現在、地方自治体の個人情報保護審議会委員や情報セキュリティ監査外部監査員を一緒に務めている大先輩は昭和3年1月生まれです。とても私が年だなんて言える環境ではありません。大先輩の背中を追いながら精進を重ねるしかありません。 

柏木 紀一さん  (技術 平成12年退職)
 朝のテレビ体操、昼の家庭菜園の草むしり、夕の団地一周のウォーキングが日課です。定年退職後始めた歴史街道歩き旅も続けています。奥州街道、東海道、山陽道で東京から青森、竜飛崎、山口の下関まで、本州を縦断、北国街道で新潟上越まで本州を横断もできました。直近の浜街道(絹の道)完歩で歩いた街道は24になりました。街道歩きでは途中の名所・旧跡を訪ねたり、地元の人との出会いも魅力です。シニア世代の退屈しのぎと健康のために歴史街道歩きを続けたいと思っています。 

向後 英紀さん  (放送 平成12年退職)
 古希から喜寿まではあっという間、喜寿にたどりつく迄、いくつか「マサカ」の坂がありましたが、何とか乗り切り、お祝にいただいたペンで、こうして近況報告が出来る有難味をかみしめています。お心遣に深謝いたします。スタッフの皆様、どうぞ佳いお年をお迎え下さい。 

加藤 滋紀さん  (放送 平成9年退職)
 読書・映画・音楽会・ゴルフ…と、楽しく日々を送っています。なかでも、高画質・高音質のハイビジョン・テレビは高齢者の暮しを豊かにしてくれます。 

田中 栄二さん  (管理 平成10年退職)
 喜ばしいゾロ目になってしまいました。15才のパピヨンと1日3回散歩をし、毎朝9時からスポーツジムでマシン・ストレッチ・プール最後に入浴と2時間かけ、夜はラジオジャーナル~ラジオ深夜便を聞いている今日今頃です。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2017年12月12日 )  

(米寿会員からの返信)
守谷 清人さん  (放送 昭和61年退職)
 88才を迎えたその日、心のこもった贈り物をいただき、誠にありがとうございます。大切に使わせていただきます。また旧友会報100号に拙文を載せていただき感謝に堪えません。役員の皆様の一層のご活躍を祈っております。本当にありがとうございました。 

(喜寿会員からの返信)
鈴木 健元さん  (管理 平成9年退職)
 NHK関連団体を卒業して早や12年「よくぞここまで…」というのが実感です。「家内」が数年前から入退院を繰り返していて思うように生活リズムを確保できませんが、毎朝ラジオ体操の世話人・散歩・たまの友人知人との「飲み会」などで、私自身「気持ちは青春」を心掛け、まづまづ元気に毎日を送っています。ありがとうございました。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2017年11月7日 ) 
  

(米寿会員からの返信)
各務  孝さん  (放送 昭和61年退職)
 徒らに馬齢を重ねている中に米寿を迎え東京旧友会から結構な記念品を頂戴することになり感謝です。お知らせするほどの近況も持ち合わせませんが日増しに睡眠時間が長くなり永眠の時が近づいた予感がしております。先立たれたNHKの先輩、同僚、後輩にお会いできる日も近いと考えると満更悪い気も致しません。 

鈴木 一清さん  (放送 昭和61年退職)
 立派な萩焼の贈りものありがとうございました。88年の長い人生でした。戦争の経験もした最後の世代でしょうか。私も15~16才で予科練の一年間がありました。昭和24年「NHKの音響効の募集」に応募。それから定年までNHKでの人生でした。思い出は尽きませんが、先日先輩、後輩の仲間が米寿の会を開いて頂き感激し思い出を深く感じました。さてこれからどうする・・・。 

志賀 晴児さん  (放送 昭和57年退職)
 お心のこもったお祝のおことばと萩焼の茶碗を有難うございました。初任地、山口県防府市から萩焼窯元へ取材でお伺いした若き日を懐かしく思い出しました。防府~松江~長野~松本~東京~金沢~横浜~東京~ローマ~NHKテクニカルサービス…と、多くの方々に大変お世話になり感謝しております。 

土江  猛さん  (営業 昭和60年退職)
 お祝を感謝しています。体力、気力の低下に歯止めをと…①「脳内散歩」-空想の世界に浸りながら気ままな夢の旅路を満喫しています。②「ウォーキング」-大地を跡って、人・鳥・花との出会いを楽しみながら… ③公民館での「将棋クラブ」「太極拳クラブ」で会員と会話を楽しみながら…の昨今です。 

(喜寿会員からの返信)
山村 裕義さん  (放送 平成11年退職)
 息災ですが、緊張感をどう保つか腐心する日々です。 

伊東 健二さん  (技術 平成9年退職)
 大過なく喜寿を迎えることができました。完全リタイヤして7年になり、毎日日曜日のような生活を送っています。近頃、五感の機能低下は別として身体に違和感を覚えることがあり、医者との付き合いが多くなりました。日常生活では、家事の手伝い・ストレッチ体操・夕方のウォーキングと健康寿命の伸長に努めています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2017年10月11日 )  

(米寿会員からの返信)
飯田 雅三さん  (管理 昭和61年退職)
 拝復、この度は小生の米寿祝いとして素晴らしい記念品をご恵贈賜り、老妻共々感激しております。誕生日には息子・娘夫婦孫達で祝いの会食をし、先日は世田谷区から祝い金が送られました。健康で幸せな老後が送れるのもNHKのお陰です。今でも在職中の仲間10人くらいで毎月昼食会で楽しく駄弁っております。NHKならびに旧友会のますますのご発展を祈っております。 

庄子 茂さん   (放送 昭和61年退職)
 忘れかけていたバースデーに突然の贈り物!感謝カンシャ! 身体的にはまだ自立生活は可能だが寄る年波を考え、サ高住の資料を2・3取り寄せ所有生活から共有生活への変化に自身対処が出来るか?パンフレットと睨めっこしている今日この頃であります。 

狩野 敏也さん  (放送 昭和62年退職)
 米寿を過ぎても、毎月2回の句会、1回の連句会と現代詩の会、それにワイン、日本酒、ビールの会に各3~4ケ所に入っているので、ほとんど毎日出かける。昼過ぎに風呂に入り、夕方タイなど付けてゆく。女ならば芸者みたいだが、野郎なので、近辺の人には怪盗ルパンのように思われているのかも。でも、先日ワイン会のあと泡盛のオンザロックを4杯も飲んだ後、人事不省にになって倒れ警察の世話になった。腰を強打して腰椎弯曲症になり、以来二次会は極力避け、酒量はだいぶ減った。年寄りの冷酒は怖い。遊びながら学ぶ段とり虫の勧め。自分の今の段位の合計は利き酒名人を除いて、広辞苑十段、将棋四段、漢字検定三段や末は剣玉名誉初段など計三十段。自称ではなくみな免状がある。利き酒名人位のほかは、六十すぎの局を卒業してからとったもの。碁や将棋は得点証明書を免状に代えるには数万円かかるが、証明書を持っているだけでもいい。今狙っているのは、漢検一級。英検一級並みに社会的評価が高いが、なにしろワープロだけ使っていると、恥ずかしながら検定の検の字がそらで書けなかったりする。大恥をかきそうなのでためらっているところ。 

(喜寿会員からの返信)
倉辻 俊昭さん  (営業 平成8年退職)
 すばらしいお祝い品をありがとうございます。おかげ様で毎年の健診でもこれと言った異常もなくて、夫婦共々元気に過しています。日課は毎朝のウォーキングとラジオ体操にストレッチ、小さな庭での野菜作りが運動です。車の運転歴もそろそろ60年!地球を20周はしたかと思いますが幸い事故もなく、今日も隣にナビゲーター?の妻共々ドライブを楽しんでいます。

内山 荘一郎さん (管理 平成9年退職)
 9月18日(敬老の日)は私の誕生日。節目の年でもあり、息子家族たち7名がお祝い持参で小生宅に集合。ささやかな宴の最中に素晴らしいボールペンが届きました。皆からも「NHKって粋なところあるなあ~」の声。本当にありがとうございました。年相応に体のアチコチに多少の衰えありですが、元気にゴルフを続けています。飛距離もスコアも下降するのは仕方のないこと。これからは楽しみゴルフを目指します。 

安田 熙男さん  (技術 平成12年退職)
 喜寿誕生日祝い、ありがとうございます。年令の割りには元気に、日々過しています。今後とも、よろしくお願い致します。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2017年9月8日 ) 

(喜寿会員からの返信)
浅井 嘉一さん  (放送 平成9年退職)
 ありがとうございました!!入局以来、先輩、後輩、同僚に育てていただき…いつの間にか喜寿…嬉しい限りです。5年ほど前から地域の区長や自治会長を拝命、苦戦しながらも楽しい毎日です。これも健康のなせる技かも…?どうぞもう暫くおつきあい願いたく思います。皆々様のご健康をお祈り申し上げます。

山田 誠浩さん  (放送 平成9年退職)
 長寿祝お送りいただきありがとうございます。大切にさせて頂きます。NHK文化センターなどの講座と共に朗読の公演を続けています。また、演出家ふじたあさや氏が新百合ヶ丘で始めた劇団「わが町」に夫婦で参加、地元の人達と毎年公演を重ねています。お気が向けば観ていただけると嬉しいです。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2017年8月4日 )  

(米寿会員からの返信)
大石  巌さん  (技術 昭和59年退職)
 ちょうど1年前、重症の肺炎で約2ケ月入院したが、今年は何とか無事に誕生日を迎え、米寿祝をいただくことができ、幸運に恵まれたことを感謝している。体調は決して万全とはいかないが、趣味のコーラスやブリッジのグループ活動にも週1回ぐらいずつ何とか参加できており、仲間の皆様に大きな迷惑をかけずに楽しんでいられること感謝している。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2017年7月12日 )
 

(米寿会員からの返信)
浅沼 春昭さん  (技術 昭和62年退職)
 此の度は、米寿の祝い品をお送り戴きありがとうございました。退職後はNTS(幕張放送大学)、八王子の日本工学院を勤めその間体調不良で入退院をくり返しめっきり足腰が弱りました。今は週に1~3回の軽い体操や歩行などをして過している次第です。

 川口 祥一さん  (放送 昭和59年退職)
 米寿のお祝いありがとうございました。平々凡々と暮らすのが人生いちばんだと云われますが、その様な中で迎えた米寿です。健康法のひとつとして七十才から始めたプールでの水中ウォーキングは十八年を経過して今もなお継続中です。 

大川 昭子さん  (放送 昭和36年退職)
 無病息災を祈念して六つ瓢箪のお湯飲み、有がとうございました。一年にひとつずつ年は重ねますが、ここまで無事辿りつけたことに感謝いたします。縁起のいいお湯飲みは、大切に子から孫へ託したいと思っております。旧友会の皆様のお幸せをお祈りします。

(喜寿会員からの返信)
田村 敏衛さん  (放送 平成12年退職)
 現役時の職種を生かして「土浦アマチュアビデオ撮影会」にオブザーバーとして参加。会員は60代から84歳迄のNTTや電機メーカーのOBら、18人の日常の出来事やイベント、旅行などを撮影し、パソコンでナレーションやBGMを入れて10分以内に編集した作品を試写。私は作品を講評する立場ですが、撮影会で私が会員らと一緒に撮った映像を見せながらの説明が一番説得力がある。手抜きが出来ない私は、今でもカメラと三脚を担ぎ必死で東奔西走。それが心身共に鍛えられているのかもしれません。 

名取 浩三さん  (技術 平成9年退職)
 思いがけない喜寿の贈り物。また、誕生日に着くようなお手配、痛み入ります。先ずは、この日を元気で迎えることが出来たこと有難く思っています。呆け防止のために、日々のできごと、料理などの家事、身近なことに関心を持ち、積極的に係わるようにしています。頂いたボールペン、早速、日常の友として活用させて頂きます。有難うございました。 

大上  晃さん  (放送 平成9年退職)
 お祝いのプレゼント、喜寿の日の嬉しいサプライズでした。ありがとうございました。65歳で「関連」を止めて以来、無為徒食でここまで来ました。前々から喜寿の区切りに永代供養墓の申し込みをしようと思っており、早速いただいたペンで誓約書等諸手続きを済ませました。ペンの滑らかさとあいまって、なめらかに今後の人生を送っていきたいと思っています。「なめらかな雨にあじさい色を増し」

枦山 弘行さん  (技術 平成8年退職)
 すばらしい喜寿のお祝いを頂き恐縮です。ありがとうございます。NHK卒業後21年、NTS卒業後からも14年と何ら専念する趣味も持たずですが、健康に恵まれ元気に過しています。若干の家庭菜園を楽しみ乍ら、地域の仲間達とのドライブ旅行や、NHK・OB会での旅行など、楽しみながら、時の過つのが早いと愚痴り年令を忘れて過しています。 

中根 啓治さん  (管理 平成9年退職)
 喜寿祝いの記念品ありがとうございました。幸い身体に悪いところは無く、市民農園での野菜づくりなどを楽しんでおり、元気に喜寿を迎えることができました。

 室薗 光宏さん  (管理 平成12年退職)
 お祝品は誠にありがとうございました。私は町会の防災役員と週1回の学童下校時の旗振り、普段は昼食後、市の老人センターで趣味の将棋で過しています。メディアの危機が叫ばれている今、NHKの存在意義を示そう!! 

田口  弘さん  (技術 平成12年退職)
 お祝い品ありがとうございます。定年後17年大病を患う事なくのんびり過しています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(2017年6月9日)

(米寿会員からの返信)
金田  実さん  (技術 昭和59年退職)
 素敵なお祝いを頂き永く愛用させて頂きます。いたづらに馬齢を重ねましたが、考えてみると永生きしたお陰で色々な経験を積むことも出来ました。失敗も成功も有りましたが、定年後の最大の失敗はたのまれてやった会社の経営です。人徳のなさが最大の原因ですが、多くの友人に大きなご迷惑をおかけしたことを悔やんでいます。少しでも永生きしてお返しをしたいと思っています。経理的な知識がなかったことも原因の一つですので、目下税理士の国家試験に挑戦しています。頭の体操にはなっていますが合格はおぼつかないものです。

武山  智さん  (放送 昭和60年退職)
 淡い味わいのある白、じっくりと重みが感じられる土のにおい。見事な碗をありがとうございました。長く愛用させていただきましょう。おかげさまで先ずは健やかに米寿を迎えました。皆さまのご健康を祈ります。 

石渡 昭治さん  (技術 昭和61年退職)
 NHK東京(旧友会)の皆々様方、2月21日に宅急便が届きました。湯のみを頂きました。ありがとうございました。2月21日の88歳のお祝を戴きました。湯のみが入っていました。ありがとう・・・ございます。現在居住している家は群馬県邑楽郡大泉町朝日・・・。昨年の8月に千葉市の家より群馬県に家財等と一緒に移転して来ました。今後宜しくお願い申し上げます。 

大塚 牧人さん  (管理 昭和60年退職)
 萩焼きの記念品は指定どおり誕生日のお昼前に到着しました。感謝。ボクの宛名の入ったゆきとどいた出田会長のお手紙が添えられていました。むかし現役時代、永年勤続の記念品をもらったとき、プロパーな手紙はおろか汎用の事務的なカードが封入されているだけで、仕別けのためか包み紙に鉛筆で「大塚」と記入されたものでした。会長もむかし事務的なカードをもらった一人だったのでしょう。 

(喜寿会員からの返信)
櫻田 致陽さん  (技術 平成12年退職)
 喜寿の誕生日にお祝いの記念品が届いて驚きました。実はこの日は私共の結構記念日でもあり、五十数年の一ページに華を添えて頂き、旧友会の皆様のお心遣いに感謝申し上げます。協会を卒業後、71歳まで仕事をし、その後は趣味三昧の日々を過ごして参りました。病気にも年相応の経験をしましたが現在何かができない状況でもなく、地域の事に参加しながら散歩など楽しんでおります。皆様の御健勝をお祈り申し上げます。 

髙橋 宏一さん  (放送 平成8年退職)
 お祝いありがとうございました。一生大事に使います。私は記者出身ですが、経理局で定年を迎えました。その際、大勢の方からいただいた餞別で温室を作って、蘭の栽培を始め、今では1年中何らかの蘭が咲くまでになりました。耳がすっかり遠くなって、大好きだった音楽鑑賞ができなくなり、今は蘭と晩酌ぐらいしか楽しみがなくなりました。喜寿を機会に何かを見付けようと思っていますが、どうなりますやら。 

河村 陽子さん  (放送 昭和46年退職)
 先ず喜寿をご記憶いただいていたことに感謝致します。ちょうだいしました扇を合わせた姿の彫金の美しいボール筆に見とれました。これを選んで下さったことにも感謝致します。有難いことに健康面では特に問題なく過しております。しかし最近身の回りに訃報が多くなり、我が年令を感じます。最近は私の運転する車には友人・知人を乗せないよう気を付けながら独りドライブ旅を楽しんでおります。皆様の益々のご健勝をお祈り申し上げます。 

軍地恒四郎さん  (放送 平成9年退職)
 お祝いのボールペンが素敵です。この近況を書くのに早速使用いたしました。言わば“使い初め”。比較的健康なのはウォーキングのせいかな、と思っています。77歳まで健康でいられようとは思ってもいませんでしたが、ここまでくれば2020年(80歳)の東京オリンピックが目標です。喜寿のお祝いをまことにありがとうございました。 

中田 道重さん  (技術 平成8年退職)
 素敵なお祝いの品、ありがとうございました。2年半前に愛媛から静岡に引っ越し、長男家族に近くから見守られながら、後期高齢人生を楽しんでいます。平成になって始めた国宝探訪の旅は、未鑑賞の国宝が1108件のうち残り38件になったものの、所有者の非公開という壁に阻まれる中で、これからの一件ごとの楽しみが大きくなりました。近在の神社仏閣をめぐる趣味グループで、地域の歴史を学ぶとともに、足腰の衰えをカバーしています。 

王子田治男さん  (管理 平成9年退職)
 喜寿祝の記念品ありがとうございました。元気で喜寿を迎えることができました。幸い、健康上のチェック項目はありませんので、好きなテニス、ゴルフを楽しんでおります。お世話になったNHKが今後とも存在感のある団体として、クリーンな組織として頑張ってもらいたいと願っております。旧友会事務局の皆様の心配りに感謝いたしております。ありがとうございました。 

江口  正さん  (技術 平成12年退職)
 クラシック音楽と国文学に夢中だった学生時代、カメラマンとして国内外を飛び回り、番組制作に専念したNHKの35年を全うし、思いがけず大学の教員となり、若き学生たちと過ごした15年、多くの素晴らしい方々と出会い、多くのことを学ばせて頂きました。大学での恩師に頂いた言葉「朝の夢を夕べに拾う」が解る年頃になりました。本当にありがとうございました。 

萩野 隆活さん  (放送 平成9年退職)
 喜寿を迎えたちょうどその日に、何とNHK生活最後の金沢局を思い出させる輪島塗あしらいのペンを頂くとは!感激の極みです。ありがとうございました。北方水滸伝が生んだ魅力的人物・王進の見事な隠棲ぶりには及ぶべくもないものの、伊豆の鄙での生活も早10年。途中、帯状疱疹をこじらせた末に様々な病いを経巡る羽目となり2年近くを棒に振りましたが、今は除いた後から後から生えてくる庭や菜園の雑草と追っかけっこをしたり愛犬と戯れたり雑書雑読に浸ったりと、徹底して気儘な日々を退屈することもなく元気に過ごしています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(2017年5月2日)

(喜寿会員からの返信)
平良 宣昌さん  (放送 平成12年退職)
 喜寿祝の贈り物有難うございました。体は至って健康で、NHK道場での合気道の稽古、春に行われる合気道全国演武大会の司会、ボランティア日本語教師などをしています。どうぞ今後もよろしくお願いします。旧友会の発展を祈ります.


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(2017年4月9日)  

(米寿会員からの返信)
飯田 展彬さん  (管理 昭和62年退職)
 顧みれば定年退職後30年。米寿祝の萩焼を誕生日指定送達の配慮で落手。誠に深く感謝申し上げます。白釉の掌にしっくり治る感慨は実に無量です。旧友会様!誠に有難うございました。定年を機に作陶、書道、料理、皮工芸、絵画、合唱、俳句、ダンス等、受信者各位と趣味三昧の連日。長寿の要諦は、生来の歯を大切にバランスのとれた食事、快眠、快便(失礼!)、適度の運動と心の安定です。多勢の恩恵のもと、自己の存在に感謝し、人を大切に楽しく毎日を送る事、これが私の日常です。 

植野 政一さん  (営業 昭和60年退職)
 米寿の祝いに萩焼の湯呑みを頂戴しありがとうございました。心より厚くお礼申しあげるとともに、大切に愛用させて頂きます。旧友会の活動には、出来る限り協力したいと思っております。最近は、体調も思わしくなく、回復への願いを込めて通院を日課にしております。旧友会の皆様にも、ご健康にはくれぐれもご留意下さいますようお祈り申しあげ、お礼にかえさせて頂きます。 

蛯原 英夫さん  (営業 昭和59年退職)
 思わぬ贈り物ありがとうございました。定年後30年も超えました。おかげさまでなんとか無事消光しております。わたしは88歳、女房は83歳。微恙をかかえつつもそれぞれ元気です。幸い脚の方はまだまだなんとか大丈夫。もっぱらアベックで買い物に歩いています。つかの間の静謐というところです。みなさんも呉々もお元気で。会員のかたがたにご鳳声ください。お礼まで。 

鈴木 貞行さん  (放送 昭和61年退職)
 八十八歳の米寿、それはまだまだ先のことと思えたものです。それが現実になりました。そして健康であるのを何より幸せに感じております。米寿へのお祝いに心から感謝申し上げます。旧友会のご発展を心から祈念しております。 

(喜寿会員からの返信)
武田 秀一さん  (営業 平成12年退職)
 カメラ同好会に入り月に1度コミセンで撮り方を学んでいます。専門用語が難しいです。2月野外で梅の撮影会あり何を表現したいのかわからずにいます。地域活動ではパトロール隊で週1回地域を廻り子供達に声をかけ安全を見守っています。先日小学6年生を送る会に招待され楽しい時間を過ごしました。 

野村 英治さん  (技術 平成8年退職)
 毎日、午前・午後をウォーキングで楽しんでいます。 

筒井 忠雄さん  (技術 平成8年退職)
 この度は喜寿のお祝いに立派なボールペンを戴きまして、有難うございました。私は脳こうそくを煩い右手が不自由になりました為、日頃字を書く練習をしております。今日お送りいただきましたペンで漢字も書く練習をしたいと思い、早速、始めました。有難うございました。 

霜鳥 秀雄さん  (放送 平成12年退職)
 喜寿のお祝いのボールペン、素敵ですね。とても気に入りました。大切に使わせていただきます。退職後は、75歳まで大学の教員生活中心の日々で、いつの間にか喜寿になっていたというのが実感です。目下、近場でクラシックギターの個人レッスンを受けたり、天文学の講座を受講したり、ウォーキングをしたりの毎日です。これからも持病の喘息と付き合いながら、少々ハードルは高いですが、米寿を目指して精進したいと思います。頂いたペンで認めました。ありがとうございました。

阿部 和章さん  (放送 平成9年退職)
 思いがけずにいただいた喜寿のお祝いに驚きました。有難うございます。お陰様で趣味三昧の毎日ですが、体力も少しセーブするようにしています。先頃股関節の手術を受けて、今リハビリ中です。回復すればもう少し元気で居られそうです。 

宮木 尚男さん  (技術 平成7年退職)
 喜寿祝いの品、まことに有難うございました。私こと年相応に不具合は有るものの、幸い日常生活に支障をきたす程ではなく、体に気を付けながら毎日を過ごしております。旧友会の皆様におかれましても、どうぞご自愛くださいまして、ますますご発展、ご活躍されますことを心から祈念いたします。 

鯉沼  宏さん  (営業 平成8年退職)
 やっと辿り着いた止り木に感慨ひとしおだ。心ある祝詞と吾が人生行路に乾杯。取り敢えず五輪にテレビ参加を目標に、心・気・体を整えよう。
賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(2017年3月7日) 

(米寿会員からの返信)
杉沢 陽太郎さん  (放送 昭和62年退職)
 お祝い有難うございました。この数年、ガンの後遺症で病院通いが続いていましたが、今は何とか元気で、毎日の散歩も欠かしません。 

吉野  寛さん   (放送 昭和60年退職)
 故郷・長崎で米寿を迎え、旧友会から記念の湯呑を頂きました。趣豊かな萩焼でとても嬉しく、心からお礼申しあげます。お蔭さまで私は、昔ながらに路面電車が走り、周りの山裾に教会や唐寺が点在する港町で何とか元気で、お茶を美味しく頂いております。ほんとに有難うございました。 

(喜寿会員からの返信)
寒川 幸一さん  (技術 平成9年退職)
 お祝いの品、ありがとうございました。16年前心筋梗塞で倒れたおりは、喜寿まで永らえることなど夢のようでした。その後、大きな病もせず無事今日を迎えられたこと、家族をはじめ支えていただいた多くのみなさんに感謝したいと御思います。旧友のみな様、これからもお元気で! 

