佐野 剛平さん「『三角点』はわが恋人」

(「ネットワークNHK」11月号から)

sano1 「三角点」をご存知だろうか。ハイキングや登山の折に山頂に埋め込まれた石標をご覧になった方は多いと思う。佐野さんの趣味は「三角点詣で」。
 その原点は中学3年のときの恐怖の体験。当時の日記に「奥秩父へ一人、霧藻が揺れて不気味だ。小雨で山は見えず、地図の点線路を歩き出すが分岐で迷い地図と磁石を出す。よくわからない。……遭難の文字がよぎる。……母の姿が浮かぶ。……とにかく上に登ろうと灌木や草にしがみついて1時間、傷だらけで辿りついた頂にポツンと『唐松尾山三等 三角點』」と記されている。自分の居場所を5万分の1の地図上の△印で確認した初めての体験だそうだ。
 「そうだ、三角点を巡ろう」と思いついたのは高校1年のとき。地図を友、三角sano2点を恋人に、奥多摩、丹沢、奥秩父と歩いた。大学ではワンゲル部に入り、年間百日近く山々を彷徨、卒業までに訪れた三角点は400余。入局後も山に誘われるように異動を繰り返し、せっせと三角点詣での日々。幸せ一杯の日々だったようだ。
 雲母粒子がキラキラ輝いていた中央アルプスの〝三の沢岳〞、クマの匂いが残る大雪山系の〝愛別岳〞、深田久弥(登山家、文筆家、『日本百名山』で有名)登頂の翌年に藪漕ぎで登った新潟県の〝平ヶ岳〞、そして千か所目は加賀の〝笈ケ岳〞。いずれも愛しい恋人たちだ。帰宅すると記録簿に山名・標高・等級・天気を載せる。現在1295か所。
sano3 三角点の真上に櫓を組んで遠くの山の高度・距離を割り出す作業は過去のものとなり、GPS衛星からの電波を受ける電子基準点の設置で、今や三角点の石標が無用のものとなろうとしている。そんな時「時代が変われば不要だって。年寄りと一緒にするな」 と三角点を擁護したくなるとのこと。
 今年4月までラジオ深夜便の名インタビュsano4アーとして活躍されていた佐野さんに、これからについて伺うと、「もちろん三角点巡りも含め、趣味の山歩きは続けます。そして培ったインタビュー術を活かした何かもしたいですね」と語る。インタビュー等の経験を活かして、「聞き方」「話し方」のツボについて、講談社より『変わる〜あなたの話し方・聴き方・生き方( 仮題)』と題した著書を今年11月上梓の予定。パワー全開で、まだまだやる気満々のご様子。
(文・東京旧友会 阿部 正英)

佐野 剛平(さのごうへい)さん  昭和16年生まれ。昭和40年入局。初任地・異動局:松江・宮崎・水戸・高松・帯広・名古屋・札幌・東京。平成10年退職。平成23年までNHK文化センター勤務。

 

 

佐野 剛平さん「『三角点』はわが恋人」 への1件のフィードバック

  1. 保科 盛 (ほしな さかり)さん のコメント:

    佐野剛平様
    「三角点はわが恋人」を拝見致しました。
    私は、道産子で昭和30年の入局、技術本部を経て昭和62年に退職し今は神奈川県に住む
    保科盛と申します。
    若い頃から山が好きで、特に「全国あまねく」テレビ放送網の拡充では、多くの山野を駆け
    巡り様々の三角点と「邂逅」して参りました。
    迷いながら探し当てた「三角点」の感激は、八十路の半ばを過ぎた今も熱く蘇ります。
    有難う御座いました。
    GPSの時代に、薄れゆく三角点の歴史を嘆く、老爺の一人より・・・・・

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です