青山榮次さん「地域社会に恩返しする」

(「ネットワークNHK」6月号から)
青山さんは平成30年11月3日に、藍綬褒章を受章した。保護司として25年、家事調停委員として10年、民生・児童委員として6年、そして成年後見人として10年、社会に尽力してきた結果である。
 青山さんは昭和17年に新潟県佐渡で生まれた。生まれる2か月前に、事故で実の父を失った。さらに養子先の小樽の父も、青山さんが小樽に来てすぐに病死、就学直前の2月だった。その後は新聞記者だった義母芳乃さんに女手一つで育てられた。中学、高校は奨学金で卒業し、NHKに就職した。青山さんはお世話になった多くの人々に感謝し、いつか地域社会に恩返しがしたいと考え続けてきた。
 青山さんが保護司になったのは、昭和60年、当時42歳。随分若くして保護司になり、その後勤務で9年間の中断はあったが、合計25年間務めて今年5月に退任した。保護司とは、心身に傷を負った少年等を、回復させ成長を援助するボランティア活動である。青山さんは、非行に走り、罪を犯した少年たちが、更生するために力を貸してきた。そこで人生の裏表を知る。青山さんは言う。「どんな少年に対しても、上から目
線で説教してはダメ!」と。
 一方、青山さんが家事調停委員になったのは、平成15 年4月。NHKを退職した直後である。以来、平成25年3月まで10年間、札幌家庭裁判所に通い、情のある調停委員として、多くの人の話に耳を傾けてきた。離婚や養育費、面会交流や遺産分割など、夫婦や親子、家庭の問題に真正面から取り組んできた。
 青山さんの大好きな言葉は、論語に出てくる「恕(じょ)」。「自分の欲せざる所は、
人に施すことなかれ!」と、ボランティア活動中もずっと心掛けてきた。
 76歳を迎えた青山さんが今心掛けていることは、「健康診断は絶対にさぼらない。必ず受診する」。父母を早くに亡くした青山さんの経験から出た言葉である。
                       (文・北海道旧友会 安藤 公久)

青山 榮次さん  昭和17年(1942年)、新潟県佐渡相川生まれ。昭和36年NHK入局。営業職中心に、札幌・小樽・旭川・函館など北海道各局をはじめ、本部営業総局などで勤務。平成14年、札幌局で退職