小田原 正春さん (技術 平成8年退職)
 元気で喜寿を迎えることができました。生物は無生物からできているのに、何故生物なのかなどと子どもの様な疑問を思いついては、インターネットや本屋の立ち読みなどを楽しんでいます。 

長島 忠雄さん  (営業 平成12年退職)
 喜寿のお祝い有難う御座います。御返事遅れて申し訳ありませんでした。体調を崩し45日ばかり入院生活しておりました。病名(腹腔鏡下大腸亜全摘術)を行い体調回復になり、現在自宅ですごしております。よろしくお願いいたします。 

慶田 敏紀さん  (放送 平成9年退職)
 喜寿の祝いありがとうございます。いただいた漆蒔絵のボールペンで認めてます。12年前、高齢者の仲間入りした日にスタートしたブログ「かせだプロジェクト」も、本日3000号となりました。今日は又、喜寿を迎えた日でもあり、これを区切りとしてブログは終刊としました。多くの旧友会の仲間たちに長い間読んでいただき心から感謝いたしております。ありがとうございました。 

小山 滋子さん  (放送 昭和44退職)
 お祝いありがとうございました。「狂言は70才からでも始められます」という旧友会報の狂言友の会の案内で始めた稽古は9年目に入りました。覚えの悪さに苦労しながら人間の善も悪も笑いで包む狂言の世界の深さにはまっています。演じる楽しさも味わっています。 

木村 紀征さん  (平成8年退職 放送)
 この度は結構なボールペンを頂戴し有難うございます。小生は特段の変化もなく、お陰様で、通院、服薬の必要はない生活を送っています。とはいっても生来軟弱な身体ですから、疲れやすく、夜は早く寝てしまう様な暮しです。芝居や映画も科白が聞きとりにくくなり、テレビは字幕に助けられています。在職中の最後の仕事として字幕放送の拡充に取り組んで良かったと思うこの頃です。 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(2017年2月) 

(米寿会員からの返信)
木村  靖さん  (放送 昭和60年退職)
 74歳の時、突然脳梗塞発症以来2~3年間隔で心臓、前立腺、腎臓等々現在月3~4回杖をつきながら病院に通っています。(病状は安定) 約10年間稽古を続けてきた弓道は断念。人生いろいろ・・・仕方ない。今は年寄りの教訓となっている『怒ルナ、転ブナ、風邪引クナ』をお呪いを唱えるように口ずさんでいます。 

(喜寿会員からの返信)
高橋 成彰さん  (放送 平成11年退職)
 喜寿の祝いの品送って下さり有難うございます。こどものころ70歳代の人は老いた年寄としか感じられませんでしたが、いざ自分がその年代になるとまだまだ元気で気持も少し若々しいのに驚いています。胃を全摘してから約20年。その後もつつがなく生活できていることに感謝しながら、この頃は男性ヨガ教室に通い市立図書館に通い、そしてNHKで働いていた仲間たちや高校時代の同級生たちとの飲み語り合うひとときを楽しむ日々を送っています。オリンピックを生で見て米寿を迎えるのが次の目標でしょうか。旧友会の仲間の皆様のご健勝をお祈りいたします。 

小椋 隆一郎さん (管理 平成8年退職)
 喜寿祝の記念品ありがとうございました。早速使わせていただいて居ります。私は昨年暮に知人に会うためサンフランシスコへ向かいました。娘と高2の孫が同行してくれました。93才になる知人はたいへん喜んでくれ歓迎してくれました。そして12月29日私の喜寿の誕生日に無事に帰国しました。元気に喜寿を迎えることが出来てうれしく思っています。 

森  紀元さん  (管理 平成9年退職)
 押入れから溢れ出た写真を二冊の小さなアルバムに整理し、母親の住む横浜の高齢者マンションに移りました。人生の最終ステージに親孝行をという思いだったのですが、私が77才を迎えた今年の一月、母親(97才)は、何と単身でパナマに向け旅立ってしまったのでした。南米一周のクルージングのあとアマゾンのマナウスで98才の誕生日を迎え、下船後はヨーロッパを漫遊し、帰国は5月中旬になる予定です。さて、彼女の帰国後は、どっちがどっちを介護することになるのやら…嬉しい不定の毎日です。

大塚 喜好さん  (営業 平成12年退職)
 営業の船橋、千葉、東京のOB各仲間との昼食会やら飲み会やら等々。両国相撲甚句会で15年が過ぎ発表会に向けて稽古中。弘法大師空海の般若心経秘鍵の本にも再挑戦中。喜寿祝に高野山にお詣りにも出かけたいなとも思っているところです。クラシック音楽にもヨチヨチ歩き。喜寿の港にドック入り。次の船出に準備中。 

桜田 研三さん  (技術 平成7年退職)
 貴会から記念品の送付を受け、77才の「生」の実感を致しました。最近では、友人、知人が次々と倒れ、また亡くなられる方々の便りにに無念さと現在の自分の立ち位置を考えさせられるこの頃です。昨年腎臓がん、膀胱がんと立て続けに患いリハビリ中ですが、好きなタバコと酒は医者に怒られながら愛飲しています。 

大場 吉延  (技術 平成8年退職)
 お祝いの記念品を頂いたことで改めて喜寿になったことを確認させられました。長寿の呼称は、暦、漢詩、字体に由来しますが、喜寿は字体の草体「㐂」にあります。寿命が著しく延びていることから、これまでの呼称が今日的であるかという問題はあるかも知れません。呼称はさておき、元気に七十七才を迎えることできたことに深く感謝しています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(2017年1月) 

(米寿会員からの返信)
谷  八郎さん  (営業 昭和61年退職)
 平成28年11月28日88才となり、ここまで生きたことに驚きです。脊柱管狭窄症で歩行にやや痛みを感じます。毎日近くの釣り堀でへら鮒釣りに行き、釣り友と世界や国内の現状や将来について語り合ってます。元気です。 

梅村 和定さん  (放送 昭和60年退職)
 松江放送局に勤務していた昭和40年代にとなりの萩市を訪れる機会がありました。いくつかの窯元を見てまわり、“土と炎”の中から作り出された萩焼の素朴さにひかれました。萩焼の湯呑、有難うございました。旧友会の皆様、お元気で毎日をおすごし下さい。 

石井 和三さん  (技術 昭和57年退職)
 近頃はゴルフ・登山もできなくなり無為徒食の毎日です。目も耳も機能が低下し、読書会話も不調のこの頃で、新聞雑誌のクイズ欄が唯一の楽しみです。旧友との会合には出来るだけ出席しますが、友も減り出席率も低下する始末です。老齢の病については適合した薬のない病気(非結核性抗酸菌病)があることを知りました。医師のみを頼らず自己免疫力の強化に心掛けることが重要だと思っています。 

秋山 士郎 さん  (放送 昭和61年退職)
 66年間勤めたNHKのマイクを離れたのが平成27年3月。健康維持の為、卓球を週1~2回2時間。平成元年から続いている畑作は、1反歩から今は50坪に減反。でも自家産の野菜が食卓にのるのは幸せ。撮り溜めた写真やビデオのDVD・BD化は、器材の進歩に追いつかず停滞気味。これで人生の目標が白寿とは? 

(喜寿会員からの返信)
田辺 幸三さん  (放送 平成8年退職)
 大学校友会のハイキング部に参加し、近くの山登りをしています。鷹俳句会で月1回の句会に出ています。最近の一句 野猫にも思案のありや漱石忌 

山本 智章さん  (管理 平成8年退職)
 誕生日に拝受致しました。大変有難うございます。家族、自身も忘れてしまう有様ですので、なおうれしい事でした。元気にまずは米寿が迎えられるよう精進したいと思います。旧友会の益々のご発展をお祈りしております。 

原野 幸男さん  (技術 平成11年退職)
 誕生日に思わぬ記念品を頂きありがとうございました。35年前に東京へ転勤がきっかけで運動不足のため近くの公園を走りました。それ以来ランニングが楽しく海外や国内各地のフルマラソンに参加するようになり100回を超えて完走することが出来ました。ここまで健康で来れたのは転勤のお陰です。しかし最近は筋力の衰えで完走が厳しくなりました。そこで、米寿までは何としても走りたいとの思いでストレッチングや筋トレを行い頑張っています。 

原  安治さん  (放送 平成9年退職)
(コメントの記載はありませんでした・・・事務局)

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2016年12月 7日 )

(米寿会員からの返信)
小楠 千早さん  (技術 昭和59年退職)
 年令の割には元気に暮らしています。定年後70才まである企業の情報関連の研究所で働き、その後偶然にあるところからドイツ語資料の翻訳を依頼されるようになり、今でも何となく続いています。それなりに面白さもあり、バベルの塔以来の世界の大問題に立向かっています。合間に旅行したり、友人や息子・娘の家族と会って話したり、歴史や思想に関する本を読んだり、家内と思い出を語ったりして、退屈することはありません。こんなことが永遠に続く筈はないとは思いつつ。目下の関心事は原発の跡始末で、この地震国だけの問題とも限りませんので。 

硲  光臣さん  (放送 昭和59年退職)
 米寿の祝いお送り下さいまして有難うございました。目下、兎にも角にも元気で、週一度午後から3時間、呼吸をととのえ体を動かしています。「デイサービスつくし」の会です。そしてこれが何よりの健康法だと自讃しています。皆さま方の活動、御健勝を祈ります。

(喜寿会員からの返信)
小山 政雄さん  (放送 平成11年退職)
 喜寿のお祝い素敵なボールペンありがとうございました。思ってもいなかった贈り物に驚きと悦びでいっぱいです。ペン習字のつもりで始めた天声人語の書き写しも5年になりますが少しも上達しません。このペンで少しは上手に書けるようになりたいと思います。旧友会のますますのご発展をお祈りします。 

高橋 政義さん  (放送 平成8年退職)
 喜寿祝いの記念の品「輪島漆器」を有難うございました。早速使わせて頂いてます。お陰様で“喜寿”の誕生日をげんきに迎えました。自分でも驚くほど体調は良いです。どうぞ、会員の皆様も健康に留意され、長命でありますように願っております。又、OB会役員の皆様!今後とも年寄りの面倒をよろしくお願いいたします。これから寒さに向かいます。どうぞ健康にご留意下さい。乱筆乱文をお許し下さい。 

太田 滋也さん  (技術 平成8年退職)
 喜寿祝いの素晴らしいボールペン有難うございました。大切に使わせて頂きます。私は69才から全く経験のなかったランニングを始めて、2010年71才で夢だったホノルルマラソンを走ることが出来ました。今まで同マラソンに4回出場し、5回目の今年12月で終えるつもりでしたが家人の体調不良などがあって大会の1ヵ月前の先日、急遽参加を断念しました。残念ですが3年間のランニングで体重や体脂肪率等が大幅に減り、以前より元気な身体になったと思っています。昔からハワイが大好きで60才後半からウクレレ、ハワイアンソング、男だてらにフラをも習っていますので、これからも趣味を活かして地域で楽しくやっていくつもりです。 

岩崎 延雄さん  (技術 平成11年退職)
 8月の全国高等学校野球大会に西東京代表で娘の母校が初出場しました。あこがれの甲子園球場に行くことが出来ました。その時のことです。夜行深夜バスで出発しましたが渋滞にはまり3時間遅れとなり試合開始に間に合わなくなりそうでした。隣りの席の若者(スマホで京都から最速の乗継ぎルートを検索)に連れてもらい試合開始15分前に着き応援することが出来、甲子園行きの良い思い出でした。 

黒川 和也さん  (放送 平成11年退職)
 ボケ防止にとクロスワードパズルに挑戦しておりますが、最近それさえも面倒になってきております。それではイカンと気分を奮い立たせている今日この頃です。気力の衰えもさることながら体力の衰えは悔しいかぎりです。 

若梅 辰夫さん  (放送 平成11年退職)
 年寄りが集まると孫と病気の話が中心ですが、小生も人並みに病院通いと週会の卓球を楽しんでいます。趣味の大菊作りは今年はたいへん立派に咲き今が盛りです。何事も愛情をこめた手入れが大切な事を実感しています。諸先輩のご健勝を祈っています。 

設楽 圭一さん  (技術 平成11年退職)
 忙しい日々を過ごしております。動作が鈍くなり、すべて時間がかかるようになったのが原因のようです。元気なうちに国内外旅行はもちろん、浮世絵にある江戸名所を訪ねたいと思っております。 

豊田  収さん  (技術 平成8年退職)
 喜寿の素敵な賜りものを頂き、誠に有難うございました。近年、癌との闘病に明け暮れていた毎日でしたが、何とか生き延びています。まだ不安が消し去られたわけではないので、これからも検査の日々が続いていくと思いますが、一日も長く生命の尊さのためにがんばっていくつもりです。 

石川 陸司さん  (技術 平成11年退職)
 記念の品をいただきました。ありがとうございます。健康で77才を迎えられ、大変幸せです。これからも、元気に楽しく生きていきたいと思っています。よろしくお願い致します。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(2016年11月 8日) 

(米寿会員からの返信)
鈴木 辰雄さん  (営業 昭和59年退職)
 誠に結構な品を頂き心から御礼申し上げます。大切に何時迄も大切に使わせて頂きます。現在は20年近く家庭菜園をやっておりましたが、今年7月でやめました。今は盆栽とカラオケを楽しんでおります。ありがとうございました。 

石田 邦雄さん  (管理 昭和59年退職)
 本日は、旧友会の方々の大変有難いご配慮をいただいて米寿の誕生日に合せて記念に残る伝統の品をお送り下さり、本当に感激で喜びで一ぱいです。これからも温かい皆様と共にNHKの発展に寄与して行きたいと思います。贈られました品が私にとって大きな励みとなります。いつもお世話を下さる旧友会の皆様のご活躍とご健勝を心よりお祈りしています。本当に有難うございました。 

坂井 茂生さん  (放送 昭和60年退職)
 米寿のお祝いをいただきありがとうございました。ご恵送いただいた萩焼の湯呑は大切に愛用したいと思います。風雪88年、紆余曲折の長いみちのりをはんすうしております。これからもHEALTHY AGINGを目ざして健康管理に努めていきたいと思っております。 

三笠比呂史さん  (放送 昭和60年退職)
 米寿の祝有難うございました。萩焼の里は、広島在勤中に訪れた事があり、その肌の優美さに心ひかれるものがありました。たまたま誕生日の10月22日は、みちのくの旅に居て紅葉の蔵王峠を越えた日でした。「吾米寿 紅葉の蔵王峠越ゆ。」人生の峠の一つを越えた気分です。 

三浦 俊典さん  (技術 昭和59年退職)
 米寿のお祝い有難うございました。お陰で女房(傘寿)共々揃ってお祝いが出来ました。近況:散策やスポーツクラブなど体調の方はまあーまあーですが、あり余る時間と絶え間ない忘れ物・探し物に悩まされております。

(喜寿会員からの返信)  
林  護さん   (放送 平成11年退職)
 この度は東京旧友会からの喜寿のお祝い、ありがとうございました。又、孫も今年東京大学に入学しましたが、私も放送とボランティアで半世紀、今後ともNHK旧友会のため、地域のため、情熱と意欲をもって取り組んで参ります。宜しくお願い致します。 

小林 俊夫さん  (放送 平成8年退職)
 記念品ありがとうございました。喜寿と言っても珍しくない時代ですが、これまで元気で来れたのも家族や皆様のおかげと感謝しています。元気とは云え歳をとったなと思う昨今です。 

藤原 健男さん  (放送 平成6年退職)
 御祝い有難うございました。リタイア後エージシュートならぬエージラウンドを目標に年間70~80ラウンドをこなしてきましたが、77歳を期にヘボゴルフと縁を切りました。今はボケ防止に頭の健康も大切と読み残した本に向きあっています。とにかく終活の内定が出されるまでは、できるだけボケずにいたいと思うからです。それにしても若い人の就活の内定とは違って当方の内定はあまり早くなくてもよいと思うのですが・・・やはり片道切符の旅は鈍行列車の方がよいようで、文字通りボチボチ行きたいものだと考えています。というわけで体の健康の方は毎日のウォーキング、頭の方の健康は適度な刺激を与えてもらう為の読書ということで、それなりに充実した日々であると自分では思っています。この拙文は頂いたペンで書かせてもらいました。旧友会の皆様の御健勝を御祈りしつつ失礼致します。 

根岸 明徳さん  (管理 平成8年退職)
 今度は素晴しい喜寿の祝品をお送り頂き感謝申しあげます。手元に置いて末永く愛用させて頂きます。高齢と共に健康に気を配りながらNHKの番組を中心に日々を過しております。旧友会の益々のご発展をお祈り申しあげます。 

横島 庄治    (放送 平成8年退職)
 この度は思いもかけない素敵なプレゼントを頂き、ありがとうございました。同封の「真田丸」の絵ハガキも格別でした。と申しますのは、出身地が上田市で、この大河実現のためにいささか協力したこと、第2の故郷としている群馬県もドラマであつい注目を浴び、風土のつながりを実感している真最中だったからです。旧友会のご発展を祈念します。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2016年10月11日 ) 

(米寿会員からの返信)
津布良孝夫さん  (放送 昭和60年退職)
 このたび米寿の誕生日を迎え、東京旧友会から貴重な祝品を頂戴し、まことにありがとうございます。歳を重ねるとともにあちこち不調つづきですが,ここまで長寿に恵まれるとは存外でした。この幸せを思い、感謝のこころを大切に消光してまいりたいと念じています。協会、旧友会の益々の発展を祈ります。 

(喜寿会員からの返信)
竹中 司郎さん  (放送 平成8年退職)
 喜寿祝・ボールペンをお送りいただきありがとうございます。ぼんやり人生にお祝をいただくなんて!書き具合を楽しんでいます。日頃は、130坪の畑の出来具合い、10月15日の地域の1時間半のイベントの準備にヒヤヒヤ。でもアフリカの太鼓の踊りや、歌の女性たちと激論するのも楽しい・・・か?

嘉村 雅太郎   (放送 平成8年退職)
この度は、喜寿のお祝いの記念品、ありがとうございました。
退職後は、歌舞伎を中心に観劇を楽しんでいます。歌舞伎では、ほどほどに吉右衛門の追っかけをしています。また、若い人たちの小劇場の演劇も出かけ、彼らの熱演に拍手を送っています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2016年9月9日 ) 

(米寿会員からの返信)
高畑 昭久さん  (放送 昭和59年退職)
 懐しいNHK旧友会からの思いがけない米寿のプレゼント拝受。退職以来一貫に行っている二冊の哲学書の著述を今後一、二年中に完成させる計画です。書名は「人生の束とその奥行き」と「新しい学問としての倫理の力学」の予定です。最近のNHK「Eテレ」にこまかい工夫をつめこんでいるご努力に敬意を表します。 

仲瀬 一彦さん  (技術 昭和59年退職)
 米寿のお祝いで萩焼の湯呑みを贈っていただき有難うございました。焼き物には興味がありますが、萩には短時間立ち寄っただけでした。大切に使いたいと思っています。まだ外出には制約がなく、近所の散策や小旅行を楽しんでいます。ボケ防止のためパソコンを活用した日常生活を送っています。 

佐々木欽三さん  (放送 昭和59年退職)
 体力はめっきり衰えましたが、幸い健康に恵まれ、エッセイ教室や在京のふるさと会のお世話で忙しくしています。エッセイ教室は月1回地元荻窪で始めてから15年になります。熟年の方が多く、皆さん楽しんでくれています。今年は日本エッセイストクラブ賞の審査の仕事をつとめさせてもらいました。在京のふるさと会に、宮城の生れのご縁会長を2つもひき受けてしまい、これも何かと忙しくしています。お祝いありがとうございました。 

斎藤 嘉博さん  (技術 昭和60年退職)
 いつもお世話になっておりありがとうございます。この度は圭一郎師作のすばらしい萩焼をお贈り頂きありがとうございました。日々大切に使はせて頂きます。近況;お陰様でとくに悪いところもなく気分に任せて関東近郊の野山を徘徊したりドライブしたり遠くは東北、京都あるいは杭州(中国)まで足を伸ばして楽しんでいます。このトシになっても未だ見ていないも知らないことが沢山あるのに忸怩たる想いです。 

小川 信行さん  (技術 昭和59年退職)
 米寿となれば早い人は急いであの世へ(?)行くが、私はまで順番が来ない様です。呼ばれれば行く用意は出来ていますが?早く行きたくもあり、行きたくもなし、この年では希望もなにもなくなる。一番期を付けることは周囲の状況と自分の足先だ。頑張ろう。 

(喜寿会員からの返信)
吉井  真さん  (放送 平成11年退職)
 ペンをありがとうございました。東京空襲が続く昭和20年3月私と母、兄弟5人は父の郷里鹿児島に疎開。その直後牛込の家は焼夷弾で全焼。今年の4月、71年ぶりに出水のその地を車で訪れた。屋敷は朽ち果て全体が竹林となり、井戸の跡や、米軍機の機銃掃射で飛び込んだ防空壕もどこかわからない。翌日水俣で熊本地震に遭遇。翌日阿蘇山麓を通り投宿した別府で2回目の本震を体験。地震は怖い。戦争は尚更恐ろしい。 

阿部 和暢さん  (放送 平成8年退職)
 お祝いの品有難うございます。喜寿祝いの輪島塗りのペンだよ、と老妻に見せたところ、「え、一体誰が喜寿なの」の一言が返ってきました。苦笑。二人とも日頃は歳を忘れて暮して居ります。あの世に旅立つ前に、せめて『アルハンブラの想い出』を何とか曲らしく聞えるように弾きたいのが今生の念願。定年後に始めただけに進歩が遅く「時間との競走であせっています」と先日師匠に言ったところ、ハハハ・・・と高笑いされました。 

高山 憲治さん  (放送 平成8年退職)
 「ほう」と箱を開けると同時に感嘆詞。これまで見たこともないような細工をほどこした立派なペン。傍に「あなたは、いい企業に勤めたわね」と古女房の笑顔。さて、これをどうするか。今や書き物は、ほとんどパソコン。持ち歩くのは、数え切れないほど消失した前科を考えると危険極まりない。されば使用期限が近づいている自身のことを思えば次代へ引き継ぐことが一番。喜べ息子よ! 

