松館 忠樹さん「バイオリニストの震災日誌」

(「ネットワークNHK」7月号から)


     2018年春、仙台市で市民オーケストラと合唱団による「3・11祈りのコンサート」が開かれた。オーケストラの中核をなしているのは、仙台シンフォニエッタ。その代表を務めるのが松舘忠樹さんである。幼時習ったバイオリンを趣味とする松舘さんは、仙台局の放送部長時代に、同好の士と語らって市民オーケストラを結成。その後、青森放送局長などの一時期を経て仙台に帰り、以来毎年二回、定期演奏会を開いてきた。
やがて、平成二十三年三月十一日の東日本大震災である。松舘さんは、発災直後、仲間とともにライフラインの復旧状況など、仙台局の生活情報番組を担当するかたわら、被災地に入り取材活動を開始、被災地の惨状を伝えるブログを立ち上げる。かつて籍を置いた社会部遊軍の記者魂が未曽有の大震災の取材に駆り立てた。岩手・宮城・福島を中心に被災地をくまなく歩き、社会的弱者をテーマとしていた現役時代同様、難渋する被災者に寄り添い、かつ支援策を厳しく唱えた。半年後には、これらをまとめて「震災日誌in仙台」を刊行。やがて洪水のように発刊される〝震災本〞に先駆けたルポとして注目を集めた。
その後も被災地に通う日々が続き、時には小編成のグループで被災地慰問の演奏会も開催。震災から三年後には、犠牲者の霊を慰めるためモーツァルト作曲のミサ曲「レクイエム」を演奏する「3・11祈りのコンサート」を開く。五回目の今年は、東北各地の市民合唱団から百三十人、オーケストラはシンフォニエッタを中心に五十五人が出演、地震発生時刻にあわせて、演奏が始まった。松舘さんは、震災の風化を防ぎ、いつまでも慰霊の心を持ち続けてもらおうと、引き続き十回までは祈りのコンサートを開きたいと語る。
一方、被災地の悲喜こもごもをつづるブログは、これまでに四百号、読者は
六万五千人にのぼるという。復興が進み、平穏な暮らしが戻る被災者、住民の心とかけ離れた形で進む復興工事……。
 バイオリンを奏で、パソコンのキーボードを叩く松舘さんの毎日はしばらく続きそうである。
(文・写真 東北旧友会 菅井 哲夫)

松舘忠樹(まつだてただき)さん
昭和19年(1944年)生まれ。昭和43年入局。盛岡、福岡、高松、報道局ニュースセンター、仙台放送部長、青森局長などを経て、平成13年に退職