佐藤  桂さん  (放送 平成8年退職)
 健康に恵まれました。現役時代の延長で相撲の深夜番組制作に関わっています。CT往復の4時間は回数が少ないので苦にはなりません。前々からこの77才の節目の年令がゴールと決めていましたので、この年末には「断髪」を致します。輪島漆器の御恵送誠にありがとうございました。 

及川 哲也さん  (放送 平成8年退職)
 喜寿の記念品をありがとうございました。大事に使わせていただきます。幸い健康に恵まれ週1回ゴルフを楽しんでいます。ただし、マッサージとセットです。寄る年波に勝てないことを実感しています。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2016年7月5日 ) 

(米寿会員からの返信)
山室 義雄さん  (放送 昭和58年退職)
(コメントの記載はありませんでした。・・・事務局)

斎藤 克巳さん  (放送 昭和60年退職)
 前略 米寿に際しましてはすばらしい萩焼の湯のみをお送り頂き深謝にたえません。昨年来老人ホームに入居しております。第二第三腰椎の骨折でコルセットは外せませんが、それ以外は杖をついて歩けば外出もできます。タクシーが多くなりました。夜11時就寝、朝は7時起床という生活です。睡眠薬は欠かせません。ありがとうございました。今後ともよろしく御願い致します。

船戸  裕さん  (放送 昭和60年退職)
 結構なものをいただきました。ありがとうございます。<近況>月・木テニス 金太極拳やっています。ヨサホイ節の替歌(一部ですが)一つ出たハナ ヨサホイのホイ 膝の古傷自己主張ホイ 走るよろめくまたこける ホイホイ 二つ出たハナ ヨサホイのホイ 布団はねのけ飛び起きたホイ 死んだ女房が呼んでいる ホイホイ 六つ出たハナ ヨサホイのホイ 難しいぞや太極拳ホイ 手足バラバラ警視庁 ホイホイ お笑いください。 

(喜寿会員からの返信)
田邉 光宏さん  (放送 平成9年退職)
 ご丁重なお祝いありがとうございます。お陰様ですこぶる元気に地域の活動をしています。妻ともども最近受けたドックでも大きな指摘はありませんでした。特に、歯は“親知らず”も含め32本全て健在が自慢です。テニスとジム通い、地域の小・中・高、成人学級などで講演をしています。地域のボランティア活動もNPOでやっています。

鵜澤  巌さん  (営業 平成11年退職)
 年2回の栗山川堤防の草刈りボランティアに参加している。この川は悪ガキ時代は「水あび」の場だった。学校の帰り悪ガキ3人で日の丸弁当を分け合って食べ野いちごを口にし空腹をしのいだこともあった。夏休みには、年長者に対岸へ連れて行かれ、帰りは川に水を飲み乍ら帰ったりして泳ぎを覚えた。故郷の川とは学習の場だと思い、このお礼に毎年草刈りボランティアに参加している。最低80才位までは頑張りたいと思います。 

島崎 邦雄さん  (技術 平成8年退職)
 喜寿祝届きました。感謝しております。お陰様でそれなりの老後生活を送っています。毎日のウォーキング、孫のサッカー教室の送迎(2人の男の子合計8年目に突入です。)更には土・日曜日は美しい四足の動物の競走を楽しんでいます。ストレスの無い日常は最高と感謝、感謝!!しております。 

北村 克彦さん  (技術 平成8年退職)
 素晴しいお祝いをありがとうございます。書き心地も大変快適です。最近字を書くことがあまりない生活ですが、老化防止のためには、一日少なくとも100字は書くことが大事だと言われています。この機会にそれを実践していこうと思います。本当にありがとうございました。

佐々木松治さん  (営業 平成11年退職)
 6月故郷の喜寿のお祝いに(昭和30年75名在籍中)16名参加淋しい限り。私自身今のところ、お陰様で健康に恵まれ、月2~3回友人とゴルフ、介護福祉ボランティアに参加、週末は富士の麓、山梨で家庭菜園を楽しみに、目標80歳~米寿までと、日夜体にムチを入れ暮しています。喜寿のお祝い有り難う御座いました。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2016年6月10日 ) 

(米寿会員からの返信)
安井 恭司さん  (放送 昭和59年退職)
 馬齢を重ね数十年ぶりに故郷の名古屋へ居を移し、まずは安堵。米寿の祝いを拝掌。心より御礼。変容激しい街ゆえまだ戸惑い気味です。持病と老化の重圧も対峙の日々。親族や旧知との交流が気晴らしです。在職中に育まれた放送人としての知性と幸せを改めて感謝しています。 

(喜寿会員からの返信)
足立  功さん  (管理 平成7年退職)
 喜寿の誕生日当日は、甲府局在職中から親交のあったA氏とA氏の同僚M氏との3人で旅行中でした。翌日帰宅すると当会からご褒美のお祝い品が届いており、ありがたく頂戴しました。振り返ると、あっという間の77年間でした。辛いこと、楽しいことそれぞれありましたが、総じて楽しいものでした。これからも健康に留意して残された人生を楽しく送りたいものです。 

廣場日出男さん  (技術 平成8年退職)
 現在以下の活動を実行中です。(1)不治の病と闘争中 (2)仲間5人にてメキシコの女性画家フリーダ・カーロの伝記分(スペイン語)を翻訳し、彼女の目を通した女性人権の向上などを学んでいる。 (3)住居地市役所の財政白書作成に取りくんでいます。

佐藤  孝さん  (技術 平成8年退職)
 ボケ防止に毎日したことを書き留めていますが、これからはいただいた記念品を使わせていただきます。喜寿といっても人生の通過点に過ぎず特にそのための意識はありません。毎日、庭の手入れ、鯉の飼育そして健康維持のため庭でのゴルフ練習で過しています。 

中西 猛之さん  (放送 平成8年退職)
 特別養護老人ホームの入所者の世話をして12年(発足時12人)喜寿の祝いを頂き、この年まで続けられると思わなかった。ボランティアを続けてこられたのは、入所者の買い物、散策、趣味をサポートしている時うれしい表情を見せてくれることである(現在4人)。入所者の平均年令は85才を超えるが、先輩仲間と思い80才を目途に頑張り続けていきたい。 

長倉 一郎さん  (技術 平成7年退職)
 事務局の皆様お元気ですか。この度は喜寿のお祝品、すてきなボールペンを頂きありがとうございました。大切に使いたいと思います。70才からのこの7年間どうゆう訳かとても短く感じられました。10年間務めた町内の役員も2年前に終り、今はシルバークラブのカラオケ会や歩く会、そして防犯パトロール等でご近所付き合いに励んでいます。東京オリンピックまでは元気でいたいものです。 

髙木 正己さん  (放送 昭和50年退職)
 お祝い頂き有り難うございます。今もスポーツ(テニス)に現役、仕事に現役(のつもり)です。頂いたペンで書きました。有り難うございました。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2016年5月10日) 

(米寿会員からの返信)
片岡 俊夫さん  (管理 昭和59年退職)
 小生の米寿の祝いに当って御挨拶を頂き、ありがとうございました。元気に、古い書物を毎日少しずつ片づけています。 

(喜寿会員からの返信)
上原 光男さん  (技術 平成5年退職)
 お祝いありがとうございました。早いもので喜寿(77才)になってしまった。これからも健康には十分留意して余生を送りたいと思います。 

山口 泰助さん  (放送 平成8年退職)
 素晴しい記念品ありがとうございました。昔、家族制度がはっきりしていた時代であれば、縁側で、孫・曾孫と日向ぼっこをするか、養老院で念仏を唱えながらお迎えを待っている年令ですね。ともあれ、こども達には絶対に迷惑をかけたりしない様健康で余生を楽しんでいます。酒はうまいし、姉ちゃんはキレイだ・・・。なにごとも前向きに頑張っています

名取  将さん  (放送 平成11年退職)
 5/1必着の事と書かれた宅配便が5月1日の午後届けられました。喜寿のお心づかいにただただ感謝しています。30年程前に勤務した金沢を想い出しながらいただいた輪島塗のペンで書いています。世の為人の為にはもうなれない年令です。静かに生きていきます。ありがとうございます。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2016年4月 6日 ) 

(米寿会員からの返信)
小菅 修治さん  (技術 昭和59年退職)
 この度は旧友会から米寿を迎えた当日、3月7日、お祝いの品を頂き、ありがとうございました。定年を迎えた頃より毎朝1時間のウォーキングを続け20年以上になります。そのおかげで88才を迎えてもおとろえる事なく、未だ暫くは続けられそうです。 

二見  巌さん   (放送 昭和58年退職)
 NHK外郭団体も退職して20年以上、身のまわりにNHKの三文字が刻印された記念品を置くことはまず無くなる。今回の米寿の祝いの置物は、長生きの証とともに、しみじみと暮らしにぬくもりさえ感じさせて戴き有難い。ここ数年、歯のメンテでどんな食品も不自由なく口に、プールの水の抵抗に逆らう水中歩行で足腰の衰えを防ぎ、杖なしの暮らしが精神的なゆとりを生み、気楽な国内海外散歩を愉しむ昨今です。87歳に胃がん、硬膜下血腫など3回の全身麻酔入院、以来おつりの人生と悟りました。

 小池 信雄さん  (営業 昭和60年退職)
 記念品頂き誠に有難うございます。NHKに関する著書記事と特に沖縄に関する事柄の関心を持ってます。健康には留意しつつお医者様への通院時には良く話し合って居ります。NHK旧友会の方々の努力に感謝して居ります。 

(喜寿会員からの返信)
安藤 嘉照さん  (放送 平成11年退職)
 喜寿の贈りものありがとうございます。最近は平凡な生活ウォーキングや趣味の版画の制作に取り組んでいます。又昔の仲間とは歩く会や昼食会などの集まりに参加。都内、神奈川、千葉など場所を絞って足を伸ばしています。新しい発見などもあって楽しい集いとなってます。ともかく健康第一が目標となってます。

舘野 晋輔さん  (技術 平成8年退職)
 誕生日の早朝に喜寿祝いの美しい輪島塗のペンをお送りいただきありがとうございます。相続した田畑を使って農業をやっています。水田での米作りは機械化によって手間もかからず簡単で価格も妥当なもので利益もあったのですが、昨年のTTP絡みで価格が1/2弱になり苦労しています。畑作の小麦は輸入小麦(粉)の価格が安くて採算が取れないので自家消費分だけ作っています。畑作の野菜は作ることそのものはやさしいのですが、葉物は見栄えが良くないとスーパー等が引き取ってくれないので、見栄えを良くするため葉を食い荒らす害虫を退治するのに大量の農薬を使います。しかし、これらの葉物も自家消費分だけでは多少見栄えが悪くても農薬を使わず手間をかけて害虫防除して作っています。 

下川 純弘さん  (放送 平成8年退職)
 今のところ年齢相応に元気な方だと思います。退職後、大学の同期(男11人、女10人)を誘って始めたコーラスで編曲と指揮を担当しながら歌っています。一昨年男性2人が亡くなったのでメンバーが意気消沈するかと思いきや却って発奮!「元気なうちは沢山歌おう」という仲間に尻を叩かれながら続けております。 

角野久寿雄さん  (管理 平成7年退職)
 「喜寿の日」旧友会から祝品が届きました。旧友会の財政状況(ふところ事情)が分かっているだけに、心苦しくも有難く頂戴しました。みなさんに宜しくお伝えしてください。その日の午前、Gの広報番組で籾井会長がアイテックとさいたま局の職員の不正・不祥事について頭を下げていた。正直見ていて痛々しかった。数年毎に繰り返されるこの種の不祥事の都度、NHKトップの会長が画面に出て頭を下げなければならないという、こうした悪循環はいつになったら断ち切れるか!?視聴者の信頼をより強化するため、OB、現役を含めてNHK総体の英知と力の結集が求められています。人生は一点で止まることはありません。次は80歳を目指し、いつもさすがNHKのOBと言われるように、身を慎み、健康が許す限り地域の諸活動に引き続き取り組む所存です。出田会長を始めみなさんの健康と旧友会の益々の発展を願っています。 

米倉 眞彦さん  (管理 平成11年退職)
 お陰様で3月13日77回目の誕生日を元気で迎える事ができました。毎日スポーツクラブで体を動かし、月に2回ほどゴルフに行ったりして毎日を楽しく過ごしています。お祝いをいただき有難う御座いました。 

村上 俊幸さん  (放送 平成7年退職)
 この度は、喜寿お祝いを頂戴し誠に有り難うございました。人生の節目節目にお祝いがあるということは、身体の変わり目には気を付けなさいとの神様の思し召しと受けとめ、先月は腹部で、先週は大腸内視鏡検査を受け、一応“車検”パスでした。とはいえ、目下夫婦揃って脊柱管狭窄症で足に痛みやらしびれやらと、めでたくもあり、めでたくもなしの日々です。 

栗田 博行さん  (放送 平成8年退職)
 素晴しいペンをありがとうございました。久し振りに手書きの楽しさを味わうことが出来ました。ふり返り、いいNHKライフに恵まれたと、つくづく思います。仕事で司馬さんにもらったキイワードから、子規・漱石・司馬遼太郎・三島由紀夫、ひいては後藤健二君に至るまでの日本男児にふりかかる問題について、考え込まされています。上に老親ひとり、下に二世帯孫五人という四世代家族の中心に居ますが、歴史認識を間違えないことが、年寄りの存在理由のひとつと思うこのごろです。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2016年3月 7日 ) 

(米寿会員からの返信)
田中 昭三さん  (管理 昭和59年退職)
 米寿の記念品拝受お礼申し上げます。半寿から米寿そして卒寿へでしょうか。私とNHKとの出逢いは、昭和20年4月、砧の職員養成所入所式でした。その折唱和した「五省」を当時の私の日記から拾いました。一、至誠ニ悖ルナカリシカ 一、言行ニ愧ズルナカリシカ 一、気力ニ欠ケルナカリシカ 一、努力ニ憾ミナカリシカ 一、不精ニ亘ルナカリシカ(旧海軍の訓戒)でした。ありがとうございました。 

(喜寿会員からの返信)
新開  智さん  (技術 平成7年退職)
 本日は大変結構な喜寿の祝いの品を有難うございました。上着の内ポケットに入れて、何気なく使う優越感に今から浸っております。最近は、囲碁、料理、ボランティアなどで、地域の方々との輪も広がり、毎日元気で忙しく過ごしております。本日は有難うございました。まずは御礼と近況報告まで。 

中村 治郎さん  (営業 平成8年退職)
 なんとか喜寿を迎える事が出来ました。残念ながら早く逝った6人の同期の冥福を祈りたいと思います。現在町会副会長・新宿地域センター管理運営委員会総務部長・マンション管理組合理事長等ボランティア活動で多忙をきわめております。NHKOB会にも必ず参加しています。夫婦共に平均年齢を越えさらにその先まで元気を願っています。15才の愛猫と共に! 

鶴間栄一郎さん  (放送 平成11年退職)
 このたびは思いがけなく小生の喜寿の祝いの品として豪華な輪島塗りのボールペンを御恵贈下さり、誠に有難うございました。早速そのペンを使ってこのハガキを書いています。末永く愛用いたします。当方、気候の良い時は地域のボランティア活動に参加して、公園の草とりや花壇の手入れなどをしています。また、社交ダンスを習っていて、同年輩の女性たちと楽しくワルツやタンゴを踊っています。ダンスは頭と体の両方を使うため、健康には良いようです。旧友会の皆様の御健勝をお祈りいたします。 

池  成啓さん  (放送 平成8年退職)
 輪島塗のペン、ありがたく頂きました。果して、ペンより長生きできるか、どうか、それにしても、この齢までよく生き延びたものか、とつくづく思います。「クロ現」が、3月でキャスター交替とお聞きしていますが、国谷さんなくしてNHKの社会情報番組が姿を消してゆく?のはいかがなものか、「日本の素顔」「時の動き」を視て、NHK入局を目ざしたものにとっては、実に淋しい思いがいたします。乱文失礼! 

松川 英毅さん  (放送 平成7年退職)
 祝ペンありがとうございます。喜寿を「健康」で迎えることが出来た。かの69歳,「立派な糖尿病です。」と宣告刑。その為「方丈記(手の奴、足の乗り物)」精神を実行。2食、下着の手洗い、家事、買い物、下駄の散歩という運動。86キロあった体重も70キロ前後に落ち着いた。すべて自立・自律を主義に、医者いらず。この喜寿週間に10万歩を実行達成。おまけに洋服に下駄履き、着物をコートに浅草寺で記念撮影。ヤクザ、おかま、坊さん、チンドン屋と笑う者たち、米国人新婚さんに「すばらしい」と声をかけられた。85歳を健寿にと「母なる太陽」に誓った。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。 ( 2016年2月 9日 )

(米寿会員からの返信)
朝倉 大海さん  (放送 昭和59年退職)
 ふるさとは北海道、神威岳・空知川に囲まれた一寒村。昭和26年採用される。編成で札幌、東京、福岡、東京、帯広を一周。その後は家庭裁判所、広島・原爆否定の運動(目黒)をしています。酒と糖尿と斗いつつ、いつまでもつことやら。 

(喜寿会員からの返信)
吉谷 英輔さん  (管理 平成7年退職)
 思い掛けない祝品を頂き、感謝感激しています。この頃は会館運用部時代の仲間5人と共に年5~6回のドライブ旅行を楽しむと共に町内会の年寄り3人で90歳迄生きようと毎日1時間の散歩に励んでいます。この上は一層健康に留意し、取敢えずは「旧友会報」の米寿欄に名が乗るよう頑張りたいと思います。有難うございました。 

川島 鑛司さん  (放送 平成7年退職)
 喜寿の日をまずまずの健康体で迎えることができました。その平安に感謝しつつ日記を書こうと思っているところへ祝いの水性ボールペンが届きました。そのうれしさを早速日記に記入いたします。もちろんおニューのペンでです。ありがとうございました。

福田 啓二さん  (放送 平成11年退職)
 喜寿祝いの品、ありがたく拝受しました。去年の正月は、退院直後の誕生日を迎えましたが、今年はどうにか回復してきています。もう一花咲かせたいと思いますが、寒さぎらいが益々強くなっています。消極的にならずをモットーにやっていく所存です。ありがとうございました。

増井 俊二さん  (放送 平成11年退職)
 スタッフの皆様、寒中御見舞申し上げます。今度は思いがけなく輪島塗蒔絵の水性万年筆を頂き誠に有難う存じました。趣味の根付(小さな彫物)同好会「日本根付研究会」が今年40周年を迎え錦糸町の「たばこと塩の博物館」に於250点あまりが4月から2ケ月展示されます。目下大半を御協力頂く博物館の関係書類、その他会員の一人として少々協力しております。江戸時代の根付のバイブルと云われる資料本の(小生持参の古本)中から選定しお貸しする予定です。1~2月は打合進行中。又、身体は毎日多摩川上水を1万歩を実行しており何んとか元気にやっております。

岡部 安男さん  (管理 平成8年退職)
 私の77才の誕生日に喜寿祝品を頂きありがとうございました。家族から誕生祝をもらうことはありませんので、驚きと喜びを感じました。これからも、地域住民と一緒になって、健康づくりに励み、長寿をめざしたいと思っています。敬具。

真武 鎮雄さん  (管理 平成7年退職)
 いつの間にか77才と長生きすることができました。友人の何人かから訃報を受け取るようになりました。これからも健康に気をつけて毎日を送ろうと思っています。お祝でいただいたペンで友人との文通を続けたいと思っています。ありがとうございました。

橋爪 幸正さん  (放送 平成8年退職)
 近所のスポーツジムで知り合った友人達と5年程前から「政治と経済を語る会」をつくり、月に1回、近くのイタリアレストランに集まり、昼食を摂りながら、最近の日本と世界の政治や経済について語り合っています。平均年令78歳。元銀行員、自動車セールスマン、ダム建設社員、セメント会社経営者、それに小生の5人。右から左までの論客が歳を忘れて談論風発。ボケ防止にもなり、毎月の集まりが楽しみです。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2016年1月 6日 )

(米寿会員からの返信)
金森 誠也さん  (放送 昭和52年退職)
 終戦の時、陸軍経理学校生徒陸軍兵長でした。あれから70年、どうにか生存してきました。小生大卒後25年NHKで働かせていただき、その後26年大学の教官をつとめ、今日のんびり花鳥風月を愛してくらしています。しかしNHKは面白かったです。

 前川 早之さん  (事務 昭和58年退職)
 米寿祝いの品お送り頂きまして有難うございます。日常生活は週3~4回、軽自動車で家内を連れてジムのプールで2人して泳いでいます。一人の時は近くの市営プールでマスターズ水泳仲間と競泳の練習をしています。マスターズ水泳大会には年6回ほど出場して毎回メダルを頂いています。下手なゴルフは月1~2回楽しんでいます。日常の散歩は原則として毎日40~50分を目安にしています。年2回、娘夫婦家族と我々2人の4家族通信を写真入りで発行して現在58号です。月1~2回、小学生の通学見守りの交通整理に参加しています。 

(喜寿会員からの返信)
倉田 定宣さん  (管理 平成10年退職)
 賀壽の祝を身内からもらうことも鮮くなった当今。喜び一入です。老耄の身に鞭打って命終のいま、言論の自由のために一声をと念じています。 

江尻 卓郎さん  (技術 平成10年退職)
 振り返って戦中、戦後の厳しい時期も通って、何とかここに辿り着いた感もしています。21世紀が9・11で始まり、現状の混乱の世界になろうとは想定外でした。最後まで心身とも自立した状態で、が願いです。 

中林 幹雄さん  (技術 平成10年退職)
 平成27年師走15日、喜寿を迎えました。東京旧友会から気品のある記念品を頂き大変感謝しております。お陰様で今日迄元気にしております。近くに貸農園があり無農薬野菜を作り、近隣にも食してもらっております。生きがいとは自分の存在に意味を与えるものと思い、これからも毎日を大切にしたいと思います。ありがとうございました。 

小林  豊さん  (技術 平成7年退職)
 77才の誕生日を、横山大観ゆかりの宿「熱海大観荘」1泊で家族が祝ってくれました。三つの大浴場をハシゴしたうえ、年寄には過ぎた豪華な(?)料理を堪能し、翌日自ら運転して帰宅しました。タイミング良く旧友会からいただいたペンでこの文を書きました。日常は健康長寿をめざし、ウォーキング、ゴルフ、ハワイアン演奏等に励んでおります。今日行く所がある、今日用事がある=教育・教養がモットー。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 2015年12月 2日 ) 

(米寿会員からの返信)
米田    武さん  (放送   昭和58年退職 )
米寿のお祝いをありがとうございます。私の周囲にいらっしゃる旧友の方々は気持ちのお若い方が多いせいか、その後を歩いてゆくうちに私もいつの間にか80の坂をゆっくりと歩いていました。60数年をふりかえれば、よき先輩や友人たちにめぐまれた折々でありました。感謝

(喜寿会員からの返信)
大岩 洋和さん  (技術 平成7年退職)
 お祝いのペンありがとうございました。喜寿にもなると、健康な人、そうでもない人の格差が見た目にも大きくなるような気がします。長い道中でのストレス、無理、不摂生など蓄積の結果なのでしょうか。私は今年になって間質性肺炎と判り、打ち勝つべく全身運動に努力しています。最近のNHK報道は、安倍総理の顔ばかり目立ち、何処かの独裁政権国と似てきました。籾井会長と茶坊主経営陣に任せていたら、これまで築いてきたNHKへの信頼が瓦解してしまうのではと心配しています。 

金子 誠嗣さん  (放送 平成7年退職)
 喜寿祝の品をお贈り頂きありがとうございました。45年前(1970年12月)に新日本紀行「波涛の太鼓~奥能登」を担当し寒さ厳しい奥能登で2週間、御陣乘太鼓と輪島塗りの塗師誕生までを中心に16ミリカラーフィルムで撮影しましたので遠きよき時代を懐かしく思い出し大事に愛用させて頂きます。お陰様で早朝70分の海岸ウォーキングはじめスポーツクラブに通い老いて益々元気です。(娘のところに出かけておりお礼が遅れ失礼しました。) 

大堀 隆之さん  (放送 平成10年退職)
 母校のマスコミ出身のOBによる活動や有志の研究会に参加して情勢に遅れをとらないようにしています。個人では友人・知人と「よもやま会」なる集りをして、例えば“知能を持つ車”といったテーマで雑談をしたり、川柳俳句をひねったりして楽しんでいます。 

橋本 和彦さん  (放送 平成7年退職)
 体力を少しでも補おうと毎日自宅から品川駅周辺まで1万歩を目指して歩いています。品川駅周辺は広大な車両基地があり、ここに山手線では40年ぶりの新駅が2020年に誕生します。品川に住み始めて20年。品川が新しい街に変貌し、東京オリンピックが開催されるその日まで元気に歩き続けたいと思っています。(末筆ですが素敵なペンをありがとうございました。)

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 11月 6日 ) 

(米寿会員からの返信)

高橋 一誠さん  (管理 昭和58年退職)
 永らえば苦しいことのみ多いこの頃ですが、元気で気分よく米寿を迎えました。その誕生日は近親に誘われて約2時間のバスにゆられ「水戸の千波湖」に昇る仲秋の名月を見ていました。白鳥のただよう湖の天空にすっきりと黄色い月が昇っていく。NHKのウォッチ9にもスーパームーンと紹介され嬉しい冥土のみやげになりました。仙台萩の暗やみの中の月の茶会も楽しかった。エンジニアーとして入局したばかりの孫が私の志のキズナをつぐことになったのをヂヂバカで喜んでいます。帰宅すれば米寿デジタル時計が届いていました。有難うございました。 

金輪 守一さん  (技術 昭和58年退職)
 前略。10月27日に私の米寿の誕生日に(株)日新堂様から美しい電波時計が送られて来ました。今後長く愛用させて頂きます。本当に有難うございます。こころからここに御礼申上げます。最近は動作が大変にぶくなりましたが、それなりに楽しく町会や老人会に微力ながら協力させて頂いております。それでは、東京旧友会の会長様はじめ皆様益々お元気でご活躍・ご発展をお祈り申上げます。敬具。 

(喜寿会員からの返信)
瀬田 光彦さん  (放送 昭和10年退職)
 今日、77才の誕生日に、思いがけない素敵な祝品を拝受しました。旧友会から旧友会から喜寿祝を頂けるなんてすっかり忘れていましたので、驚くやら嬉しいやら、良い記念日になりました。厚くお礼を申し上げます。幸いすこぶる元気に過ごしていますので、これからの時間をゆっくりと楽しみたいと思っています。ありがとうございました。 

山本 哲生さん  (技術 平成7年退職)
 このたび、喜寿の祝いの豪華な素晴らしいペンを頂き、ありがとうございました。年齢相応に楽しく暮しています。しかし世界は厳しく、紛争が絶えず、環境は悪化し、経済も低迷し、光が不透明な状況です。こんな中、ノーベル賞日本人の受賞者が出て元気づけられます。これからの将来が明るくなるよう人類の英知をしぼって希望の持てる未来を開いていただきたいと思います。年と共に皆様のお世話になることが多くなりますが、少しでも若者のために役立ちたいと思っています。関係各位の皆様ありがとうございました。 

濱岡 功一さん  (放送 平成7年退職)
 お祝いの直前に交通事故で左足が腓骨神経障害となり、杖が欠かせない生活へと激変!「一念通天」川崎大師薬師如来のなでお守りを身につけてのリハビリの毎日です。「奉仕・連帯・創造」の信念がゆるぎはじめ、モーツァルトから石原裕次郎の世界までをSDカードに収録して聴く小世界へ。昭和史をじっくり読み返してもいます。再び活動的になれる日を夢に描いて、今日も杖との二人三脚です。 

大竹 良雄さん  (営業 平成10年退職)
 定年後17年になりました。今朝足立区民スポーツセンターで1~2時間ジョギングして来ましたが、最小8キロ歩いていましたが、現在は4キロが精一杯です。又、友達と話し合うことが楽しみです。体力がおとろえてきましたが、続けていきたいと思って頑張っています。 

神田 茂生さん  (技術 平成10年退職)
 山梨と松戸にいる4人の曽孫に恵まれ、幾つかの大病を克服してきた今は、準健康老人と云ったところです。全国から注目の武蔵小杉(川崎)の地元で福祉のボランティアを続けてきて、現在、5年目の町内会長で頑張っています。皆さんに感謝!! 

大内山正則さん  (技術 平成7年退職)
 贈り物有難うございます。70才を目前に潰瘍性大腸炎になり、6年間入退院を繰り返してました。下血はする、熱は出る、腹は痛いで暗い毎日でした。そこで思いきって大腸の全摘手術を受けました。結果は良好。術後1年半、今では元気になり、家庭菜園、卓球に旅行と遊びほうけています。酒も飲めるしおいしい物が食べられる、そして、かなり激しい運動ができる。あの6年間の闘病生活は何だったのか・・・。健康で、友がいて、趣味があり、酒が飲めるって、本当に最高ですね。あと年金がもう少し多ければなお・・・。 

小出 雄一さん  (放送 平成10年退職)
ラッキーセブン、「7」が重なる良き歳を迎えて、よく生きてきたな!と自分でも驚いています。前橋ニュース卒業以来、365日毎日が休みという願いは叶えられていませんが、17年過ぎた今でも仕事にかかわりが有るということは感謝しなければならないと思っています。幸い健康にも恵まれて、北関東の自然豊かな地で、庭に来るチョウチョを見ながら、満足感、充実感に浸りながら、それなりの毎日を元気に過ごしています。結構な喜寿祝の品を戴き心から感謝しております。有難うございました 

川本  武さん  (技術 平成9年退職)
 喜寿のお祝い品誠に有難うございました。この歳まで大過なく迎えた事に感謝しつつ余生もこの調子を維持出来る事を願う昨今です。しかし、現実は腰や肩の筋肉に硬さを感じますが、脳だけは柔軟性を保持するようにIT機器を駆使して情報化時代に乗り遅れないように努力しています。日常的には趣味(撮影旅行や卓球)を通じてコミュニティ活動に精を出し、楽しみながら足腰を鍛えています。(ペンを使う機会が少なくなりましたが、頂いたペンで書かせて頂きました。)ありがとうございました。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 10月 6日更新 ) 

(米寿会員からの返信)
原 善三郎さん  (放送 昭和59年退職)
 おかげさまで何とか米寿を迎えることが出来ました。ありがたいことです。でも、むしろたいへんなのはこれからです。目下の心配は認知症で、老妻と共にどうこれを回避出来るか話し合っています。むづかしいことは駄目なので、毎日の生活に①なるべく笑い ②会話を忘れず ③自分の足で歩く、この3つぐらいを心掛け、少しでも明るく楽しく生きられたらと思っています。

武田 智子さん  (管理 昭和55年退職)
 本日は素敵なプレゼントを頂きました。有難うございます。大切に使わせて頂きます。主人も亡くなり、いまは一人ぐらしをしております。幸い風邪もひかず元気ですが、足腰は弱くなりました。 

川平 朝清さん  (管理 昭和58年退職)
 1945年旧制台北高校から学徒動員で帝国陸軍へ、特別甲種幹部候補生になるも6ケ月で敗戦、沖縄に引揚げる。1949年米占領軍の日本語ラジオ局に入り、以来沖縄の商業・公共放送を経て1972年NHKへ。40年にわたる放送界から教育界に移り20年を過す。現在二つの財団法人の理事として社会活動に従事出来る幸せを味っている。戦後70年、かく命長らえていることにただ感謝の気持ちで一杯です。 

青野賢太郎さん  (放送 昭和59年退職)
 米寿お祝いの品、有難く拝受しました。昭和の初めに生を受け、戦争、敗戦、窮乏から高度成長、バブルから再発進と長い年月でした。世は地震、津波、噴火、大風・大雨と騒がしく、又、外でも米中争覇、株乱高下と騒がしい形勢です。幸いわが家は、夫88才、妻80才、家族の助けで無事、日々を送っており、この平穏な暮しが続くことが、今のささやかな願いです。 

(喜寿会員からの返信)
五十野 惇さん  (放送 昭和50年退職)
 喜寿のお祝いの品をいただき、ありがとうございました。ボールペンの手紙からこれからは万年筆の手紙。なんだかワクワクします。まだまだ未熟な作品ですが、一家でつくりあげた「パピーちゃん絵本」「あいうえお・数の音感あそび」の紹介をブログやフェイスブック、それからYouTubeで発信しております。[検索→五十野惇] 

山田 和男さん  (管理 平成10年退職)
 今回は喜寿のお祝い品ありがとうございました。退職後のお手伝いを含め、50年を超えた年月を協会の発展とともに歩んできました。最近、頻繁に夢のなかに昔の上司・同僚が現れます(昨晩も・・・)。でも、無言でほほえんでは消えていきます。これからもスポーツジム通いで体力維持に努めながら今月のホームページの「健康寿命」を少しでも延ばそうと考えています。 

福岡  薫さん  (放送 平成7年退職)
 昨年9月にNHKGMの専門委員をやめてから一年。この間ミステリー小説を二本書き下ろしました。一本は中編で、400字詰め原稿用紙換算で360枚。もう一本は短編で80枚。ボケ防止の執筆です。健康の方は入眠剤以外の薬は一切処方されていません。二週間前(9/9)大切に残しておいた親不知を抜きました。根が腐ってきたのです。現在26本が自分の歯です。 

大濱 純三さん  (放送 平成10年退職)
 喜寿祝のメッセージと、美しい輪島塗のペンを、私の誕生日にお贈り下さいまして心から感謝申し上げます。NHK旧友会は会員のフォローやサービスが充実していて、誇りにさえ思います。私は1997年4月から、NHK文化センター横浜教室からのご依頼で、音楽鑑賞講座「名曲にしたしむ」の講師を務めており、2016年4月には20年目を迎えます。毎月第4土曜(原則)の10時半~12時半に、横浜ランドマークプラザ5階で開催、バッハ、モーツアルト、ベートーヴェンや日本の伝統音楽の名曲を、最も優れた演奏のCDやビデオで、受講者と共に楽しんでいます。どうぞどなた様でもお越しください。 

大西 英夫さん  (放送 平成10年退職)
 喜寿を文字どおり喜べる人は幸福です。男性はともかく女性が年をとることは残酷です。かつて世界一のグラマー女優といわれた美女アニタ・エクバーグは今年83才で亡くなりましたが、その顔の変貌ぶりは想像を絶するものです。しかし希望はあります。ジーナ・ロロブリジータは88才の今も美しさを保っています。人間は努力なのでしょうか。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 9月  1日更新 )

(米寿会員からの返信)
小倉 昭二さん  (管理 昭和59年退職)
 本日米寿祝に電波時計を送って頂き、誠に有難う御座います。家の廻りにはマンションラッシュで、ここ2~3年で五百戸以上が数年のうちに出来ます。その内に入る別棟にはスーパーが今月盛大に開店しました。私も毎日海迄散歩して、元気にして居ります。NHKの御発展と旧友会の皆様の御健康を心よりお祈り申し上げております。 

(喜寿会員からの返信)
菊池 晋一さん  (技術 平成10年退職)
 喜寿のお祝、有難うございました。これを機に77年間を振り返ってみました。昭和、平成は戦禍を越えて、日進月歩大きく変化しました。そこに自分の人生を重ねてみたが、特筆する事柄は何もありません。ただ77年間大過なく無事だったことは確かです。無事に感謝して“無事是名馬”とまとめてみました。 

岩崎 康彦さん  (技術 平成7年退職)
 自己免疫性溶血性貧血という厄介な病にかかり、ステロイド治療の為3ケ月入院、3月末自宅療養となりました。薬の副作用で多少苦しい時もありますが、病と折り合いをつけていくつもりです。好きなゴルフに没頭する毎日でエージシュートを目指しています。運転免許の更新も出来てホッとしています。 

布山  崇さん  (技術 平成7年退職)
 喜寿の記念品頂戴しました。健康寿命延伸都市松本は、今年から77才の喜寿祝いを廃止しただけに、旧友会のご配慮に感謝してます。仕事を離れてちょうど10年になりますが、この間、地区のソフトやゴルフサークルに入ったのがきっかけで、町内役員数年続け、今は民生児童委員を勤めています。アナ雪やアンパンマンマーチを覚えて幼児と遊んだり、小学校ボランティアや、独居独人見回り等が仕事です。書き心地良い輪島塗りペンで、エンディングノート書くつもりです。ありがとうございました。 

曽我部 搢さん  (技術 平成7年退職)
 昨年、高校時代の喜寿記念同窓会が郷里の愛媛県今治市であり、懐かしい友人に会ってきました。帰路は家内と「しまなみ海道」を今治から広島県尾道市へ向かってサイクリングをしてきました。途中の宿では夕食に地元の漁師さんが釣ったという目を見張るような鯛の浜焼きが出ました。しまなみ海道からの瀬戸内海の海と島々と橋の美しさは世界遺産にしたいような絶景だと思いました。 

井鍋 正良さん  (放送 平成7年退職)
 七十七歳の誕生日の今日、美しくも豪華なペンを拝受いたしました。心からお礼申し上げます。高熱が続くことをいぶかりながら医者に行くと、肺炎と診断され5日間入院しました。今はすっかり元の生活に戻りましたが、自らの歳を再認識いたしました。頂いたペンを使ってこのお礼を書きました。 

小笠原 章純さん (放送 平成7年退職)
 この度はありがとうご座居ました。近頃、人の名、固定名詞が出てきません。老いの坂道を登っているな、とは感じますが、世阿弥のように「萎れた花を面白い」と見る心境には、とても至りそうにもなりません。“焼きもの”作りに月4~5回行っていますが、15年近くなるのに相変わらず下手です。目の不自由な人の「音訳」作りをやっているボランティアグループとのおつき合いは、7年目。月1~2回小田原へ通っています。

岩本  汎さん  (放送 平成7年退職)
 豪華な喜寿祝、ありがとうございました。長生きはするものです!身体の部品いろいろ故障はありますが、ポンコツ車もまだ健在。今も週1回海外メディア情報のお手伝いで放送センターに顔を出しています。この他、米国留学奨学基金の手伝いや同窓会の仕事でもちょくちょく外出。月1回の料理教室通いも続けています。在宅の日はスポーツクラブ、ベランダでの菊作りとあまり暇をもてあますことはありません。 

矢花 光弘さん  (技術 平成10年退職)
 今年は自治会の役員を仰せつかり、間もなく開かれる納涼大会ならびに市民体育祭に向け、大忙しの毎日を過ごしております。今まで自治会活動にはそれほど関心を持っていませんでしたが、その報いが今にきているようです。ここでも高齢社会に違わず年配者の活躍が目立つようです。熱中症に負けずに任期を全うしたいものです。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 8月 31日更新 ) 

(米寿会員からの返信)
吉見  正さん  (営業 昭和59年退職)
 結構な品をありがとうございました。早速手もとに置き使用させていただきます。戦後の混乱期に入局してNHKの発展期を共に生きてきた思いと、今米寿を迎えられた喜びに感慨一入のものがあります。年相応に身体のアチコチにガタが来ておりますが、定期的に診療を受けながら庭先の菜園で汗を流し、碁を楽しみ、郷土史を勉強したりで健康維持に努めております。NHKが一層の存在価値を高め視聴者の信頼を得るよう努力することを願い、最後になりましたが旧友会の益々の発展を祈念しております。 

篠原 弘安さん  (管理 昭和59年退職)
 本日は、8/4結構な品を頂き、ありがとうございました。省えるみるに私の中でのNHKは人生の宝でありました。余令を陰ながら応援するとともに、旧友会の今後ますますご発展される事をお祈り申しあげます。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 7月 14日更新 )

(喜寿会員からの返信)
星  兼雄さん  (管理 平成5年退職)
 〇恒例の美術団体展、第89回国展(国立新美術館‒名古屋・大阪巡回中)に150号の作品を出品、当団体の事務局で運営に労している。〇4~5月、駐日アラブ外交団の招きで「日本人芸術家によるアラブ世界の印象と表現展」(オマーン・スルタン国大使館)に出品、高円宮妃らと懇談、後日オマーン・バーレーン・パレスチナ他6ヶ国の大使夫妻またはご家族を国展に招待、交流を深めている。 

篠遠 哲夫さん  (放送 平成10年退職)
 77歳の誕生日に思いもよらぬお祝の品をお贈り頂き有難うございました。見事な輪島漆りのボールペンは書き心地なめらかで、様々な思いを湧き出させてくれそうです。折しも連続TV小説「まれ」の舞台は輪島。五年前に訪れたかの地の風物も懐かしく、以来わが家の塩は能登産です。ドラマ制作でご一緒した同世代の中には、この年を迎えることなく亡くなった方も多くなり、暫しその面影を偲ぶ一日になりました。合掌 

辻   勝さん  (放送 平成6年退職)
 旧友会から思いがけずも、お祝いの記念品が届き、家族とのささやかな「喜寿」祝いに花を添えることができました。「野球は心に少年が宿る」・・・今、週2~3回の日程で、野球に熱中し、子ども時代の夢を追っています。還暦チームでは投手として、60マイル、100キロの直球を投げています。球種も5種類ほど使い分けています。報道局が強かったあの富士見グランドでの思い出を懐かしみながら、まだまだ現役を続けていくつもりです。 

戸叶 勝也さん  (放送 昭和63年退職)
 2014年3月末に日本大学経済学部を退職。以後、自宅で翻訳の仕事に専念しています。ドイツの人気作家(19世紀後半に活躍)カール・マイの作品を『カール・マイ冒険物語~オスマン帝国を行く~』(朝文社)全12巻の形で翻訳刊行中。2015年6月現在、第6巻まで刊行されています。 

村上 忠司さん  (放送 平成6年退職)
 毎日400メートルを泳ぎ、ゴルフの練習も欠かさないようにしています。2年前から町の写真クラブを立ちあげ、毎月作品を持ちよってお互いに講評しあっています。今のところ入院するような大きな病気はせずにすんでいます。健康が財産だと思ってこれからも体力づくりに励みたいと思っています。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 6月 4日更新 )

(米寿会員からの返信)
福田 和夫さん  (技術 昭和58年退職)

 お祝いの品、誕生日の午前中にお届け頂き、誠に有難う御座いました。退職してから在職期間と同じ位の年月を経た今日、このようなお心遣いを頂けるとは唯々感謝あるのみです。私は現在も旧友会のクラブ活動「吟詠会」に月二回参加させて頂いており、心房細動、無呼吸症候群、その他の持病を持ちながら吟の臍下丹田からの発声法が思いがけない長寿に繋がったものと信じています。今更ながらNHKに奉職できた幸せを深く噛みしめるとともに、この会を支えて頂いている奉仕の皆様方に心から篤く御礼申し上げます。本当に有難う御座いました。 

林  信行さん  (技術 昭和58年退職)
 米寿のお祝い有難うございました。欲しかった品なので喜んでおります。この齢まで特別な健康法などしていませんが、幸い足腰も丈夫なので出来るだけ出歩き、月1~2回のコンサートと、週1回の囲碁サークルに通っています。 

(喜寿会員からの返信)
安國 五雄さん  (技術 平成7年退職)
 早速に喜寿のお祝い、有難うございました。〇毎朝6:30神社の杉林で20人が待つラジオ体操を続けて11年目になります。〇毎週1回のテニスを富士見ヶ丘で始め、今は神宮外苑テニスクラブで楽しんでいます。45年目。〇毎月1回「江戸ソバリエ」の仲間で手打ち蕎麦を。旨いので止められません。17年目。〇コンスタントな生活リズムを続けていると体調の変化が捕らえ易く体調管理に助かります。介護で周囲に迷惑を掛けない健康寿命で全うしたいものと念じております。

半田  旭さん  (技術 平成7年退職)
 思いもしなかった喜寿の祝いをありがとうございました。先輩を思う旧友会の温かさに胸が熱くなりました。最近は体にガタを感じるようになり、好きなゴルフも3年前から無期休業状態。なんとか続けているのは旅行社が企画する、あまり歩かずに撮影場所に行ける撮影会です。主に自然・山の風景写真です。良い空気を吸い、適度に歩くフォト旅行を楽しんでいます。(脊柱管狭窄症の手術をするか否か思案中)

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。( 5月 9日更新 )

(米寿会員からの返信)
十文字 茂さん  (技術 昭和58年退職)
 此の度は「米寿」の記念品をお贈り頂き、有難うございました。私の近況としましては、年令の割には至極元気で、多少体力・聴力・記憶力の低下の自覚はあるものの、現在も車を運転し(安全には十分気をつけて)毎月1回のNHK大秦野会や、NHK大昭会のゴルフ、亦、かつての山歩き仲間との月1回の渋谷での会食等々、外出の機会をそれなりに計って元気に過しております。今後共どうぞ宜しくお願い致します。 

高石 昌人さん (放送 昭和58年退職)
 米寿のお祝いの品有難うございました。津軽の海を渡って社会部記者を振り出しに33年余でNHKを卒業。間もなくエンタープライズを設立。そのエンプラが、3月総業30周年。その間すばらしい仲間に恵まれた事に今更ながら感謝感激一しおです。しかし去年の夏私は大腸ガン手術、年末妻が脳梗塞で入院。それぞれ身体の不具合に居り合いをつけてモタモタ暮しています。漸く陽春を迎えリハビリを始め、この秋には姉や弟のいる道東めぐりを目指しています。実現するか。 

(喜寿会員からの返信)
笠井 重治さん (放送 平成6年退職)
 喜寿祝いありがとうございました。昨年は予想外の大病となりましたが、今は元気になり体力回復につとめております。今年は戦後70年、小1だった私ですが、空襲警報のサイレンの音、防空ごうの冷たい土の臭い、小さいながらつらい戦争の体験を覚えています。先日両陛下がパラオ訪問を前にあいさつをされました。「太平洋に浮かぶ美しい島々でこのような悲しい歴史があったことを私どもは決して忘れてはならないと思います」と…。どうかこれからも平和が続きますように…。喜寿をむかえた私の願いです。 

小川  武さん(技術 平成7年退職)
 古希のときと比べて体力・気力がだいぶ衰えた。でも、まだやりたいことが沢山ある。今、頭に描いていることは死ぬまで(いつまでなのかわからないが)にやり切れるだろうか。若干焦りも感じている。そこで、「今」が一番楽しいと思うことにしている。(頂いたボールペンで書いています。ありがとうございました。) 

年田 嗣郎さん  (技術 平成7年退職)
 喜寿祝として輪島漆器の素敵なペンを頂きました。旧友会事務局のみなさまの心配りに感動しています。“77年”、よくぞ生きてこれたと思います。沢山の人々の情のお陰です。これからの一日々を大切に過してまいります。ありがとうございました。 

渡辺晋太郎さん  (管理 平成6年退職)
 思いがけないところから、思いがけない贈り物をいただき、10年若返りました。ありがとうございました。小生、平成18年に設立した「NPO国際日本語コミュニケーション研究所」を通して、外国人の子供たちの日本語と教科の学習支援を続けています。今、12か国32人の子供たちが学んでいます。あと10年くらいは頑張りたいと思っています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(4月3日更新) 

(米寿会員からの返信)
後藤 實さん(技術 昭和59年退職)
 米寿を迎へ東京旧友会よりお祝いの品をいただきました。ありがとうございます。近況は足腰が弱まり歩行がやや困難の状態ですが、気力の上では白寿をめざし頑張っています。

木村 鍈一さん(放送 昭和59年退職)
 御祝いの品有難く拝受。小生、二病息災にて、終に婦唱夫随で、専ら19世紀の音楽家達を支えに元気で居ります。

伊賀 良雄さん(管理 昭和59年退職)
 米寿祝の記念品を頂きまして有難うございます。大切にします。私は米寿を期に地元の男声合唱団を退団致しました。今までは男性合唱を愉しんでいましたが、これからは別の趣味をみつけて愉しみます。皆様もお体大切にお過しください。 

藤井 長蔵さん(管理 昭和59年退職)
体が動けるうちに便利な余生を送りたいと考え、夫婦揃ってホームに移りました。半年経過、やっと落着きました。通院、散歩などが主な仕事?となっていますが、次の卆寿を目指して頑張っています。旧友会の発展と会員の方方のご健康を祈っています。 

島田 博司さん(放送 昭和57年退職)
 突然、米寿のお祝いを戴き有難うございました。当日集まった子供や孫達も「NHKはあたたかいね」と喜んでいました。その夜の私の回想、昭和28年・湯川秀樹氏夫妻へのインタビューをはじめ、完成第1号の下り新幹線の運転手、津軽海峡のトンネル工事現場、福島に完成した原発、東北の三大祭等々今は昔の現代史です。(蛇足ながら)入局前立川で教師をしていたので、昨秋彼らも米寿を祝ってくれました。NHKも大変な時期だとひしひしと感じます。でも、それら内外の困難を乗り切ってゆく力を十分に持っているNHKだと思います。御奮闘を切にお祈りいたします。 

(喜寿会員からの返信)
森川 博史さん(営業 平成10年退職)
 喜寿のお祝いをいただきありがとうございました。改めて人生を振り返りみて、色々な反省や、やり残した事が沢山ありました。でも健康には恵まれ感謝しております。今後も一層精進し身も心も余生楽しんで参りたいと思います。ありがとうございました。 

西村 勲さん(営業 平成5年退職)
 心あたたまる記念品をいただき、ありがとうございます。早いもので退職して22年になりました。時々散歩等をして健康に気をつけてます。これからも仲間の方々を大切に、一日を大切に前進したいと思っています。ありがとうございました。 

鈴木 信夫さん(管理 平成4年退職)
 けっこうなものをいただきました(蒔絵軸ボールペン)。若いころなら、まちがいなく似つかわしくないものですが、若くない今、それらしくなっているかどうか、本人にはわかりません。外国にいる孫と休日ごとにスカイプです。長女がパンを買いに行っている間もつけっ放しで、遠距離子守りです。協会をおおうもう一つの暗雲をどうにか吹きとばしたいものです。みなさま、お元気で、お過ごしを。 

岸川 淳一さん(放送 平成6年退職)
 祝の品、ありがとう御座いました。後期高齢者となり、人生の一本道をトボトボと、時折、NHKテレビを見、ラジオを聞き乍ら、心の中でキャッチボールをしております。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(3月2日更新) 

(米寿会員からの返信)
彦坂 良平さん (技術 昭和58年退職)
 暦の上では立春とは云え寒さが続いております。さて、この度は私の米寿に際し、御丁寧なお祝い品を賜り誠に有難く心より御礼申し上げます。私も、おかげさまで足腰の衰え、疲れ易さなど、目立ってきましたが、さしたる大病もなく米寿を迎えられました有難いことです。旧友会報、楽しく、懐かしく読ませて頂いてます。事務局の皆さまの御苦労を感謝、今後ともよろしくお願いいたします。 

薄葉  昭さん (技術 昭和57年退職)
 前略、本日(2月1日)米寿祝いのお品戴きました。ありがとうございました。思ってもいなかったお祝いを戴き感謝いたします。お陰様で元気に日々暮しています。年をとると朝早く起きると申しますが、何歳になっても寒い日の早起きは辛いものです。出来るだけ毎日散歩をし健康管理をしています。NHKのこれからの発展を願っています。 

宮川  哲さん (放送 昭和59年退職)
 元気でやっています。現在滝の川リハビリセンターにお世話になっています。またみんなと一杯呑みたいと思っています。御祝い有難う御座居ます。 

(喜寿会員からの返信)
枡野 文昭さん (放送 平成7年退職)
 喜寿祝品有難うございました。文字を書く機会が少なくなってきましたが、せいぜい使わせていただきます。世の中の移ろいが、これでいいのかと憤りつつ、呆れつつ農作業や能楽、俳句など同好者と楽しみながら余世を送っています。「白玉の歯にしみ通る・・・」夜の酒が一番の癒やしです。 

武田 光弘さん (放送 平成6年退職)
 板谷様、旧友会の皆様、ありがとうございました。今年で13年目のパリ滞在ですが、シャルリ・エブド社の事件から続くテロの波を考え、4月からの予定を今どうするか迷っています。77才のエトランゼの独り住まいは、これまで事故なくこなして来たのですが。今年の個展、そんなことでどうなりますか。少々迷っているところです。 

朝倉 宏哉さん (放送 平成6年退職)
 誕生日の朝、旧友会より喜寿のお祝いが届き、うれしいことに紋様入りの立派なボールペン。早速、犬を連れて花見川沿いの遊歩道を遡行、妙力弁天で魂入れをしました。往復16km、4時間の大散歩になりました。私は退職後、62~71歳までマラソンに凝り各地の市民マラソンに91回出場、90回完走しました。今はダンベル体操と朝夕の犬の散歩が健康法です。昨年は国民文化祭の現代詩の選考委員長を勤めました。これからは喜寿祝いのペンで妙力のある詩を書ければいいなと思います。 

木村 太郎さん (放送 昭和63年退職)
 喜寿というと大変な年寄りのことと考えていましたが、自分がその年齢になってみると「まだまだ」と現金に思うこのごろです。「雀百まで…」と言いますし、いましばらくは頑張ります。素敵な記念品をありがとうございました。 

八重樫克羅さん (放送 平成7年退職)
 「賀状書くこの世といまだ結ばれて」・・・今年の正月詠です。仲間世代がぼちぼち鬼籍に入っていることを思えば、こうして喜寿のお祝いを頂ける事を有難く思っています。近況と言えば目下の一番の心配は協会の経営陣ですが、それはさておき、個人的には有料老人ホームに入居してはや一年となったこと、そして5年ほどまえから腰を据えて詩作を始め、朝日新聞埼玉文化賞や伊東静雄賞(奨励賞)などのいくつかの賞に恵まれたことでしょうか。人生の始末をつける環境を選びながら、文章世界でデビューを試みる・・・紅葉マークに若葉マークをつけて走行しているような、矛盾のある日々ですが、生来の貧乏性で結構忙しく暮らしています。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(2月2日更新)

(米寿会員からの返信)
石井 昭和さん (技術 昭和57年退職)
 お祝品ありがとうございました。ご無沙汰しております。このほど米寿新年を単身で迎えました。昨夏以来自力歩行が困難となり歩行器やヘルパーさんの協力を得て動いております。またリハビリディサービスとヨガ教室に通い健康維持に努めています。永年地域の福祉・災害ボランティアをやってきているので、災害時にはNHK旧友会コア会員としても地域情報収集に当って参る積りです。

(喜寿会員からの返信) 

萩原 新三さん (放送 平成6年退職)
晴歩雨読
多病息災
不識世間
家族談笑
平穏安心と云ったところです。
思いもかけぬプレゼント、ありがとうございました。

冨井 秀弥さん (管理 平成10年退職)
 水性BP、扇面を平成27年1月8日に受領致しました。有難う御座います。冬と真夏を除き、筑波山へ登ったり、塩原、箱根の山々等へは2泊、温泉へ浸かり、登っています。どこの山でも頂上へ辿り着くと、やっとかと云う思いで、晴天の日など360度絶景を堪能しています。普段は近所の鬼怒川を毎日1時間から2時間余土手を歩いています。

 菰田 親応さん (放送 平成10年退職)
 いまだに落語二ツ目の追っかけが続いています。日本橋、浅草には週に2~3回通っていますが、新宿末広亭の深夜寄席だけは遠慮するようになりました。(21時半から23時まで)

鈴木 正男さん (営業 平成5年退職)
 ボケ防止を兼ねて陶芸教室に通っています。若干頭も使いますし、手指も使うので少しはボケ防止の効果を期待してのことです。また、窯から作品を出すまでは出来具合を確認出来ないので、作り始めから窯出しまでの間、わくわくしながら待つのも楽しいものです。期待はずれの場合が多いですが。作品は粘土の種類、使う釉薬、焼成の方法(酸化焼、還元焼他)によってまるっきり趣きが異なります。焼成には電気、ガス、灯油を使った窯が一般的ですが、薪を燃料とした登り窯もあります。登り窯は手間と費用がかかるため通常の焼き物に使うことは少なく、イベント的な使い方が多いようです。幸い通っている教室には登り窯があり、1年に1度焼く機会があります。赤松の薪から出る灰が作品にかかり自然の釉薬となって電気、ガス窯などではできないとても魅力的な作品になります。ただ、窯の中の置かれる位置によって灰のかかり方、炎の当り方が異なるので自分の作品がどこに置かれるのかは運、不運みたいなものがあります。いずれにしても自分の思いを形に現わして残せるのが陶芸の魅力でしょう。毎回、思いとはかけ離れたものばかりになってしまいますが、それはそれで楽しいものです。

 岡本 幸雄さん (放送 平成6年退職)
 美しいボールペンを有難うございました。早速筆おろしでこの葉書きを書いています。お陰様で今のところ大きな病気はせずに元気で暮しております。NHKの手厚い厚生策のお陰と感謝しております。最近とり沙汰されている内部のゴタゴタには心を痛めております。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(1月7日)

 (米寿会員からの返信)

 吉村 輝一さん (管理 昭和57年退職)
    脚、腰の衰えは否めませんが、何とか年齢相応の健康を保っております。趣味と健康を兼ねて図書館通いを続けております。小生にとって歩くことが唯一の運動になっております。書店で見かけた本をメモしておき、図書館で借用の予約をしておけば、本によってかなりの期間を要するものもありますが必ず手にすることが出来ます。ウォーキング、そして読書、これが近頃の小生の日常であります。

 (喜寿会員からの返信)

 境野  勝さん (放送 平成6年退職)
 最近心身の衰えを覚えたことにより、7年間続けていた俳句の同人誌の編集・発行を打ち止めにした。しかし、7年間につちかった句友との絆は固く結ばれており、引き続き吟行や句会などで、共に楽しむことを継続している。

 遠藤 俊郎さん (営業 平成5年退職)
 おかげさまで、喜寿を迎え結構なお品をお送りくださり、誠にありがとうございます。身体の状態は、短歌調で言えば「目にメガネ、耳に補聴器、歯にイレバ、腰にコルセット、尻にボラギノール」ですが、まあまあ元気にしております。旧友会の益々のご発展をお祈り申し上げます。お礼まで。

 徳江 利康さん (放送 平成5年退職)
 77年の人生が戦中、戦後にまたがり、あっという間で、戦後70年を物差しにすると、殆どを戦後に過越したことになります。日常生活は、組織を離れても出来る取材を軸に、仕事、野球、ゴルフ、読書サークル、雑誌への投稿、カラオケ、得意の駄洒落を駆使して様々な仲間と対話を楽しんでいます。片岡千恵蔵の当り役ではないが、或る時は夫、或る時は父親、或る時は爺ちゃん、或る時は野球選手、或る時は車の運転手etc.で頑張っています。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(12月17日更新)

喜寿会員からの返信

対馬 一成さん (管理 平成9年退職)
 月に2~3回のゴルフと折々の短歌詠みの日常です。妻から「おめでとう」で今日が始まり、二人だけのティータイムの時旧友会からの喜寿祝いが届きました。親より10年も長生きすることとなり、又、協会の恩人・知己で鬼籍に入った方も多く、過ぎし日々に思いを巡らせば生々流転の齣々に感慨が尽きません。家族のメモリーごとに植えた枇杷・キーウィ・オレンジ・柿の実りは小鳥だけでなく子や孫達を呼び寄せる為にも役立っているようです。

城取 俊昭さん (放送 平成元年退職)

  小中学校時代の仲間たちと開いた「喜寿祝いの会」の席で、2020年の東京オリンピックを見に行こう、と誓い合った。それまで達者でないと、彼らを裏切ることになる。戦時下の昭和18年、国民学校入学。爾来続いている友情をバックボーンに、日々、快食・快眠・快便を心がけ、オリンピック見物を果したいと思っている。昭和36年入局の記者同期30名のうち3分の1が物故者となってしまった。実に残念だ。

萩野 勝男さん (技術 平成9年退職)

  喜寿のお祝いボールペンを頂き有難うございました。お陰様で無事77歳を迎えられました。これも皆様の暖かい友情に守られてきたお陰と感謝して居ります。私も年相応の健康で暮して居ます。今後も宜しくお願い申し上げます。皆様の益々のご健勝をお祈りしています。

吉武 敏文さん (技術 平成6年退職)
 1300年前から20年に一度、社殿のすべてを新しくする「式年遷宮」の参拝と喜寿の健康を記念して1泊2日の「お伊勢参り」のバスツアーに出かけた。1日目は七五三の参拝客で賑わう熱田神宮、伊勢神宮の外宮は緑豊かな神域内にすべての産業の守り神と豊受大御神(とようけのおおみかみ)が祀られ、人影が少ない夕方の参拝になった。2日目は早朝の内宮を参拝し、神楽殿ではご祈祷の「大々神楽」の歌舞に感動した。内宮参拝後おはらい町とおかげ横丁を散策し、午後は二見浦を見学して鳥羽港から伊良湖港まで風光明媚な伊勢湾クルーズに乗り、古式豊かな儀式に触れ、思い出多い旅ができた。お祝いの品を送って頂き、ありがとうございました。

金子  泉さん (放送 平成9年退職)
 輪島漆塗りのPen、感激して頂戴いたしました。喜寿という年月をあらためて噛みしめています。3年前から母方の祖父母の孫たち(私たち)で年1回の集まりを持ち、語り合いの場を作っています。それぞれの所在地の地酒をもちより酌み交わし、翌朝は二日酔い状態ですが、うれしくもなつかしい晩餐会を楽しんでいます。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(11月11日更新)

 米寿会員からの返信 

野池 好男さん (営業 昭和57年退職)
 米寿にてお祝の置時計を頂戴致しまして有難う御座います。家族一同よりも宜敷くとの事。実は去年大腸の手術をしまして定期診断で行き体温38度近く2週間程入院となり10/18退院。返信遅くなりすみません。100歳を目標に体の歩行練習に努力していきます。皆々様に宜敷く伝え下さい。 

竹谷 房雄さん (管理 昭和58年退職)
 退職して30年が過ぎました。一時体調を悪くしましたが、今では健康そのもの、2人きりの生活をしています。米寿のお祝いの品どうもありがとうございました。今後共よろしくお願い致します。

松平 康さん(放送 昭和54年退職)
 お陰様で、さしたる苦労もなく早や米寿を迎えてしまいました。これも「NHK」
「NHK文化センター」で長らく仕事をしていたおかげと存じます。
「米寿の時計」ありがとうございました。

中山 堯さん(放送 昭和58年退職)
 何かと生き長らえて、今日は米寿と云う、その朝「旧友会からのお祝いの品」!
びっくりするやら嬉しいやら、御礼申し上げます。米寿ともなれば、いろいろと具合も
悪くなりますが、まあ何とか…。しかし、今問題は「家内への、所謂、老老介護」
…寝たきりから少しは歩けるくらいにはなったものの、「家事一切は小生」。今まで
好き勝手をやって来た罰、かもしれませんが…ツカレます。これから食事の仕度です
ので…この辺で!
 この度は、本当に有難うございました。 

竹中 哲夫さん(技術 昭和57年退職)
 本日は米寿の記念品を頂き、誠に有難うございました。昭和22年に入社して以来、
ラジオ、テレビ、FM等の建設関係を実施し、これ以外にはなく、もっぱらこの業務を
専門に実施し、今現在なつかしく、よく頑張ったなあと考えさせられます。これからも
旧友会の発展を心から期待しております。私も益々元気で長いきをしたいです。
本日は有難うございました。 

喜寿会員からの返信 

上條 行雄さん (放送 平成9年退職)
 この度は10月3日の喜寿誕生日に輪島漆NHK名入りボールペンをお贈りくださいまして誠にありがとうございました。旧友会の会員も減少する中で喜寿祝を頂けるとは思っていませんでした。先輩のボランティア活動を受け継ぎ、山梨県日中平和友好会会長として中国残留邦人等の身元引受人、自立指導員と帰国者の支援活動(日本語学習、住宅、就業etc)やボランティア活動グループとの交流、それに野菜を沢山作って配布したり頼られる喜びに浸っています。

 平田  宏さん (放送 平成9年退職)
 思いがけず喜寿のお祝いをいただき誠にありがとうございました。ここ数年生まれ育った鶴岡に少しでも恩返しをしようと、実家を使用して細やかな文化活動(?)をしています。ついこの前は知人所蔵の歌川豊國三代目、國貞の「江戸名所百人美女」や「今様源氏綿絵合」などを展示し、300人を超す愛好家に楽しんでもらいました。いつまで出来るかわかりませんが、続けられる限り頑張ります。

釣  譲一さん  (技術 平成6年退職)
 2年前に杖なしでは立ちあがれない状態になり、思いきって通所介護施設のデーサービスに通うようにしました。2年間訓練を受け、やっと杖なしで歩けるようになったことで、喜んでいたとき、思いも掛けなく誕生日の朝、喜寿の祝いを頂き、大変有難うございました。これからも女性群の多い通所介護施設で黒1点でデーサービスを続けようと思っています。

 竹越 治夫さん (放送 平成9年退職)
 記念の御品御恵贈下さり有難う存じます。公益法人の理事、監事などで元気に致しております。皆様の御健勝を祈念します。草々 

上村 博一さん (放送 平成元年退職)
 千葉県栄町の「さかえ市民みゆーじかるの会」来夏(2015)公演『印旛沼龍伝説』の脚本を書き上げたところです。4本目になります。栄町は横浜の自宅から3時間。人口2万余。旗揚げから5年。「ふるさとミュージカルで町おこしを」と、会に集う皆さん(大人も子どもも)のバイタリティに圧倒され、元気をいただいています。学生劇団・若い頃の自立劇団で果たせなかった夢が、喜寿にして花開く…?(素敵なボールペンありがとうございました)

太田 眞一さん(放送 昭和50年退職)
 故和田信賢さんが、双葉山破る古希まれなり、70連勝ならずの実況をされたが、小生がまさか喜寿の日を迎える日がくるとは?! NHK、テレビ朝日、山梨学院大学、福岡ソフトバンクホークスの通算53年の俸給生活を去年一杯で終えました。今年はフリーとなり、ドミニカ共和国見初めた?ウィリー・モー・ペーニャ選手と時折逢って片言のスペイン語と英語で話すのが楽しみの一つ。あとは腕のおちたゴルフを多少。依頼されれば地方局ラジオのスポーツリポートなども少々こなしています。 

山田 一徳さん(管理 平成5年退職)
 このたびは美しく書きやすいボールペンを頂戴し、誠にありがとうございました。
喜寿になっても自分としては、まだ気力体力が60才台とうぬぼれております。地域のボランティア・旅行・そして趣味の釣りと、日常飛び廻っており、これからも年令は考えず行動をしていきたいと思っております。 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。 (9月5日更新)

米寿会員からの返信
水口 秀雄さん (事務 昭和58年退職)
 貴重なお祝い品ありがとうございます。職を離れて30有余年になりますが、余生を大過なく過ごしている現状です。
余は週に1日町の人と話をしてのんびり楽しんでいます。

渡部 叡さん (技術 昭和57年退職)
 米寿祝の立派な電波時計をありがとうございました。早速役立たせていただいております。
   幼い頃から自分が八十歳まで生きるなど考えもしませんでした。米寿のお祝いをいただくなどまさに奇跡です。しかも現在、週に3回くらい電動アシスト自転車でプールに通ったり、旧友会・放画会員として活動したりしています。ありがたいことです。
何か世間様のお役に立てないかなど考えたりしています。
皆様もお元気でお過ごしなされるようお祈り申し上げます。 

喜寿会員からの返信
佐々木 皖二さん (放送 平成9年退職)
 私は大人になってもそのまま電車少年。最近電車の動画撮影に凝っており、先日二日の日程で関西ロケに出かけ、目当ての電車を待ち受けては5路線述べ10時間、先頭車先頭窓から立ったままのタフなロケでした。結果は上々。長年水泳で鍛えた体力まかせの楽しいロケでした。ブルーレイに入れて家で観るのが楽しみです。

池内 謙吾さん (放送 平成9年退職)
 喜寿のお祝いを頂き、ありがとうございます。引き続き後任が出来るまでですが、月12日間の外仕事をやっています。今年は特に暑さが続きかなりきつい日ですが頑張ってます。娘達と同居で家族6人に増えて7年になり、程々に距離をとって、それぞれの生活を続けています。
 定年後始めた、書道、謡曲、ボーリングで身体と頭脳を使う毎日を足腰の衰えを感じながら毎日を過ごしております。

石坂 丘さん (放送 平成9年退職)
 喜寿祝の御品、誕生日の朝に確かに頂戴しました。有難うございました。予期せぬことで、一寸、驚きましたが・・・。
 ずっと老妻との二人暮らしです。お陰様で、このところさしたるアクシデントもなく、まずは静穏な日々を過ごしております。 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(8月6日更新) 

白寿の会員
星  壌さん (放送 昭和37年退職)葛飾風景 007

 白寿のお祝いでお宅に伺いました。大変お元気です。数年前奥様を亡くされ今は青山のマンションに一人住まい。家事はほとんどご自分でされているとのことでした。戦車部隊で戦った戦時中の話から、復員してNHKへ入社。スタートは、集金業務だったそうです。その後美術(大道具)に変り、定年まで多忙な協会人生だったと、しっかりとした話し振りで語ってくれました。
ご自愛されお元気に過ごされることをお祈りいたします。 

米寿会員からの返信
谷澤 龍一さん (放送 昭和57年退職)
神奈川県湯河原での生活も20年になりました。夫婦揃って先ずは健康な日常生活を過ごしております。米寿のお祝いの時計有難く拝受しました。事務局の方々のご配慮に深謝いたしております。

森戸 慧さん (技術 昭和57年退職)
88歳の誕生日に合わせて、結構な記念品を頂戴しありがとうございました。1948年に経理部営繕課に入り、しばらくして霞が関分館跡地にTVスタジオを建設したり、各地の会館建設や放送センター建設(東京オリンピックのための仮設備も含め)などのあと、本部での舎宅建設なども担当するなど、NHKの発展に僅かでも寄与できたことを誇りに思います。最後は民放にも及び、定年後赤坂のTBS放送センターも建ててしまいました。2007年3月に二度のお勤めもやめ暇をもてあましております。
 

喜寿会員からの返信
岩本 健一郎さん (放送 平成5年退職)
 お祝いの品をいただき感謝と同時に感慨もあります。「よく、ここまで生きてきたものだ」・・・と。
 4年前、心臓の血管が詰まりもうここまでと観念しましたが、なぜか生かされました。今は、クリエイティブな事と言えば、俳句でしょうか。多くの句友が出来、人間関係が豊になりました。
  生かされて また花と逢ふ 今年かな

村上 佑二さん (放送 平成6年退職)
 「今今という間に今ぞなく今という間に今ぞ過ぎゆく」道歌の一首に迎えた喜寿を想う。忘れ難い記憶は、自主疎開した仙台で経験した空襲。雨と降る焼夷弾を避けて飛び込んだ広瀬川に架かる愛宕橋の下には、身動きできないほど避難者が身を寄せ合っていた。そこに流れてきた黒焦げの焼死体。体に密着したまま離れない。市内が焼け落ちる朝まで付き合ってしまった。それは国民学校2年生8才の記憶。それから69年後の今日、集団的自衛権行使が閣議決定される。

秋山  隆さん (放送 平成9年退職)
 ありがとうございます。嬉しかったです。
「かわいい電車と珍しい路線のプチ旅」なる講座をNHK文化センター町田教室でやっています。箱根登山電車、江ノ電、銚子電鉄・・・いろいろ出かけました。「花祭り」の大悲願寺(JR五日市線)、世界遺産指定前の富岡製糸工場(上信電鉄)など好評でした。6月は佐原・潮来の「あやめ祭り」(JR鹿島線)でした。70歳前後の男女12~3人。月1回。欠席は殆どなし。鉄道道楽の果てと思って講師をつとめています。

村岡 昌二さん (放送 平成6年退職)
 喜寿祝の記念品受け取りました。ありがとうございます。
 この一年体調が思わしくなく医者通いが続いています。時折知人を誘って食事をしたりしています。子供たちが近く喜寿の祝をしてくれることになっています。しかし、子供たちは、親の海外赴任についてゆき、そのまま現地に残ったりして、少しさびしい会食になりそうです。
 皆様のご発展を祈念いたします。

島田 雅隆さん (技術 平成5年退職)
 お祝いの品ありがとうございました。
 入局した翌年の冬先輩に誘われ厚生部のスキー教室で手解きを受けたアルペンスキーが、仕事の繁忙時期の中断があったものの、今でも続いており、1年で海外遠征を含めて30日余り滑っている。
 最近は、用具の改良とスキー場の整備により年寄りでも野山を滑り降りる醍醐味を味わっている。
 この快感を毎年続けたいと思い体力維持と安全スキーを心掛け日々励んでいる。

鳥飼 文子さん (放送 平成5年退職)
 喜寿祝ありがとうございました。
 詩人大岡 信さんが50歳を前に「あゝもうすぐ「知命」やらねばならぬ事が多いのに時間が足りない」と仰っていたことを思い出します。未熟児同然で生まれ、背だけ高かった私が、「知命」は勿論還暦、古希、喜寿まで迎えられるとは! まだやりたいことも多く、時間が欲しいこの頃です。一人娘も自立し、衣食足るを感謝し、被災地のことを忘れず、これからも在宅乍ら支援してゆきます。

  諦めぬことまだ多し喜寿の夏   文子

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(7月1日更新) 

喜寿会員からの返信

浦川 明司さん (放送 平成4年退職)
 77歳の誕生祝いありがとうございます。何よりもこのキチンとしたところが、NHKらしくて嬉しく思います。
 かつて担当をした小学校料理番組の出演者、番組などの先生方と共に初教教育研究所の常任理事として(ボランティアです。)その運営をしております。
 ゴキゲンヨウ お礼まで

伊庭  壽さん (技術 平成9年)
 喜寿のお祝いに、すばらしい蒔絵(輪島)ボールペンをいただきました。ありがとうございました。手書き文字には心がやすまります。
 遠距離介護は、その役目を終えましたが、関西方面への神社仏閣巡りは、いつまでも続いています。
 愚作で恐縮ですが
    喜寿なりて さらなる夢に はなしょうぶ

永井  勲さん (営業 平成9年退職)
 喜寿のお祝いの品物有難うございました。
 私も函館に移り住んで17年。病気もせず車で稚内、根室、富良野など北海道の温泉、美しい景色を楽しんでいます。
 ただ最近は出かける回数が減っていますが・・・・・。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(6月3日更新) 

米寿会員からの返信

穂坂 俊明さん (放送 昭和58年退職)
 何時の間にか、八十八歳になりましたが、特に悪い所もなく日々読書、DVD、CDの観賞等気ままな生活をさせてもらっています。
 運転免許も更新しましたので、あと3年位は生きようかなどと勝手なことを考えています。

今井 國雄さん (技術 昭和57年退職)
 この節米寿のお祝いの品お贈り頂きましてありがとうございました。
 平成24年1月脳梗塞を発生以来病院生活を余儀なく、26年硬膜下血腫に手術その後施設に入所致しました。昨日15日は88歳の誕生日を迎えられ米寿の祝いを出来ましたことを家族共々喜んでおります。健康に自信のありました主人にとりましてわびしい晩年の日々と存じます。旧友会の方々くれぐれもご自愛くださいませ。

阿部  正さん (技術 昭和56年退職)
 先日は米寿のお祝いのお品ありがとうございました。大切に使わせていただきます。最近足が不自由で外出もままなりません。夫婦二人でゆったりと生活しております。また会報楽しみにしております。
 皆様のご活躍をお祈りしております。           (阿部 喜代子代筆) 

喜寿会員からの返信
門  弘さん (技術 平成6年退職)
 喜寿祝の品いただきありがとうございました。
 5月は喜寿と金婚式が続いておりまして、夫婦でよくここまで長続きしたと笑ったり睨みあったりしております。この先は二度目の東京オリンピックと中央新幹線の開通まで、後期高齢者と言われつつも達者でいたいと思っております。

中村 康隆さん (放送 平成9年退職)
 女房も喜寿の祝いなどしてくれないのに、旧友会から立派な記念品が届き大感激&恐縮。心より御礼申し上げます。夫婦ともども健康で穏やかに暮らせるのは、ありがたいことと感謝する日々です。今いちばんの楽しみは、マー君が登板する日のBS放送です。本場でどれだけの実績を残せるか、大いに期待しています。

稲垣 州作さん (技術 平成9年退職)
 糖尿病、脳梗塞、左足血栓。幸いいずれも軽症。そこで一念発起。1日1時間程度のウオーキングを始めて10年余。散歩が健康維持の特効薬と今日も歩け歩けの毎日です。

松坂 豊吉さん (管理 平成5年退職)
 思いがけず輪島塗のボールペンありがとうございました。
 2月8日。大雪の日に男性ばかり5人の仲間と「喜寿ピアノコンサート」を開催。NHK時代の友人にもお聴きいただきました。

加藤 信利さん (技術 平成4年退職)
 今般、喜寿祝を賜り有難う御座居ました。70年の東京生活から、軽井沢に移り住み7シーズン目を迎え、今では老人会での日帰り温泉、食事会。また、堀辰雄の小説「美しい村」の中の情景を散策しています。
 旧友会の皆々様の益々のご発展を祈念いたします。

村田 豪さん (放送 平成5年退職)
 思いもかけず喜寿祝いの品お送りいただき恐縮しました。ありがとうございました。
 近況はーーーーー。老妻一人と、老猫二匹。時に、S.ウルマン「青春」の一節「人は年を重ねるだけで老いるのではない。理想(ユメ)をなくしたとき・・・・」なぞうそぶき、われとわが身を励ましています。

立花 光夫さん (管理 平成6年退職)
 このたびは記念品を有難うございます。
 このところ生活の中心は俳句と囲碁です。このほか能楽やら競馬場へ足を運んだりなどなど年相応ですが、動きまわっております。もちろん家事雑多になっています。

渡辺  力さん (技術 昭和63年退職)
 この度は、喜寿のお祝いありがとうございました。
 私は3年前に55年余に及ぶ現役生活にピリオドを打ち、現在はゴルフと家族サービスに励んでいる健康老人です。現役生活の前半30年余はNHKで主にサテ局の設置計画、調査ならびに受信技術全般の仕事に従事し、特にサテ局については280局の設置に関与し数々の思い出を残して来ました。後半の20余年はNHKを50歳で退職しテレビ受信に関連するコンサル会社を設立し3年前に後継者にバトンを渡しました。会社在任中、特に感慨深いものとして、NHK時代一緒に机を並べた同僚諸氏も多くが、NHK卒業後当社でまた机を並べ一緒に仕事をしたと云う奇遇です。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(5月2日更新) 

米寿会員からの返信

白水 末喜さん (営業 昭和57年退職)
 伊豆半島の海岸で釣りをするために建てた家(三島市)も、今は庭の草取りに追われています。
 旧友会さんより色々とお祝いをいただき感謝しています。
 今後もよろしくお願いいたします。

星川  稔さん (技術 昭和57年退職)
 ご返事が遅れまして申し訳ありませんでした。米寿のお品受け取りました。有難うございました。
 現況ですが、毎週月・火・水・木曜日は、近所のフィットネスに通って体を動かしています。お陰様で病気一つせずに、元気にしています。
 皆様によろしく。
 旧友会のますますのご発展をお祈りします。

土屋 彌右衛門さん (技術 昭和57年退職)
 米寿の記念品有難うございました。私65歳で仕事を辞めてから元川口放送所の広場で、バードゴルフで遊んでいます。始めて数年後、川口市長賞に4年連続入賞(3位以内)もありましたが、今では高齢なので運動のため参加するようになりました。毎日大勢の友人(男女共)と楽しく雑談をしながらクラブを振っております。

大原 春子さん (放送 昭和57年退職)
 思いがけず米寿をお祝いくださり有難うございます。さすがに最近体力が衰えてまいりました。気持ちとのギャップを思いしらされています。旧友として、朝ドラ・大河を毎年関心をもって観ています。番組も良いものが多く誇らしいのですが、今の会長問題では寒心に耐えません。NHKの正しい姿勢を保ち抜いてゆきたいと念じています。

酒井  廣さん (放送 昭和57年退職)
 電波時計ありがとうございました。お陰さまで本日3日米寿を迎えることができました。 廣は大森の施設で胃ろうを施されつつも元気です。
 

喜寿会員からの返信

中村 隆夫さん (技術 平成5年退職)
 趣味である旅。約10年で47都道府県、宗谷岬からひめゆりの塔までを巡り、又新たに旅をしています。特にローカル線では色々な人との出合が有旅の楽しさでもある。

後藤  忠さん (技術 平成5年退職)
 喜寿を迎えて喜ばしく感じています。改めてNHKでの仕事・職場が走馬灯の如くよみがえります。
 日頃は、何よりも健康第一と、NHK番組を楽しみながら体力維持に努めております。

安間 総介さん (放送 平成6年退職)
 いつの間にか77歳。チューリップに囲まれた拙宅の庭で卒研ゼミの学生OB達がバーベキューで喜寿を祝ってくれた時に初めて実感しました。
 テレビ制作30年。研究・教授生活20数年が過ぎ去ろうとしています。
 今は、夫婦での海底散歩を80歳まで続けるのが小さいけれど唯一の目標です。

小林 岩一さん (技術 平成9年退職)
 喜寿祝いのお品拝受いたしました。
 現在、町内会の仕事、家庭菜園での野菜作りなどをしながら、俳句結社に加わって、健康に過ごしております。

 花吹雪 浴びて帰れば 喜寿祝

君島 孝信さん (管理 平成4年退職)
 お祝いありがとうございました。平成12年7月にNHK関連団体を離れ早いもので14年経過しました。御蔭様で健康にも恵まれ平々凡々に地域に溶け込み・活用されて、「今日用事があり」「行く所もある」生活を送っております。
 最後に旧友会会員としてNHK会長問題で要望する。放送法に定める放送の不偏不党を守り、どのような政権下であっても政治との距離を保てない人物には、その運営は任せられない。籾井会長は、不適任者であり即刻辞任すべきである。

小川 有子さん (技術 平成4年退職)
 長寿のお祝いをありがとうございました。大切に使わせていただきます。
 昨年末まで3年半、ベトナムから頼まれて、ベトナム初の国立コンサートホールの音響設計でハノイに通っていました。日本では大学の非常勤講師を続けているため、向こうで毎回2泊しかできないトンボ返りでしたが建築の設計も施工もすべてベトナム人で、外国人は私と、私がお願いした仲間の二人だけという、異国文化にどっぷりはまりこんで仕事をしていました。オープンはまだこれからですが、楽しみです。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(4月2日更新) 

米寿会員からの返信
山口 フジエさん(管理 昭和58年退職)
 この度は米寿の記念品を送っていただき有難うございました。
 お陰様で元気で好きな茶道を若いNHKOB茶道部の方達と楽しみ乍過ごしております。旧友会のお仕事も大変でございましょう。どうぞご自愛頂き今後ともよろしくお願い致します。 

喜寿会員からの返信
久米 和雄(管理 平成6年退職)
 ご本人のご要望により氏名のみ掲載

長谷川 博之さん(放送 平成9年退職)
 ありがとうございました。そのペンで書いています。
 近況。体のあちこち痛んでいますが、何とか元気。山野散策。卓球。外語大の市民聴講生などをやっています。
 旧友会のHP、メールマガジンは、随時更新しているようで、最新のデータが入っていて有用。会員短信のうち賀寿への返信は、率直な声が多く、会報より新鮮な面白味あり。

村上 幸一さん(放送 平成4年退職)
 お祝いの品有難く頂戴いたしました。NHK卒業以来20年余。旧友会入会を機に東京ハイキング部にも入会し、会員の皆さんと一緒に今も月1回のウオーキングに勤しんでおります。さしたる大病もせず喜寿を迎えられたのは、恐らくこのハイキングのお陰ではなかったかと有難く思っています。私のもう一つの健康法は、ボイス・トレーニングとカラオケ。発声の基礎を修得したいと思い3年前より腹式呼吸のボイス・トレーニング教室に通い始めました。70の手習いで、さっぱり上達しません。しかし、少しずつですが人前で臆せず大声を出せるようになっているようなきがします。カラオケは、元々絶対音感がないので苦労していますが、DAM採点でコンスタントに90点台を出せるようになるのを目標に頑張っています。どなたかコツをお分かりの方は是非ご教授を。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(3月6日) 

喜寿会員からの返信
西村 尹雄さん(放送 平成5年退職)
 今年の元旦は、エルサレムで迎えました。神殿の丘、ヴィア・ドロローサ、嘆きの壁等々、中でも頭にキッパをのせ黒マントで足早に歩くユダヤ教徒の姿が、印象に残っています。
 心の中に神がいる人といない人の違いは何なのだろう。欧米やアラブでは聖書やコーランが、国家行事で重要な役割を果たし、市民生活でも神は身近な存在のようです。それでも日本人が倫理、道徳で劣るとも思えません。ただ丸山昌男が指摘した超国家主義への抵抗力の弱さ、主体性の乏しさは、和を尊ぶ日本人の神なき弱点かもしれない。持ち帰ったキッパを見ながら時々考えています。

熊谷 幸男さん (技術 平成9年退職)
 この度喜寿のお祝い品をいただき誠に有難うございました。退職後趣味を生かして造園技能士(二級)を取得し、庭師として家庭を訪問し、体を動かし、世間話をしながら楽しく過ごしております。また畑仕事もやり、無農薬で有機栽培の新鮮野菜を作り自給自足の生活を送っています。自然に接し一日一日大切に健康で働ける事に感謝しながら喜んでおります。

北沢 幸浩さん (技術 平成4年退職)
 喜寿祝い頂きました、有難うございます。
 人間は生きている間に4つの苦しみを受けることになっています。そのうち“生死”を除くと、“病める苦しみ”と“老いる苦しみ”を誰でも味わうことになります。私は大病もなく、多少老いは感じますが、元気で喜寿を迎えております。
 これからもきっと老いの苦しみもあるでしょうが、老いて始めて味わえる自由な楽しみもありますので、気楽に余生を楽しみたいと思っております。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(2月6日) 

米寿会員からの返信
天野 豊さん (技術 昭和57年退職)
 米寿祝い拝受いたしました。
 お陰様で日々無事過ごしております。次は白寿をめざして頑張ります。 

喜寿会員からの返信
川村 尚敬さん (放送 平成4年退職)
 お祝いの品を頂きありがとうございます。
 9月に転居。この機会にいま流行の断捨離を試みましたが、ことごとに惜別の念が湧きます。巻頭言は、深く肯ける内容でした。いまは多分最後となる番組を制作中。現在のことになると案外感慨は湧かないのも不思議なことです。やはりテレビは若者のものです。 

阿部 宏さん (放送 平成4年退職)
 喜寿祝いの記念品拝受。老生、祖先が(今の)輪島市門前の出であり、輪島塗には格別の思い入れがあります。大事に使います。
 ただ最近は終日、失せ物探しに忙殺されることも頻繁、このペンを大事にしまえば使用に不自由、使えばどこかに置き忘れて紛失する可能性大。どうすりゃいいのよ思案橋の歌詞さながら、「喜寿の二律背反」が新しい悩みになりました。呵呵。感謝、感謝。

荒木 重雄さん (放送 平成5年退職)
 研究者と市民の連携で社会変革を志す「社会環境学会」を創設し。他方、仏教と花鳥風月三昧の「仏教に親しむ会」を主宰。多面的な人生を享受しています。

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(1月10日) 

米寿会員からの返信

宮崎 文郎さん (放送 昭和54年退職)
 重宝な時計を御送りいただき感謝しています。
 いよいよ「時」を大切に過ごして参る所存です。しかし、八十八年をいきてたどれば、身辺鬼籍に移る方々がふえるばかりで、その寂寥をこえてゆくことこそが目下の課題です。いつも何かに打ち込んでいることが最良の小径かと存じています。 

喜寿会員からの返信

野村 正明さん (放送 平成2年退職)
 誕生日前日に運転免許の更新をし、NEPの仕事も続けたいと思っております。共に旧友会員でもある仲間で、俳句の会・古典を読む会を創り、方丈記を終わって次のテーマを検討しているところです。旧友会のお役に立ちたいと願っております。 

阿部 正男さん (技術 平成4年退職)
 ご報告します。平成9年に仲間と立ち上げた「新潟福祉囲碁協会」。碁を通してボランティアを行う団体です。その運営責任者として活動しております。障害者や高齢者が楽しく喜ぶ姿を眺め、皆さんの力を貰い頑張っております。
 年明け(1月6日(日)12時30分)NHK放送番組(E-TV囲碁フォーカス)で「福祉囲碁」活動の映像が出ます。当会も同様な活動を行っています。是非ご覧ください。 

上野 重喜さん (放送 平成4年退職)
 喜寿祝いの輪島塗のペン今後大いに愛用させていただきます。
 旧友会報をいつも懐かしく拝読いたしております。
 ご厚情に心から感謝申し上げますとともに旧友会そしてNHKの一層の発展を祈念いたします。 

佐藤 健二さん (放送 平成5年退職)
 昨春大腸を切断するなど、年相応に身体は老朽化していますが、一応毎日無事に過ごしております。NHK同期会の当日ついに喜寿到達。もう少し元気に生き抜く為にも、毎朝のウオーキングや午後のスイミングを続けられればと思っています。音楽に芝居にと出歩き読書に励む毎日が幸せです。 

蒔田 智祐さん (放送 平成9年退職)
 協会を離れて17年。早いものですね。退職後は、食道がんに始まり、家内の病気もかさなり、老々介護の厳しい現実に直面しています。
 正月生まれは、誕生日のお祝いに浴することが少なく、あらためてプレゼントに感激です。少しオーバーでしたかな。本当にありがとう。 

松尾 慶子さん (放送 平成9年退職)
 中年に差掛った頃から老後の一人遊びのためにと、水墨画を習っていましたが、親の介護に追われて筆が乾いたままでした。喜寿を期にボツボツ「一人遊び」をはじめています。 

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(12月4日) 

米寿会員からの返信
吉田 次郎さん (管理 昭和57年退職)
 NHK、NHK東京旧友会には在職中長い間お世話様になりました。現在の健康状態ですが、左の眼が眼底出血しておりますので、物が見えなく不自由している状態ですが頑張っております。有難うございました。

山岡 知博さん (放送 昭和57年退職)
 11月14日は、私の誕生日。朝早くNHK旧友会から東京会長名義で「米寿」のお祝いとして「音声デジタル目覚まし時計」が届けられました。定年から31年になろうというのに、個人の年齢まで心してお祝いをくださる旧友会会長をはじめとする、旧友会の皆様のご芳情にただ感謝あるのみです。
 妻は、二年前になくなりましたが、お互い偕老同穴を誓った仲として残念で淋しい限りですが、その分健康で長生きをしていくことが、供養と思い日常努めるつもりです。
 この15日、古き仲間「古典芸能番組班」の有志で、お祝いの会をしてくださいました。 

喜寿会員からの返信
廣田 道男さん (放送 平成3年退職)
 当家では誕生日を祝うという意識が全然ありませんので、一瞬何のことかと思いましたが、嬉しい驚きでした。
 近況と云えば、関西での会合を機に、鉄道とバスで四国を一周してきました。出発直前に知ったのですが、JR四国に「バースデェイきっぷ」と云うのがあり、存分に活用させてもらいました。今度は、近いうちに「台湾一周」に挑みたいと思っています。

森田 敏夫さん (技術 平成3年退職)
 旧友会入会から早22年経ちました。
 近況ですが、家から出かけることを目的に講座を聞きに行ったり、週二回近くのスポーツセンターで卓球に興じるなどしております。特段健康上の問題もなく穏やかに過ごしております。
 そえでは会員皆様のご健康をお祈り致します。

大野 成章さん (放送 平成8年退職)
 思いがけなくすばらしいプレゼントが届きました。有難うございました。
 早速そのペンを取っています。先日、学生時代の旧友と15年ぶりに会うことにしました。当日、約束をした日時・場所に現れたが、お互いに認識できず、ウロウロするばかり。容貌が変化していたのだ。数分後に話をすることが出来た。もしボケたのならそこにはいませんでした。

荒井 健二郎さん (技術 平成5年退職)
 元気に過ごしておりますが、喜寿ともなると、さすがに記憶力・判断力・視力などの低下を実感しております。この様な折、喜寿祝いで頂いた立派なボールペンは「書きなさい」・「筆を使いなさい」それらが身体機能低下を防ぐと先輩の方々からのメッセージであるように思いました。今後は、パソコンに頼らずこのペンで少しは文字を書くことを増やそうと考えております。役に立つお祝いをありがとうございました。


賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(11月1日更新)  

喜寿会員からの返信
石光 眞琴さん (放送 平成5年退職)
 仲間も段々少なくなってさみしいですが、大きな病気もせず元気でおります。テレビも残念ながら面白いものが少なく、民放もカス番組ばかりで見るものもありません。見ようと思ってもWりや“窓”などで、画面が汚く、ガッカリしています。レンタルビデオの方が気分が良いという時代が来るとは思いませんでした。

林  勝義さん (技術 平成5年退職)
 私の周辺には、3組の子供夫婦と9人の孫がおりますが、夫々の生活が忙しく、誰一人気付く者がいませんでした。さすが旧友会だと見せつけてやる心積もりです。

稲葉 美彦さん (管理 平成5年退職)
 まだ喜寿への実感はありません。近況は、週2回の公園の早朝太極拳に参加し、週1回英会話のトレーニング、時々ハーモニカの合奏を楽しんでいます。
 往時茫茫、目前のニュースや近辺の些事に一喜一憂する日常です。

中澤 文夫さん (技術 平成7年退職)
 まだまだ先のこととおもっていましたが、喜寿の祝いを手にして高齢者の仲間入りをしたかと実感しました。今後は、体調管理を万全にと心していきます。
 先日、記念に足・腰が元気のうちにと、立山黒部アルペンルートの眺望を楽しんできました。特に高低差の移動は、全て階段であり、年齢を感じる旅でした。

吉田 昭三さん (技術 平成8年退職)
 市内の2~3のクラブに入り、特に音楽クラブでは障害者施設等で定期的にボランティア活動を行って居ります。また、グループで旅行やゴルフで楽しんでおります。

浜田  豊さん (放送 平成5年退職)
 近況としては、平成22・23年に大腸がん、肝臓がんの摘出手術を受けましたが、幸いにも早期に退院ができました。それからは、健康にも気をつけるようになって、今は、以前より体調が良くなりました。趣味では、卓球・歴史散歩・読書・野草の会・旅行等で楽しんでいます。家庭的には、妻・子供夫婦・孫達に囲まれて幸せな生活を送っています。
 NHKに勤務出来たことを感謝しています。

武井  博さん (放送 平成5年退職)
 現在もキリスト教の牧師として、現役で働かせていただいています。この夏には、「聖書ものがたり絵本」(全四巻シリーズ)の第四巻目(新約編)を、いのちのことば社から出版することができました。お陰様で健康も守られております。28歳の時に始めた「ひょこりひょうたん島」は、来年発足50年を迎えます。
 お世話になりました。

生長  康さん (放送 平成3年退職)
 喜寿を迎え、年齢に対する実感はそれ程ありませんが、人生の終楽章の生き方を問われているような気がしています。
 NHKでディレクターとして30余年。それからフリーの舞台演出家として20年を超えました。
 ポピュラーからクラシックに至る音楽イベント、コンサートやリサイタルの構成・演出の仕事を現役で続けております。
 歩行する脚力も衰え、仕事の量も減りましたが、いつも心に作務衣を着て仕事現場に臨む気持ちだけは忘れないで、これからも生涯現役を目標に穏やかに歩んでいきたいと願っています。

渡邉 信夫さん (放送 平成3年退職)
 健康管理に気を使う年代になりました。毎日の散歩と野菜中心の食事。それに少々の晩酌。パソコンの映像制作はボケ防止に役立っています。
 新しい出来事。今年から野菜作りに挑戦。結果、かなりの収穫を得、家計に貢献したと自負しています。この野菜作り、健康管理の秘訣となりましょうか。来年も楽しみです。

友末 幸雄さん (技術 平成4年退職)
 私事、昨年の思わぬ手術で生活環境が一変しました。徐々に健康を取り戻すべく努力しております。

佐藤  茂さん (技術 平成5年退職)
 退職して22年「喜寿祝」を頂きました。途中色々ありましたが、今はゴルフとパソコンに興じています。最近やっとHPの作成方法を習得し、職員時代に担当した希少価値ある「電子音楽」が世間から埋没しないよう「音の始源を求めて」というHPを立ち上げました。今は未熟なHPですが、順次内容を充実させて行きます。興味ある方は一度ご覧ください。

 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(10月2日更新) 

米寿会員からの返信

宮城  崇さん (技術 昭和56年退職)
 お陰様で元気に暮らしております。健康維持のために氷川神社の表参道で毎日2㎞の歩行訓練をしています。
2020年オリンピック東京開催のニュースに、1964年の東京オリンピック時の苦労を今また懐かしく思い出しています。
此の度頂いた記念の時計を東名阪テレビ中継回線完成記念品・オリンピック東京大会テレビ衛星中継記念品と並べて置かせて頂きました。進化するIT社会の中でNHKの益々のご発展を心からお祈り申し上げます。

川鍋 謙蔵さん (放送 昭和57年退職)
 昭和24年アナとして入局。30数年は夢のように過ぎ去りました。いろいろと思い出がありますが、何よりも健康に過ごすことが出来ましたことは幸せだったと思って居ります。これからも、人に迷惑を掛けず寿命をまっとうしたいと思っております。「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかわ」。今後の予生の指針として過ごしたいものです。 

喜寿会員からの返信

棒  亮平さん (技術 平成3年退職)
 最近は、文章を書くのはPCに頼ることが多く自筆で書くことが少なくなり、たまに書くと、文字を忘れたり、後で自分でも判別できない文字を書いたりします。この度私にあったペンをいただいたので、今後手紙・ハガキなどは自筆で書くようにしたいと思います。
 最後になりましたが、旧友会の担当の方々に感謝するとともに、旧友会会員の皆様のますますのご健康とNKの発展に期待しております。

中川 省三さん (技術 昭和60年退職)
 ありがとうございます。
 元気にすごしています。

本吉 光男さん (放送 平成5年退職)
 馬齢でも七十七積み重なれば喜寿となって祝ってもらえるとは・・・・。恥ずかしい限りです。小さな昆虫たちの生き様をレンズで追い、そこに今の私の生きている意義を見い出そうとしている毎日です。

大沼  巌さん (放送 平成8年退職)
 退職後はボランティアと趣味の世界で時を過ごしているうちにとうとう喜寿を迎えてしまった。
 この十数年続けている小学生を中心とした「こどもエコパーク」のボランティアで仲良しになった小さな友達も次々に成長し巣立っていく。自分の孫たちも私の目線を越えようとしている。この子らの未来がどうか平和で幸せな世界になることを念じる昨今です。

金田 覚美さん (技術 平成3年退職)
 喜寿祝いの素晴らしい品、それも77歳の誕生日の朝の配達で、さすが旧友会のご配慮と感激いたしました。
 当方ボランティア的な仕事、妻との小旅行とゴルフ、近隣散策などで、元気にしております。
 この生活が永く続くよう、摂生し、努力して行きたいと思っております。

中野 正彦さん (管理 平成3年退職)
 始めてから10年になる水墨画と陶芸で、明け暮れております。墨五彩といわれる水墨の魅力と奥深さを楽しんでおります。
 陶芸は1,230度の窯の中での突然変異(窯変)がスリル満点です。
 記念品、早速使っております、ありがとうございました。

大森 一史さん (放送 平成5年退職)
 この夏、妻をガンで亡くしました。
 東京オリンピック、人生九十年代を目指して、健康に留意し、暮らしていきます。協会、旧友会の発展をご祈念します。

小川 温雄さん (技術 昭和63年退職)
 当方、至って元気に「黄檗宗妙法寺」の住職を努めており、当寺院の檀家の方々の法要など比較的多忙にしております。
 住職としての檀家の方々と交流を重ね、頭記寺院の住職として元気にその職を努めております。
 当方、至って元気に毎日を過ごしております。

長廣 比登志さん (放送 平成8年退職)
 喜寿の年に2020年五輪大会の東京開催が決まる。入局1964年、当時水泳と体操の会場で、海外放送要員とのリエゾン・オフィサーとして感動を味わった。孫たちに再び東京での五輪の感動を味わってほしい。東京大会後の日本の姿の激動振りを思い返し、物にあふれ情報の嵐にもまれ、元気をもらうのも与えるのも張り合いが衰えていくのを感じる昨今。7年後、この国で何が変わるのか変わらないのか、これだけを目標に生きるのも寂しい限り。

伊藤 豊英さん (放送 平成8年退職)
 喜寿と云われても、何か一つピンとこない。が現実は孫娘が大学2年、高1、小3、おまけに金婚式。確実に馬齢を重ねている。ところ・今年は新年早々朝日新聞の俳壇に初投句した が一席に入選したり、短乱会に出品した絵を売ってくれと云う人が現れたり、なんとなく不思議な1年になりそうである。

植村 康雄さん (技術 平成3年退職)
 毎日1万歩を目標に歩いています・・・が・・・最近は8000歩、7000歩と歩数も落ちてきました。
 それでも、毎日歩ける事を楽しみに元気に過ごしております。
 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(9月3日更新) 

米寿会員からの返信

島田 理男さん (技術 昭和57年退職)
 健康維持のため、庭木や花壇の手入れなどの他、日課として散歩がてら、近くのスーパーでの買い物を兼ねて、毎日(天候不良以外)歩いています。(5000歩~6000歩)、最近、加齢に寄る白内障が、右目に発症して、少々不便な日々を送っています。

中神 定衛さん (放送 昭和57年退職)
 年齢を空しく重ねている感じで、誇りうるもの何一つとしてなく、「人間の偉大さというのは、人間が自ら惨めだと知っている点において非常に大きい」とのパスカルの言葉を信じることにしましょう。
 旧友会のご発展をお祈りします。 

喜寿会員からの返信

荒井 宏祐さん (管理 平成2年退職)
 小生、ただいま大学院生に戻り、好きな研究を続けています。ゼミの討議、学会発表、学会誌への応募など、再び青春時代を楽しんでおります。あと3年程は、この生活が続けられると思っております。
 まずは、御礼と近況報告まで。

渡邉 治美さん (放送 平成8年退職)
 2.26事件の年に生まれ、真珠湾攻撃日本万歳!の騒ぎを承知して半年後昭和17年4月18日(土)正午、自宅の庭にいた私の目の前を飛行機が超低空で飛来。パイロットに手を振られ機を追って走り出す。直後凄まじい音。周囲の家のガラス戸激しく震動。米軍の日本初空襲と知り子供心に日本の未来に暗雲を見た気になるが黙して過ごした。3年後昭和20年3月10日東京大空襲。我が家は消滅。8月15日、筑波山と富士山しか見えないような東京の焼け野原でラジオで玉音放送を聞く。お先真暗の少年期を生き14年後偶然NHK入社。大人ばかりのNHK内外。4月1日(水)入社式即松山赴任。ラジオだけの放送局。大人に気兼ねしながら仕事を覚え気付いたら定年。誰も信じない放送人生。

真田 達夫さん (放送 平成5年退職)
 私は定年退職後、一時、国際放送局でラジオ英語番組「アジア交換ニュース」を担当。アジアの放送局参加の英語ニュース番組は平成17年3月で終了。私のNHKでの役割も70歳で終わった。
 現在、パソコンでNHK、BBCなどの英語ニュースを検索し、モニター。健康にスポーツジムと散歩が日課。

阿部 勝哉さん (営業 平成4年退職)
 腰痛など年相応の老化はあるもののやれるうちにとゴルフに熱を入れております。
 朝起き上がる時、やっとの思いもクラブを握れば何とかやれるもので、練習場には3~4日/週、コースには3~4回/月は出ています。
 現役時代ゴルフをやらない先輩に、何で何本ものクラブが要るのかと言われたこともあり、腕を上げると言うより、クラブと言う道具の使い方を勉強中です。

福田 均さん (放送 平成3年退職)
 父親が亡くなった年齢を超え、第二の勤めも定年を迎え、いよいよ自由を謳歌しつつ楽しく、ますます元気に残りの人生を過ごそうと思った矢先に突然脳梗塞に襲われました。昨年(平成24年)一月のことです。
 一時は失意と絶望の毎日でした。が、友人知人の暖かい励まし、家族の支えに勇気付けられ立ち直りました。現在リハビリに精を出して更なる回復を目指しているところです。女房の口うるささは以前と変わりませんが、今はそれが何よりの力づけです。
 おしまいになりましたが、このたびは素晴らしい記念品(美しいボールペン)をありがとうございました。人様に読んでいただけそうな字が書けるようになりましたら、発病以来礼を失している在局時代の先輩はじめ友人たちに自筆の手紙で近況をお伝えするつもりです。

福島 健次さん (放送 平成5年退職)
 私事を申せば、まあ一応は元気で老後を過ごしています。しかし、最近の国内情勢を見ていますと、戦争や戦後のインフレを全く知らないお坊ちゃん育ちの世代がリードすることに、大きな不安を抱かざるを得ません。
 私は地方で育ち、小学3年で終戦を迎えましたので、本当に戦争の悲惨さを知っているとは申せませんが、B-29の爆音に驚いて防空壕に逃げ込んだ記憶、激しいハイパーインフレに両親が翻弄されていた記憶は、忘れることが出来ません。そんな嫌な時代がまた来るのではないか、気の合うNHK同期の仲間と3カ月に1回、昼飯を食いながら、日本の将来を危惧し合う今日この頃です。

木島  弘さん (技術 平成3年退職)
 厳寒期を除いて殆ど信州で生活しています。時には通院、体力と相談しながらの農作業と、自然の中で時間の過ぎるのを早く感ずる今日、この頃です。

川本 浩之さん (放送 平成3年退職)
 退職後も大病を患うこともなく、節目の年を迎えることができました。ささやかなシニアーコーラスで声を発し、テニスとゴルフで汗をながしながら心身の健康維持に努めています。これからも“NHK人”としての誇りと、在職中に培った“奉仕の精神”を忘れることなく、地域社会に根を張って生きていきたいと考えています。 

賀寿のお祝いに対し会員の皆様から近況の報告がありました。(8月2日) 

米寿会員からの返信

木村 東馬さん (放送 昭和56年退職)
 早速お届けいただいた新型の時計を使わせていただき、うれしく感謝しています。
 最近、目が悪くなり視力が衰え何かと不自由しておりますが、何より体力は持ち応えるべく努力しております。
 厳しい暑さの毎日、どうか皆様もお大切に、益々のご発展を祈ります。

佐野 重二さん (営業 昭和56年退職)
 もう体があちこち傷んでくるのは当然ですが、標高900mの高原におりますので、どうしても車の運転は必須ですが、昨年白内障の両眼手術、緑内障の治療継続でもう次回免許取得は駄目でしょう。体を動かさねば筋力は衰えるばかりと自覚し続けてきたスキーも、今年は付添いつきで、3回だけ。好きなループも孫達と体力が合わず行かれなくなりました。ここ1~2年体力の限界を痛感してますが、せめて気持ちだけでも若くあろうと、14人の中高年の仲間と音楽活動をつづけ。オタマジャクシを睨みつつ悪戦苦闘をしています。でも音楽は心の糧となりすごく楽しいです。ありがとうございました。皆様のご健康をお祈り申し上げます。 

喜寿会員からの返信

二村 坦孝さん (放送 平成5年退職)
 「よくぞここまで来たもんだ」そんな心境の今日この頃です。
 鳥や魚。虫や草花を四季の移ろいの中で追いかけ、番組制作に夢中になっていた現役時代が思い出されます。
 自然との符号はプロなのだと近頃花の形にこだわり写真を撮り始めたものの、自選にもれるものばかりです。しかし、おかげで元気を保っていられます。

空閑  力さん (技術 平成5年退職)
 この所の暑さには些か参っています。家内に請われてゴーヤのグリーンカーテンも初めて作ったのですが、真昼時になると葉っぱがみなしぼんでしまい、急いで鉢にたっぷり水やりをする日々が続いています。お陰で避暑どころの話ではなく、日に日に大きくなる3本程のゴーヤの実を枯らせまいと懸命に頑張っています。暑い地方の植物と思っていたのですが・・・・。

中島 緑彦さん (技術 平成3年退職)
 無我夢中の生活の間に喜寿を迎えています。
 腰痛の癒しで始めた、毎週往復6時間かけて通っている小河内ダム・森林保全ボランティア活動も早350回を超えそうです。
 でも、年を嵩むほどに、下半身の動きに重圧を感じています。森林保全ボランティア活動に時間を掛け過ぎたためか、好きなソフトテニス球がラケットに当たってくれません。当面は、ラケットにボールを打てるようにし、森林保全ボランティア活動は程々にします。

小助川 静男さん (技術 平成3年退職)
 日本文化の象徴をあしらった輪島塗のペンに感激!また、添えられたコメントに感激!!早速頂いたペンで近況を書いております。書き易いです。(笑い)
 今日まで生活習慣病もなく、薬のお世話にもならずにFreeを満喫しております。この上は、少しでも永くこのペンを愛用できればと思っております。取り急ぎお礼申し上げます。

賀寿のお祝いに会員の皆様から近況の報告がありました.(7月10日)

米寿会員からの返信

永田  穂さん (技術 昭和46年退職)
 この年になって、初めての入院生活を2度経験しました。頚動脈の狭窄による軽い脳梗塞が原因でした。入院生活はもうコリゴリです。2度とくりかえしたくない入院生活です。健康のありがたさを痛感した日々でした。

木村 和美さん (放送 昭和56年退職)
 NHK文化センターの現地講座を、青山と光が丘で受持って月1度ずつ、年配の生徒さんと都内を歩いています。趣味と健康を兼ねたよい運動です。来年で20年になりますが、第1回からの方が5人、元気に歩いています。
 取材して原稿を書いたり、写真の整理をしたり、結構忙しいですが、米寿のナビゲーターを楽しんでいます。 

喜寿会員からの返信

永井 武司さん (放送 平成7年退職)
 赤パンツと輪島塗ペンに感謝!少々品のない書き出しですみません。喜寿の前日、息子夫婦が「お祝い」とど派手な赤パンツ2枚を持参。奇抜なプレゼントに“こりゃ何じゃ”とびっくり。しげしげと見ている内に、若返れという意味かと納得。そして当日は思いがけなく立派な輪島塗のペンが届いてまたびっくり。
 協会退職以来習慣の日記を、このペンで少しでも永く書き続けたいと思う。

松田 誠一さん (放送 平成3年退職)
 江戸川区と地元放送局の審議会をお手伝いしています。週に一度園芸教室に通い、老妻と狭い庭を楽しんでいます。週に三日、近くのスポーツジムでヨガやダンベル体操をやっています。 本日(6月26日)七十七歳になりました。まだまだ元気です。

児矢野 昌敬さん (放送 平成8年退職)
 定年後、首都圏ニュース・BSニュースの映像制作を経て、71歳から現在のGメディアで映像アーカイブスの仕事(映像の保存作業)を、77歳に至るまで、勤めてこられたこと人生に感謝で一杯です。昨年からは、東北大震災の映像保存で週1~2日出勤しています。元気で頑張っている77歳の今日です。

山田 太平さん (放送 平成8年退職)
 まず拙句失礼します。
   春の朝南の国の茶を立てり
   寝にゆく花粉マスクを忘れたり
そんな爺に婆様からお茶をご一緒にと。
  梅雨晴間旧友われら喜寿迎え
  春惜しむ友の嘆きの深かりし
  友に説くわが声空し梅雨じめり
  梅雨明けを待つ友二の句とも賜う
  梅雨の雷老兵死なず消えるのみ
 いただいたペンで書きました。多謝。

伊藤 三千男さん (管理 平成3年退職)
 先日、娘から「父の日プレゼント」に「77歳からの備忘録」として、分厚い特性ノート(A5版バイブル型、高級紙、9ミリ罫)をもらいました。これまでアチコチに書き散らし、結果は紛失していた、気になる言葉や、大事な記録等を、これからは、この一冊に纏めておくためです。その際の、筆記具は是非とも記念の品で、終生使えるものをと願っていたところです。宿痾の脊柱管狭窄症で、足を引きずりながらも、月2回、某カルチャーセンターで、“矢立で描く~旅のスケッチ”の講師を務め、また年1回、所属の美術団体全国展に100号油彩1枚を出しています。太極拳は21年目になります。


賀寿のお祝いに会員の皆様から近況の報告がありました(6
月6日更新)

喜寿会員からの返信

川端 正道さん (放送 昭和63年退職)
 区内にある高齢者養護老人ホームにて、ハーモニカ演奏みよるボランティア活動と喜寿を迎えて自分史(エッセイ)の「うたかたのノスタル爺」を出版いたしました。

小林 康司さん (放送 平成5年退職)
 早速頂いたペンで書いております。いろいろ病気をしましたが、現在は元気です。NHK東京旧友会のご発展を祈っています。今後とも宜しくご指導のほどお願い申し上げます。

木村 哲彌さん (放送 平成 8年退職)
 最近、囲碁に凝っている。一手の意味を考えながら、最善の一手を決めるまでに、時間をかけるようになった。60歳の定年のころから、囲碁を第二の趣味として親しんできたが、最近、大きな変化が起きてきている。毎朝、前日の朝日新聞の朝刊にのった名人戦挑戦者決定リーグの棋譜を切り抜きファイルに閉じる。次に、この棋譜を見ながら碁盤に黒と白の石を並べる。「こんな手もあるのか」と思い、いつの日か自分の碁でも打ってみたいと思う。今はパソコンで対局することが多いが、少しずつ自分の碁に幅が出てきたことを実感している。囲碁の精進はまだまだ続く。

高須賀 清さん (放送 昭和63年退職)
 80歳でヒマヤラに登頂する人がいるご時勢、喜寿ごときで喜んではいられない。平成元年に喜寿を祝って七十七と筆書きされた母の扇子に、平成二十五年と自分の名前を記入して息子に譲ろうと思う。その母は介護ホームにお世話になっているが百二歳を過ぎても意識は確かで百五歳までと張切っている。健康で長生きするには秘訣がある。腹八分目、気兼ねをしない、夢を持ち続けることの三つである。学生時代からの研究が忘れられず、常温の核変換に取組んでいる。実用化のめどがついたものがいくつかあり、NHK退職後以来30年経てば日の目をみると確信している。

丸山 孔八さん (技術 平成5年退職)
 2011年末まで約10年間、地デジ業務をやらせていただきました。仕事から離れ、少し体調をくずしましたが、現在は毎日が日曜日の日々を、健康に過しております。
これからは、有意義な人生をと思い、地域に役立つことが出来ればと考えております。

横田 弘次さん (営業 平成8年退職)
 梅雨晴れの一日あじさいの花が色鮮やかです。現在私は週2回ボランティア活動をしながら趣味の釣、将棋、マージャン等を楽しんでいる毎日です。暑さに向かいますので皆様のご活躍をお祈り申し上げます.

賀寿のお祝いに会員の皆様から近況の報告がありました(5月8日更新)

米寿会員からの返信
武井 照子さん (放送 昭和57年退職)
 定年後に教えはじめた朗読グループ(50名ほど)が、現在は小学校の授業やチャレンジスクール・市のロビーコンサートなどで活躍、私もともに学びながら楽しく仕事をしています。
 油絵も30年になりましたが、今はイメージにこだわる小品を放画会に出品するのが楽しみです。
 その他、子供のための活動に与える賞「久留島武彦(童話の父)文学賞」の選考委員も30年つとめています。(日本青少年文化センター主催)
 まだ元気で地域での仕事その他つづけております。
ありがとうございました。

岩上 邦男 (技術 昭和55年退職)
 20.12.15 JOBK大阪放送局へ入局
 22.8~11  東京砧職員養成所
 28.2.1   NHKテレビ本放送開始 新橋駅前街頭テレビ公開など担当テレビ広報     車で全国を巡回
 35.      宮中内文庫の天皇のお居間のカラーテレビの修理調整に新内殿へ
 45.4.10  本土復帰を前に、沖縄へ内地と同じテレビが見られるように、OHK               へ出向
 55.4.5   定年退職。テレビとともに歩んだ35年でした。 

喜寿会員からの返信

ノスタル爺川端 正道さん (放送 昭和63年退職)
ドラマ制作部などに在職された川端さんから
自費出版本「ノスタル爺」(左写真)
が寄せられました。

 


和気  健さん (放送 平成3年退職)

 父親が77歳で私の勤務先であった松山で亡くなりましたが、それを超えたことに感謝しています。引き続き10年を過したラジオセンターで、もうしばらく月数回の勤務ですがお世話になります。これも感謝です。

長  凡さん (技術 平成3年退職)
 1993年からおもちゃ病院を始めて20年が経過し、現在では同好の志と杉並区内で、毎年約50回のおもちゃ病院を開いています。
 また、2000年からは、インターネットを利用して、全国のおもちゃの修理をしています。毎月宅急便で送られてくる5~60個のおもちゃが我が家を出入りして、忙しい日々を送っています。

保坂 光男さん (営業 平成5年退職)
 現在、幾つかのボランティアで若い人達や子供に混じって、日々を大切に過しております。また、おかげさまで家内共々元気なのが何よりです。
 併せて、NHK東京旧友会諸氏のさらなるご健勝と長寿を心よりお祈り申し上げます。

曽我 健 (放送 平成3年退職)
 自由気ままな贅沢な時間が増しました。この年になってまだまだ知らないこと、知りたいことが一杯あって、一日の大半は新聞・読書・テレビ、それに日課のスポーツジム。
 思い立てば、映画館・美術館・音楽界・仲間との井戸端会議。ゴルフ場・競馬場にも出掛けます。喜寿の日は二人の孫と伊勢・熊野・高野山を旅して来ました。5月は石巻・気仙沼・南三陸、大地震の被災地を訪ねます。(4度目です。)

猪俣 良樹さん (放送 平成5年退職)
 3月30・31の両日小田急千歳船橋駅前のミニ劇場「APOCシアター」で小生作の芝居「昭和テンペスト~上海リル正伝」を演出・出演し、打上げで全員から喜寿祝いを受け、帰宅したら記念品が届いていました。偶然とはいえ甚だ嬉しい贈り物となりました。只々感謝しております。

原島 一男さん (放送 平成3年退職)
 想えば、77歳ということで、55歳で定年退職してから22年。もうそんなに経ってしまったのか、というのが正直な気持ち。その後民間会社に8年勤務しました。NHKとあわせて40年も働き続けました。
 そして、“文章を書く”趣味が高じて、1年に一冊は本を書きたいと願い、フリーになった2000年からこれまで12冊の単行本を出版しました。大部分は英語に関する内容ですが、国際放送の英語番組を制作した、NHK時代の経験があったからこそ実現できたもので、とても幸運でした。発展を遂げつつあるNHKをみるにつけ、すごい組織に居たのだな、と良き時代を振り返ることもしばしばです。

金澤寛太郎さん (放送 平成4年退職)
 6年前につれあいをなくし、独身生活ですが、食べることには労を惜しみませんので、それなりに元気に、老後を楽しんでおります。

宮澤 賢吉さん (放送 平成4年退職)
 11年間使ってきたパソコンWimdowXPに換えて今年3月Window8を購入しました。余りの機能の多さにとても使いこなすことが出来ず、宝の持ち腐れといったところですが、かねがね大リーグ中継をBSで楽しんできましたが、Window8では動画で実況時に見られることが判り、4月10日のカプスの藤川がセーブをあげる試合をみました。これからは、大リーグ中継を楽しみたいと思います。

谷本 治朗さん (放送 平成5年退職)
 年齢と共に身体の衰えるのを感じますが、健康保持のためほぼ毎日予定通り近所で1時間前後の散策を楽しんでいます。“幸せなこの日、この時を大切に・・・・”が現在の私の心境です。多謝。

桑原  惺さん (放送 平成4年退職)
 74歳でバイリンガルセンターの専門委員を辞すとすぐに胃癌が見つかり全摘しましたが、術後の経過が順調で元気に暮らしております。今は小学校から大学時代の仲間、そしてNHKの仲間とも絆が続いております、ほとんど毎月集まりをもち交流を続けております。

小林 洋光さん (放送 平成5年退職)
 立派な輪島塗で日常使うには勿体なく、小生の宝物として大事に保管する所存です。
 このとろ、外に出かけることが大分億劫になってきました。大学講座の受講、地方銀行の文書教室、かっての番組制作の諸先輩たちとの集まり等々、老躯に鞭を打って出かけることにしています。認知症予防と、せめて父母の歳を越えたい気持ちですが、いつまで続けられるか・・・。旧友会の皆様のご健勝を祈念いたします。

 

賀寿のお祝いに会員の皆様から近況の報告がありました(4月3日更新)

米寿会員からの返信
鈴木 照彦さん (営業 昭和57年退職)
今のところ体のほうも元気で毎日を過しています。
私は、社交ダンスを40歳よりやっています。週に2~3回グループの会でやっています。足腰もしっかりして30台~40台の若い人には負けません。2時間~3時間は平気で踊れます。まだまだ頑張ります。今後とも宜しくお願い申し上げます。

八田 実さん (管理 昭和56年退職)
私も本日までお陰様で自力で生活しております。
今後もNHK旧友会会員の皆様のご発展とご健康を祈念してやみません。 

喜寿会員からの返信
佐竹 盛徳さん (放送 平成4年退職)
2年前に、白内障の手術を受けた。そのことは「旧友会報」第87号、随想「私の宝もの」に、“20代の目”として掲載された。手術から丸2年目の診断で「眼の方は、あと50年大丈夫」との診断。体調も至って良く。元気です。

廣光 美彦さん (営業 平成5年退職)
現役のころおよそこの年まで生きておれるとは、想像さえしていませんでした。田舎にのこしていた両親が、よくポックリさん巡りの旅行に参加していたことが思い出され、この年にして初めてその心境が分るようになりました。最近は、医者通いが多くなり都度加齢による・・・・と言われ複雑な心境です。かってアンチェイジングに夢中でしたが、今は成るようにしかならないと、周囲に迷惑をかけず死ぬまで元気でいこうと誓っています。

武井 敏光さん (放送 平成3年退職)
喜寿を迎えて一気に2つのことを実行しました。1)白内障の手術をしました。手術后10日ですが、世の中が明るくなりました。2)免許証を返上したことです。全てバスと徒歩で用を済ませることにしました。それにもう一つ、ゴルフのハンデが12.9とシングルに近づいています。職場での後輩諸氏と楽しくやっています。

芦沢 武雄さん (管理 平成5年退職)
いつしか重ねた馬齢を大変な感激で家族や孫達と喜び合っております。記念品は宝物として大事に使ってまいります。旧友会のご配慮にお礼を申し上げます。
現在は今までご無沙汰をしておりました地域の自治会活動に、自らの生涯学習に健康なうちは頑張っていきたいと思っております。地域活動も結構おもしろいものです。

伊藤 文雄さん (放送 平成4年退職)
七十七年も生きて来ると、身体の方々に故障の出てくるのは仕方のないこと。小生もその例にもれず3科の医療機関をハシゴのこの頃ですが、日常生活には、さしたる支障もなく、目下はあちらこちらのカラオケ店に出没。誘われて、年数回の大会にも出場し、楽しく声帯の筋力の維持につとめています。これからも健康第一に出来るだけ周りに迷惑をかけず、一日一日を過したいと願っております。
今後とも、NHK,旧友会ともに変わらず元気でありますよう祈っております。

賀寿のお祝いに会員の皆様から近況の報告がありました(3月5日更新)
米寿会員からの返信

市岡 卓美さん (放送 昭和56年退職)
 何分にも想定外の長生きになって、体のあちこちもしだいに不自由になり、老い方の難しさに戸惑っている明け暮れです。
 それでも朝・夕七時のニュースは必ず見ないとおちつかない・・・・。長い習性は変わりません。

 喜寿会員からの返信

神澤 昌二郎さん(放送 平成5年退職)
 まだ若いつもりでいましたが、いつの間にか77歳になってしまいました。
 一昨年後期高齢者の仲間入りをしたのを機会に、少しづつ休日を増やし、今では週休5日という夢のような楽しい毎日を送っています。一回しかない人生を悔いのないものにしたいと、休日を集めて知る事の楽しさを満喫出来る旅に明け暮れています。

 土居 俊介さん(放送 平成3年退職)
 相変わらず世のためにならない、そして体によくない事を毎日やって、おまけの人生を楽しんでおります。
 近況は、ブログ「独居老人奮闘記」を、興味とひまがありましたら御参照を。

 望月 正一さん (技術 平成5年退職)
 私はNHKのドラマ番組での書道指導者として今年で32年目となりました。大河ドラマでは28年目になります。NHKのドラマ制作に書道を通じて制作協力ができましたこと、そして今もなお継続していることに、書家として大変光栄に存じております。
 地域では、地元の事業協力中学校での事業協力等ボランティア活動を積極的にとりくんでおります。今後も健康の許せるかぎり継続して行く所存です。

 西田 善夫さん (放送 平成8年退職)
 近くの小料理屋で祝宴がありました。私が「喜寿(キジュ)を迎えた。」と挨拶すると、客の一人が「え!西田さん90なの?」と驚くように叫びました。やはりキジュがクージュウに聞こえる発音になってきたと反省。翌朝から、何年かぶりかで「アエイウエオアオ」と滑舌復活です。

 所   悠さん (放送 平成3年退職)
 喜寿の誕生日(2月7日)に、結婚50周年(金婚式)を記念して、念願のイスラエル聖地旅行に出かけました。地中海気候は、今が春!。ガリラヤ湖畔は、花々が咲き乱れ、小鳥が鳴き、至福の時でした。帰宅したら(2月15日)誕生日必着の“素晴しいプレゼント”が待っていました。旧友会に感謝100回。

 平岡 喜嗣さん (技術 平成3年退職)
 住み慣れた関東をはなれ、今年から生まれ故郷の大阪に転居することになりました。今後は、東京にでてくる機会も少なくなると思いますがよろしくお願いします。
 夫婦共々元気に毎日を過しています。

  田中 義英さん (放送 平成3年退職)
 お陰様で元気で、目下はガン患者を支援するNPOをボランティアで手伝ったりしております。諸先輩に負けぬようもう一息頑張りたいと思っております。 

工藤 義彦さん (管理 平成5年退職)
 小生お陰様で元気にしております。2009年よりボランティア週4日、活動に専念いたして現在に至っています。定年後の社会貢献を実感しています。 

河崎 曽一郎さん (放送 平成5年退職)
 NHK文化センターの政治講座や地方講演取材などで、飛び回ってはいますが、あちこちに痛みが出て、高齢を実感させられています。
 皆様のご健勝を祈って 乾杯!

 

賀寿のお祝いに会員の皆様から近況の報告がありました(2月1日更新)

米寿会員からの返信 

南條 信郎さん (管理 昭和56年退職)
 1月5日。立派な時計を戴きました。思いもかけぬ米寿のお祝い、ありがとうございます。

   年明くや 昭和も吾も 米寿なる

   新しき時計と ひ孫の初写真  

              信夫 

鈴木 嶽夫さん (管理 昭和56年退職)

 小生終戦により陸軍偵察飛行中隊から帰り、当時は日本放送協会関東支部横浜出張所と称した今の横浜放送局へ昭和22年2月に採用になりました。経理の仕事の傍ら毎週月曜日ラジオの県民の時間、15分の原稿を書いて毎週地方課へ持参したのが夢のようです。お陰で今のところ元気に山歩きを続けております。心からお礼申し上げます。

 

喜寿会員からの返信 

山路 家子さん (放送 平成5年退職)

 お祝いの品、嬉しく拝受、有難うございました。財政逼迫の折に、恐縮しています。
況は昨年5月の旧友会報に載せていただいたことを継続しています。

 今年は田中正造翁没後100年「真の文明は山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし」翁の言葉を今の政治家に噛みしめてもらいたい。「公共事業の中味」を厳しくチェック」しなければ!東日本大震災、福島の原発事故、被災者の皆様のためにも! 

大藏  周さん (放送 平成3年退職)

 年とってから始めた「陶芸」も10年経過。さらに「男の料理」と「家庭菜園」で「元気」を貰って、毎日楽しく健康に「自己満足」の日々をくらしています。 

渡部亮治郎さん (放送 昭和52年退職)

 70歳を期して始めた、ボケ防止のメール・マガジン「項門の一針」が3000号近くに達し、読者(日刊)も5000人を超えました。これを化けさせたブログにも1日5000件以上アクセスがあります。以上の制作・配信が日課となっております。 

青谷 雅夫さん (放送 平成8年退職)

 私の身近にあった、しかも購入してから一度も弾いたことのないクラッシックギター。現在、エレキギターに押されて、クラシックギターを愛好する人が減少の一途を辿っていると耳にします。ここで一年発起。手元にあるギターを車の後部座席にねかせて、購入した手工ギター製作家、稲葉芳弘さんのお宅をたずねました。
30年前の1982年に製作された楽器がどういう状態にあるかを見ていただくためです。梅雨時でしたので、1ヶ月の入院でしたが、全て良好。保存状態が良かった様でした。
印象的だったのは、稲葉さんご自身が製作したギターを無傷のままの状態で目にして、調弦されて、六弦を弾かれたときの喜びに満ちた顔が私にとっても、女房にとっても     忘れられない一シーンでした。現在、昨年の9月から毎週水曜日30分、稲葉さんからご紹介いただいた、ギター演奏家小山 勝先生のお宅をたずねて個人レッスン中です。
毎日の自宅でのくり返される練習にささえられて、週1回のレッスン、幸いなことに破門されずにこれまで5ヶ月つづけています。
いつの日にか、人前でギターを演奏している夢が見られる様にがんばっています。 

藤原 良雄さん (放送 平成5年退職)

 「年寄りの冷や水」という家人の雑言を聞き流して、横浜」国際プールへスイムレッスンに通い続けています。何時とはなく群れた高齢者仲間と「せめて“三途の川”を泳いで渡れる位になりないね。」と意気投合、ついに「サンズ・クラブ」を発足させました。昨年は国際プールの1レーンを借りきり若い女性のインストラクターを招いての特別レッスンにこぎつけました。そんな老人に向かって奥の方から声が・・・「泳ぎがいくら上手になったからと言って“川”の途中から帰ってこないでね。」 

野原  明さん (放送 平成5年退職)

 解説委員を退職して大学の教壇に立ち、更に2000年から付属中学高等学校の校長を11年間勤めましたが、一昨年春すべて退職しました。その後は再び教育ジャーナリストに戻って、執筆・講演と放送への出演などをしています。特に私学の教員の研修と講習の講師を依頼されることが多く、厳しい先生として後進の指導に努めています。 

杉山  茂さん (放送 平成8年退職)

 スポーツ界周辺で仕事をしています。「スポーツ フォア オール」の動きがいっそう高まり、それだけに課題も多様です。「テレビ・スポーツ」の担う力はますます重きを成すと思います。 

保坂  弘さん (放送 平成5年退職)

 自治会長を6年間つとめたあと、地域の人達と交流を深めながら、健康のためにとグラウンドゴルフで体を鍛えています。地域の年配者36名で「シルバー会」を作り、毎週2回午前中1ラウンド8ホールを3回廻って練習しています。上手な人は全国大会にも出場しています。

 

賀寿のお祝いに会員の皆様から近況の報告がありました(1月8日更新)

喜寿会員からの返信

野村 正明さん (放送 平成2年退職)

 誕生日前日に運転免許の更新をし、NEPの仕事も続けたいと思っております。共に旧友会員でもある仲間で、俳句の会・古典を読む会を創り、方丈記を終わって次のテーマを検討しているところです。旧友会のお役に立ちたいと願っております。

 阿部 正男さん (技術 平成4年退職)

 ご報告します。平成9年に仲間と立ち上げた「新潟福祉囲碁協会」。碁を通してボランティアを行う団体です。その運営責任者として活動しております。障害者や高齢者が楽しく喜ぶ姿を眺め、皆さんの力を貰い頑張っております。

 年明け(1月6日(日)12時30分)NHK放送番組(E-TV囲碁フォーカス)で「福祉囲碁」活動の映像が出ます。当会も同様な活動を行っています。是非ご覧ください。

 上野 重喜さん (放送 平成4年退職)

 喜寿祝いの輪島塗のペン今後大いに愛用させていただきます。

 旧友会報をいつも懐かしく拝読いたしております。

 ご厚情に心から感謝申し上げますとともに旧友会そしてNHKの一層の発展を祈念いたします。

 

 

賀寿のお祝いに会員の皆様から近況の報告がありました(12月7日更新)

米寿会員からの返信

津田 義正さん (管理 昭和55年退職)
昭和19年9月に現役にて兵役につき、満州関東軍に在籍、終戦後ソ連軍によって収容所生活に入り人生22歳で終わることも予想しておりましたが、まさか米寿まで生を享けるとは夢のようです。歴史的多端な国の内外の事情の中、NHKの存在意義を十分果たして戴くことを心から祈っている次第であります。

 

喜寿会員からの返信

 岩井 精一さん (技術 平成2年退職)
もう、「喜寿」になってしまったか。今、率直な気持です。

NHK関連の仕事を卒業して、自分の住む地域社会との関わりの薄さを痛感しました。(鎌倉に遊びにおいでよと声をかけたが、鎌倉幕府の史跡、一つも十分に案内の出来ない自分に唖然とした。)世界に誇れる「武士の古都・鎌倉」を学び、史跡の「ガイド」を始めて11年続けています。 

土屋 二彦さん (放送 平成3年退職)
日頃旧友会の運営また資金の運営などについて多くの方々見えない所でご努力を重ねて下さっているように感じます。この機会に改めて御礼申し上げます。当方は心身機能低下の中で、いかにバランスを保っていくか苦労をしております。 

関口 克己さん (技術 平成3年退職)
NTSを退社して12年になります。その間マンション管理士の資格を取り、当マンションの大規模修繕も担当しました。
 平成24年10月から理事長を引受け、建物の維持・管理、管理会社との健全な関係の構築、住民意向集約(88戸)など、少々忙しい日を過しています。 

市村 嘉郎さん (放送 平成4年退職)
 たまたま誕生日の昼下がり家に居たおかげで、お祝いの品を直接受領いたしました。
この文も輪島塗のボールペンで書いています。1976~1979在籍したJKゆかりの文房具で、嬉しく使わせていただきます。

以下11月6日更新

斉藤 康信さん (管理 昭和56年退職)
 こんな年まで生きられようとは思いもしませんでした。まだいろいろとやりたいことはあっても体力の衰えはいかんともし難く、年相応の暮らしに甘んずるはかありません。それにしても世の様の移り変わりの凄まじいこと。人の寿命が伸びるのが不思議に思われる今日この頃です。 

喜寿会員からの返信

藤森 信一さん(放送 平成4年退職)
 喜寿について、こちらから特にアピールしなかったこともあってか、家族から何も反応もなかっただけに、お祝いは有難いことです。
旧友会のHPには退会者の名前に昔の先輩や同僚も見られさびしいことです。
今後の東京での大災害の折には、コア会員としてネットを使って情報の伝達などご協力したいです。旧友会の皆様の御健勝をお祈りしています。 

伊藤 清次さん (技術 平成3年退職)
 毎日フィットネスクラブでの水泳を300m~800mくらい泳いでいます。週1回ゴルフアカデミー(学校)でプロの指導で300球練習し、月1回ホームコースでラウンドをしています。NHK-OB(技術全般)のゴルフ幹事(大昭会)に迷惑をかけないよう、努力しています。 

持丸 和朗さん (放送 昭和61年退職)
 退職後の民放も含めて五十一年の番組作りから一昨年引退。十七年目になる樹木医の方は、隔週土曜日樹木医会で議論したり仲間のために歌(「樹木歌」など)を作ったりしています。
 入局の頃始めたフルートは、何故か最近急に指が回る(素早く動く)ようになったとレッスンの先生が首を傾げるのですが、何、実は練習時間が増えただけのこと。ならば、次の課題曲は難曲を、と身の程を弁えぬのも老化でしょうか。 

前川 清次さん (技術 平成4年退職)
 若干のふらつきを感じるものの、毎日の一時間弱の散歩を続けながら、健康維持に勤めています。
月3~4回のコンサート通いとFMやCDの音楽を楽しみにしています。
次は米寿を目指してがんばります。応援よろしくお願いします。

以下は10月16日更新分です。

喜寿会員からの返信

小長谷 善高さん ( 放送 平成4 年退職)
五体満足ながら、全ての能力は下に向かっているようです。そこで、ささや かながらアンチエイジングで社交ダンスと仲間内のゴルフを活用中。ダンス は姿勢を正したボールルーム・ダンスで、同世代の“ かつてのお嬢様” 方と 親しんでいます。ゴルフは近所の“ 同好の士” や旧職場のOB 会に参加、房 総や北関東の安いカントリーで、キャディなしの健康ゴルフです。足・腰が 動く健康の大切さを実感しています。

田中 淳浩さん ( 放送 平成2 年退職)
定年退職して1 2 年。今年( 平成2 4 年)喜寿となり歳相応に元気でいます。 3 年前ドイツ・ベルリンでの世界陸上選手権に東西ドイツの跡の見物をかね て1 人旅、2 週間ドイツを廻って来ました。近くの広場ではじめたラジオ体 操が今年で1 0 年となり、その会の会長をつとめ、毎朝6 時半5 0 人位の仲 間と汗を流し、健康そのものです。月3 回のペースでのゴルフと学生時代、 スポーツの仲間など会合の世話人を、いくつかつとめるなど楽しく過ごして います。

伊原 圭一郎さん ( 技術 平成3 年退職)
7 7 回目の誕生日を迎え妻と二人でのハッピーバースディー夕食を始めよう ようとした矢先、宅配便の音、旧友会からの喜寿お祝い品の到着、タイミン グぴたり思いがけないお祝いに、喜び一入です。輪島塗のペン、このペンで この近況報告を早速と書きました。ありがとうございます。おかげさまで足 腰、頭の方も、まだ正常です。妻にせかされ始めたスクエアダンスの世界に 入り、踊りよりも現役で培ったセンスを買われ東京フォークダンス連盟の広 報の担当役員を務めています。閉じこもらず元気に日々を過ごしていきたい と思っています。

秋山 久さん ( 放送 平成4 年退職)
喜寿を機に2 0 年ぶりに人間ドックを受け、目下一安心したところです。私 のホームページに玉虫一雄さん( 昭和5 3 年退職 営業)を悼んで、「玉音放 送録音の玉虫一雄さん逝く」を載せました。玉虫さんとは文研で「2 0 世紀放 送史」の玉音放送の項を担当したご縁で文通を交わしていました。( 合掌)
ホームページ        http://www2u.biglobe.ne.jp/~akiyama

 

 

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